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ミステリ作家の異世界日記――小説を書こう、異世界で  作者: 黒井影絵
第8章 歴史の交差点

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050――大地の女神

 俺がオムレツにナイフで切れ目を入れて左右に広げると、半熟の卵が溶岩流のように器で固めたピラフの上に広がり、周囲のギャラリーから「おぉ……」と声があがった。

「うわぁ〜」

 モモちゃんの顔も輝いている。

 さらに、その上からキノコ入りのシチューをたっぷりと注ぎ、色どりとして素揚げした緑のハーブを添えた。

 昔、動画投稿サイトを見て習得した特製ふわとろオムライスだ。

 モモちゃんからのリクエストがあったので、自治区に戻った早々に食堂で作ってみた。

 ケチャップがないので手に入る材料で作ってみたが、間違いなく美味いだろう。

「ほい。出来たぞ」

「ありがとうございます!頂きます!!」

 モモちゃんは完成したオムライスをスマホで撮影した後、ニコニコしながらスプーンで掬って口に入れた。

「んー!まったりしてて美味しいです!!カフェなら、千五百円しても行列ができますよ!これ!」

 俺はモモちゃんの満面の笑顔を見ながら、これで確実に好感度がアップしたな……などと考えていると、背後からわざとらしい咳払いが聞こえた。

 振り返ると、テーブルに並んで着席している、ゲンマ、テルさん、サリシス、モジュローと目があった。

 四人とも期待に満ちた眼差しでこっちを見ている。

「あー、はいはいはい……」


 俺一人でオムライス四人分作るのは重労働だが、横で見ていたジョイスとソースが手伝ってくれたので、何とか俺の分までありつくことができた。

 特にソースは本職の料理人だけあって、作るのを一度見ただけで半熟オムレツを習得していた。

「そりゃ、料理スキルがありますからねー。それに料理人にとって卵料理は基本中の基本ですよ」

 ソースは得意げに語りながら右手で持ったフライパンの手元を左手でリズミカルに叩き、オムレツを巧みに整えた。


「シチューは沢山掛けてね!」

「私はシチューの代わりにカレーがいいです!あ、甘口ですよ!辛口はダメです!」

「カレー!そういうのもありかも!悩むなぁ……」

「私はチーズを多目にトッピングして欲しいですわ」

 わかったわかった。

 彼らが美味そうに食べるのを横で見ていた他のメンバーも次々にオムライスを注文してジョイスとソースはひたすらピラフとオムレツを作り続けた。



 留守番していたゲンマの話だとメンバーの慰安旅行の間、自治区は何事もなく平穏そのものだったらしいが、何時もの日常が戻ったタイミングで、自治区周辺はにわかに騒がしくなった。

 自治区を囲む城壁の外側で、人間領域から来た者たちによる小競り合いが発生したのだ。

 元々、列強諸国の辺境では冬の季節が近づくと、人間領域の飢えた農民や国家間の休戦協定によって食い詰めた傭兵たちが賊となり、襲撃にくることは多いそうだが、今回やって来た者たちはどう見ても身分の高い、騎士や貴族のような華美な男が多かった。

「何が起きてるんだ……」

 俺たちは城壁の上から複数の集団による小競り合いを見物していると、争いは収束して、集団の一つから馬に乗った使者がこちらに近づいて来た。

 彼は騎乗したまま高らかに宣言した。

「我が主人はロマ王国の第三王子ジョンなり!見目麗しい大地の女神ジュン様へ求婚を申し込みたく訪れた。御目通り願う!」

 ……なんじゃそれ。

「何が起きてるんだよ!」



「申し訳ありません、ゲンマ様、エンダー様」

「申し訳ありませぬ。ジュン様」

 領事館の応接間でベース帝国の騎士レイモンドとアン姫が頭を下げた。

「謝罪はいいよ……で、何があったのさ?」

 ジュンがゲンナリした顔をしている一方で、ゲンマが話を促した。

「先日の撮影会での晴れ姿を父上にも見ていただきたく、頂いた絵姿を送りたもうたのです……」

 うん。ここまではいい。

 そこからレイモンドが話を続けた。

「それが……陛下が宮廷画家のディエゴに命じて姫様の肖像画を描くよう命じたのですが……送られた絵姿の中にジュン様の絵姿が含まれていたのです」

 あー、もう大体、話の先が予想できる。

「ディエゴはジュン様の絵姿に大変感銘を受け、それを元に素晴らしい肖像画を描き上げてしまったのです……そして、この絵が貴族の間で、ここ百年で最も素晴らしい絵と称えられ――特にリチャード様が大変お気に召して、帝都で話題となり、その名声は他国へも広まっていったのです」

「肖像画の評判だけで貴族が求婚するものか?」

「ジュン様は以前よりフィン王国の呪われた不毛の地を蘇らせようとしている大地の女神と呼ばれ崇められております。人間世界では食糧不足に喘いでいる国は多く、ジュン様をお妃にと密かに望む王族は少なくございません」

 成る程。事のあらましは理解した……しかし……

「ジュンは一応、俺の弟のデンと婚約しているのだが……一応」

「何で二回も一応って言うの?」

 不貞腐れているジュンが咄嗟にツッコミを入れた。

「いや、じゃあ、実際どう思ってるんだよ、デンの事」

「婚約者よ……一応」

 自分でも一応って言ってるじゃねーか。

 肝心な所で歯切れが悪いから場の雰囲気が微妙になったぞ。

「ま、まぁ、結局、話し合いに応じなかったら蹴散らしちゃっても、いいのかな?」

 気まずい空気の中、ゲンマがぶっちゃげた。

「そうするしかないでしょう。ジュン様が領主であるエンダー様の義理の妹君であることを知りながら求婚を強行するようであれば、元より一族の花嫁を強奪しに来たと見なされても仕方がありません。それは正当な戦争の理由になり得ます」

 相変わらずの人間領域だ。安定の野蛮人路線でむしろ安心する。

「はぁー?要するに片っ端から駆除すればいいのね。分かったわ」

「せめて半殺し程度に留めてね」

 ジュンの表情が例の人間を害虫と見るような目つきの物騒で冷酷なものになるのを見て、この世に存在しないプリンセスへの求婚者たちに少しだけ同情した。



 そうしてジュンは人間領域から押し寄せてくる求婚者を、ある時はエンチャントで、またある時は重火器で、その他にもスペルカードやスキルを用いて撃退しつつけた。

 大軍を率いた将までやって来た日には、俺やゲンマが軽目の示威行為で追い払ったりもした。


 が、求婚者の数は減るどころか、むしろ日に日に増えていった。


 というか、一度、コテンパンに叩きのめした輩も再挑戦してきて意味がわからなかった。



「どういうことなのよ……人間領域の男ってマゾなの?」

 オルトの店の休憩スペースでジュンは頭を抱えていた。

「んなこたないだろう……流石に」

「それにしても困ったね。これじゃ行商隊が寄りつけないって、ジョイスが困ってたよ」

 ゲンマもボヤく。

「私もそろそろ、年が明ける前にフィン王国を視察したいんだけど……この分だと妨害されそうね」

 俺たちが対策に頭を悩ませていると、店の手伝いをしていたニコラとアランが顔を見合わせ、おずおずと話しかけて来た。

「……あのー、意見を述べてもよいでしょうか?」

 ん、何だ何だ。気が付いたことがあったら、遠慮せずにドンドンいってくれ。

「えーと……ジュン様とデン様は婚約なさってるのですよね?でしたら、求婚者の挑戦を受けなければならないのは現婚約者のデン様なのではないでしょうか?」

「……なんで、そうなるの?」

 ジュンは怪訝な顔で尋ねた。

「これはジュン様への不敬であるとは重々承知なのですが、人間世界では花嫁は殿方の戦利品と見なされてまして……」

「あー、女は従属物ってこと?意思決定の主体があるのはあくまで男の方、と」

 今時のフェミニストが聞いたらSNSで炎上しそうな話だな……。

 どうやら人間領域では誘拐婚は日常茶飯事らしい。

「あの、僕らはジュン様が人類を超越した尊い方であると存じ上げてますが……」

 アランとニコラは冷や汗をかきつつビクビクしている。

「いいのよ、別に怒ってないわ。こういう事情は第三世界どこも似たようなものよ……それにしても面倒臭いわー」

 ジュンは地球にいた頃、NPO活動を通じて途上国の環境改善に関わっていた経験がある。

 前時代的な価値観に触れるのも初めてではないのだろう。

「でも、自治区の問題なんだから、デンに協力してもらうしかないな」

「はぁ……相談しないとダメか……」

「……そんなに嫌なのか?」

「嫌じゃないけど、アイツに借りを作りたくないというか……なーんかムカつくのよね」

 頼むから俺の弟と普通に仲良くしてくれよ!

 お兄ちゃん泣いちゃうぞ。



「分かりました。私がその求婚者たちを蹴散らせばいいんですね。了解しました」

 俺たちが作業室にいるデンに状況を説明すると、淡々と受け答えた。

「この前作った決闘場もそのままにしてますし、そこで応対すればいいんじゃないかな。新作スペルカードの試し撃ちに良い機会です。話の通じない相手を言葉でぐだぐだ説得するのは時間の無駄ですし」

 びっくりするほど功利主義のデンらしい割り切り具合だ。

「半殺し程度に留めてくれよ。仇討ちからの弔い合戦とかに発展したら色々面倒だ」

「手加減したら、逆に侮られますよ。クロード先輩に彼らへの対処法を聞いた所、初手で最大火力を出してビビらせるのが一番だ、との助言を貰いました。彼らは別に狂戦士じゃないので死ぬまで戦う事はまず無いそうです」

 お、おう……。

 どうやら、デンは状況を察して事前に裏で対策を練っていたようだ。

 ただ、ジュンの心情を慮って彼女から話を持ちかけて来るまで待機していたと。

 俺の弟は思ってたより気配りが出来る子だった。

「んー、どれにしようかなー。この『クアッド・ガトリング』にしようかな?それとも、こっちの『メテオ・ストライク』がいいかなぁ?やっぱり今は冬だし追加効果が期待できる『ブリザード・ストーム』かな」

 ……あー、ほどほどにしてくれよ、ほどほどに。



 そして、次の日から人間領域からの来客対応はデンの担当になり、自治区に隣接している決闘場で彼らのおもてなしをした。


「ジュン姫の番は、このタルム国王子シャルルこそが相応しい!小僧は引け……」

「《 スペルカード発動:ブリザード・ストーム 》」

 ――結界の中が猛吹雪に包まれる。

「口上の途中で攻撃するな――!!」


「我こそはゴル騎士団団長バルバなり!いざ尋常に勝負!!」

「《 スペルカード発動:インフェルノ・タワー 》」

 ――突然、彼らの足元から現れた火柱は天の頂まで舞い上がった。

「……あ、熱い!――あああ、あっつぅい!!!」


「ヒャッハー!!ガキは死ねぇー!!くら……」

 ――デンは無言で手に持った短機関銃を乱射すると、挑戦者の周囲にいた魔獣と手下はバタバタと倒れた。

「……あ、降参します……調子に乗って、すみませんでした」


 人間領域の王族貴族豪族は氷漬けになったり火達磨になったりと、一撃目で逃げ惑う事になった。

 ジュンの婚約者であるデンが力で圧倒することで、求婚者は次第にその数を減らしていったが、それに反比例するように、デンは稀代の大魔術師としての悪名を人間領域で轟かせ、各地より挑戦する武芸者を引き寄せる事になる。

 もっとも彼らは喧嘩っ早いが一戦終えた後は潔く負けを認めて、自治区産のポーションやアイテムの良い上客となった。

 また、デンが決闘場を多用したことにより、彼以外の者たちもここを試合の場に利用する機会が増え、今後この場所が武者修行するものたちの憩いの場になりそうだ。



 求婚者騒動も大体落ち着いたので、俺たちはフィン王国の視察の為にゲンマに乗って大森林の上空を横断する。

 正面のスクリーンに浮かぶ大森林を見ながら、俺はデンが言っていた事を思い出す。

 ――『大森林って、もしかしたらダンジョンかもしれませんね』


 人間領域から来た武芸者と話す機会が増え、今まで謎の多かった領域のフィールド情報が手に入るようになったのは嬉しい副産物(ボーナス)だった。

 彼らが言うには大森林は中心部に近づくに連れて迷路のように入り組んでいて、未踏の部分が多々あるらしい。

 ジョイスに尋ねても村の人間でも森の深部には危険なので踏み入らないとの事で、その可能性はあるとのことだ。

 春になったら探検に行きたいと言っているが……。


 その他にも人間領域の戦士御用達の野良ダンジョンの情報に目を輝かせていて、兄としては心配だ。


 もう少し分別が身につくまでは目の届くところで遊んで欲しいものだ……。



 新生フィン王国の食糧事情はジュンの指導もあり、前年度に比べてかなり改善された。

 不毛と呼ばれる地方で、小麦の作付けを止めて芋や豆を作る事への領主や地主の抵抗はあったが、補助金の制度を改定することで、大半は渋々だが切り替えてくれた。

 もっとも農民は飢えから解放されると大喜びだった。

 例年は食糧不足から、口減らしと銀貨入手のために子供を売るのが当たり前だったらしい。ひどい話だ。

 本来、この世界で良く食べられている(ヤム)はその辺の山や森の地面を掘れば出て来るくらいありふれている、栄養価の高い食物だ。

 いくら外貨と補助金が目当てと言っても生産者を衰退させてまで小麦に執着する意味はない。

 この調子で安定した食糧生産が出来れば、辺境の治安は確実に良くなっていくだろう。


 しかし、それでも、頑なに抵抗したり、こちらの勧告を無視して小麦の作付けを強行した領主は存在する。

 彼らは要注意人物としてオクルスによる監視の目を付けると、案の定他国への小麦の横流しで利益を得ている悪徳領主だった。

 そのような輩はジェームズに報告して、国賊として厳しく取り締まってもらった。


 こうした摘発は大々的に口伝えで民衆に広め、代理王ジェームズの支持率アップに繋げていく。

 草の根の支持が磐石になればジェームズの発言力も高まり、国内の制度改革もやりやすくなるだろう。



「皆様のお陰で餓死者と野盗の数を大幅に減らせそうです。ありがとうございます」

 ジェームズは嬉しそうに礼を言った。

「公共事業の進捗も順調ね。小麦の生産は用水路と舗装道路が完成してからでも遅くないわ。それまでは芋と豆を主食にして、余剰分は冬の間に保存食に加工して備蓄を増やしておいてちょうだい。詳しくは、このマニュアルを参考にして」

 ジュンは分厚いレポートをジェームズに手渡した。この龍大陸各地で食べられている伝統的な保存食を調べてまとめた物だ。

「何から何まですみません。これも後で識者に見せて意見を聞いてきましょう……ところで、ジュン様に求婚する不届きものが多発したとの事ですが、大丈夫でしたか?」

 あー、まぁ、大変だったぞ。

「その件の対応をデン……俺の弟でジュンの婚約者に一任してから大分落ち着いた」

「そうでしたか……ただ、良からぬ噂を義弟のシェルター公爵経由で耳にしました。小麦の横流しをしていた貴族達がアースガード自治区を逆恨みして良からぬ事を企んでいるとの事です。どうかご用心ください」

 悪い奴は死ぬまで懲りないな。

「返り討ちにするから大丈夫よ」

 ここ最近の出来事ですっかりジュンはやさぐれてしまった……いや、元からか。



 フィン王国での用事を終え、帰還する準備をしている間、俺たちは少し手持ち無沙汰になった。

「今日の晩御飯、カレーがいいなー。作ってよ」

 ゲンマは呑気に勝手な事を言ってる。

「カレーはこないだ食ったばっかりだろ……」

「じゃー、あのオムライスって奴?また食べたいなー」

「……あれ作るのだるいんだよ……というか俺に頼むよりソースに言えよ。あっちはプロなんだから俺が作るより早くて美味いだろ」

「えー、君が作ったのが食べたいんだよ」

 材料もレシピも同じなんだから、スキルを持っているソースが作った方が美味いだろ。

「そういうことではないです」

 横で見ていたモジュローは何故かゲンマに同調する。

「そうそう、そうじゃないんだよ。まぁ、何でもいいから帰ったら何か作ってよ。簡単なのでいいからさ」

 その『何でも良い』ってのが一番困るんだぞ!


 そんな風に今夜の夕食の話をしていると、ジェームズが感慨深げにこちらをじっと見ていることに気がついた。

「どうした?」

「あ……いえ。昔、エンダー様と語り合った事を思い出しました。彼は以前より友人龍ゲンマ様に憧れていて、いつの日かお会いして自分も彼の方の友人の一人になりたいと仰ってました……まるでその願いが叶ったようで……つい嬉しくなりました」

 ふーんそうなんだ、と横を見るとゲンマが得意げにドヤっている。

「あと、“洞窟の瞑想者”と呼ばれる伝説の放浪する賢者も同じくらい慕っておりました……今も世界のどこかにある洞窟の奥で平和を祈りつつ瞑想しているそうです」

 ……洞窟……瞑想……賢者……それってゲンブの事か?

 つーか、どっちもゲンマじゃねーか!

 エンダー君、どんだけゲンマのこと好きやねん。

 ゲンマのドヤ顔も最高潮で超ウザい事極まれり。


 帰還の道中ずっとゲンマは上機嫌だった。


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