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ミステリ作家の異世界日記――小説を書こう、異世界で  作者: 黒井影絵
第8章 歴史の交差点

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048――魔術の決闘

 職業柄、どうしたら物語を書けるようになるんですか?と人に聞かれることがある。

 俺はそういう時には、“類型”の話をする。

 武術に型があるように、デザインや配色に定番があるように、物語には類型と呼ばれるパターンが存在する。


 俺の母親は大学で民俗学を研究していた関係か、実家には世界や日本の民話の全集があって小さい頃よく読んでいた。

 そして、その全集の最後の巻が、民話の主だった類型を簡潔に纏めて集めたものだった。

 俺は、それを読んで多くの物語の大枠にはパターンが――俗にいうテンプレがあるのだとの気づきを得たのだ。


 子供の頃から親しんできた童話や昔話だけではなく、映画やドラマのシナリオも、類型とは無縁ではない。

 類型の最大の特徴は、その普遍性にある。


 たとえば、勇敢な若者が生贄として囚われた少女を救うために竜を退治する話。

 もしくは、人間が人ならぬ存在と婚姻する話。

 はたまた、利口で誠実な末子が知恵を使って兄たちを出し抜き成功する話。


 そのような物語は不思議な事に世界中の民話に遍在する。

 そう、古い類型の物語でも、異なる世界や時代に置き直せば、それは新しい物語に生まれ変わる。

 今この瞬間にも、小説で、漫画で、ハリウッド映画のシナリオで、類型は時代の空気を吸うことで、新しい物語に再生し続けているのだ。



 俺とサリシスの件が後押ししたのか、オルトはサメイション・ローラ嬢と婚約することを決心したようだ。

 オルトと付き合いの長いジョイスは「年貢の納め時だな!」と激励とともに祝福した。

 オルトは真剣な顔でローラ嬢の手を取って、みんなの前で求婚の口上を述べた。

「この婚約が、たとえ形の上での契約であっても、僕はあなたの婚約者として相応しく振舞うことを誓うよ……」

 彼女は普段厳しく律している表情を緩めて微笑んだ。

「ありがとうございます、オルト様。元々私の方から申し上げたことでございます。商人として、同じ志を持つ同士として、しばらくの間、お付き合いくださいませ……」

 真面目な二人らしい色気のない婚約の言葉に周囲は祝福の拍手をしながら苦笑するが、案外このくらいハードルが低い方が長続きしそうなんだよな。

 ただ、ローラ嬢の話だと、こういう事業に割り切った婚約はこの世界では珍しく無いとのことだ。


 念の為、この国の結婚制度については、自分なりに一通り調べた。

 その結果分かったが、列強諸国に国で定めた結婚制度というものは特にないようだ。

 基本憲章でも結婚や家族に関する条項は存在しないらしい。

 昔ながらの民間の慣習としてシステムを介した“婚姻契約”はあるが、それは商家や名門家……屋号や家名をもっているような上流の家柄の者しか利用してないようだ。

 そういう人種にとっての婚姻は一種の事業提携であり、恋愛のみでは成立しえないのだろう。

 それでも庶民にもハレの行事である“披露宴”はあり、客人を招いてどんちゃん騒ぎをするのは異世界でも変わらずといった塩梅だ。


「すぐに帰ってくるからね。僕らがいない間に宴を開かないでよ?」

「しないって。待ってるから、気をつけてな」

 オルトはローラ嬢とともにエルス共和国のサメイション商会へ赴き、向こうの親族と顔合わせの挨拶をする為に旅立った。



 その日の午後、黒いローブを纏った壮年の男性が自治区に訪れた。

「久しいな、エリノア、シモネム……」

「師父……」

 エリノアの父でシモネムの前師匠のティンドリアスという人物だった。

「何をしに来たのですか?お父さん」

 確執のある肉親の唐突な訪問に戸惑い、エリノアは警戒心を露わにしている。

「儂は、もう魔術師ギルドとは縁を切っている。今日は知り合いの最後の頼みでシモネムに伝言を持ってきた」

「伝言?」

 彼はインベントリから巻物を取り出した。

「封印が施されているので中身はわからんが内容の予想はつく……十中八九、果し状だろう」

「果し状?……自分に?誰が?」

 巻物を鑑定して無害である事を確認したモジュローはシモネムの許可を貰い巻物の封印を解いた。

「……なんですか、これは……」

 内容を読んだモジュローは不快な顔をして、俺に巻物を渡した。

 読んでみると、やたら冗長な文章がだらだら書き連ねているが、要するに魔術師ギルド龍王国支部名義によるシモネム個人への決闘の申し込みだった。

 格式張った文体ではあるが、ギルド総動員でシモネム一人を叩きのめしてやるぞと言いたいようだ。

「魔術師ギルドは正気なのか?こんな私刑まがいの行為が列強諸国でまかり通る訳ないだろ」

「これはちょっと酷すぎるよ。基本憲章違反の監査が必要だね」

 俺とゲンマの言葉にティンドリアスは憂いに満ちた顔で深い息を吐いた。

「確かにギルドの自由自治は認められているが、それは社会通念を逸脱しないことを暗黙の前提としている。決闘は個人の名誉を守る最後の手段ではあるが、フェアな第三者の立会いがなければ成立しない。どちらも基本憲章に反してまで悪用していい制度ではない!」

 彼は不快げに激昂した。

「どうも連中、シモネム殿の動向が掴めなくて焦っているようです。この件は彼を表に引き摺り出して、あわよくば、再起不能に叩きのめすか、名誉を損なわせるのが目的でしょうな。どれほど不条理でも決闘を断るのは男子の面子に関わりますからね」

 オクルスはすでに調査済みのようで、見てきたように魔術師ギルドの内情を話した。

「……愚かな」

 シモネムは呆れ気味に呟いた。

「マスター、自分はこの決闘、受けて立ちます!たとえ、何者が相手でも、このような非道を見過ごすわけにはいかぬ!」

「いや、ちょっと、落ち着こうな。馬鹿正直に相手のお膳立てした舞台に、のこのこ出てく事ないだろう」

 熱血なのはいいけど、向こうはカモがネギ背負って来たって喜ぶだけだ。

「うむ。そのとおりだ、シモネム。お前はどうにも搦め手に弱すぎる。策略に疎い事を恥じる必要はないが、自分に欠けている自覚が少しでもあるなら、信用できる他者に助けを求めなさい。魔術は決して万能ではないのだから」

「……むぅ」

 ティンドリアスはシモネムと長い付き合いがあるからか、その資質については良く把握しているようだ。

「今の儂は冒険者ギルドに教育係として雇われている身だ。魔術師ギルドにはもう何のしがらみもない。だが、この件に関しては、魔術師ギルドをなんとしてでも諌める必要がある……ギルド長殿、儂からの依頼、受けていただけるだろうか?」

「依頼の内容による。聞こう」

「冒険者ギルドにシモネムの後援をしていただたい。それくらいしなければ、この決闘はフェアとは言えないだろう」

「魔術師ギルドと冒険者ギルドの全面戦争か、それは悪くねぇな」

 クロード先輩は楽しそうにニヤリと笑った。

 だが、ティンドリアスは首を横に振った。

「儂の考えでは、恐らく、そうはならないだろう……」

「どういうことだ?」

「この件を裏から焚き付けているのはペテロスという男。彼はギルドが混乱期であるのに乗じてシモネムを陥れようと画作しておるのだ」

「ペテロスが?彼が何故、自分を?」

 知り合いなのかシモネムは驚いたようだ。

「あれは以前よりエリノアを我が物にしようと何度も儂に娘との婚姻を申し入れてきたが、その度に断ってきた。あれの狙いが娘が持つ豊富な魔力であるのは明白であるからな。新式術式の排斥を口実にシモネムを亡き者にせんと考えておるのだろう」

 彼女の聖女信仰の熱狂ぶりをみたら、シモネムが死んだところで、どうにもならないと思うんだが……。

「ペテロスさんですか……正直、あの方は……私を見る目が気持ち悪いし、人の話を聞かない感じの方なので、ちょっと……」

 エリノアが治療院入りした事すら知らないか、もしくは彼女本人には興味がないのか。

「しかし、問題が対ギルド戦にまで拡大すれば流石にギルド支部長と幹部も目が覚め正気に戻る、完全には奴の言いなりにはならないだろう。必ず決闘の内容の見直しはされるに違いない」

 ティンドリアスはそう断言した。

「ちっ、つまんねーな……」

「ま、それでも、助太刀枠はあるだろう。アイツらが律儀にタイマンに応じるとは思えんからな」

 ギルド長デンスは無表情に言う。

「なんなら、私が一人でぶっ飛ばしても良くってよ?若者一人を辱めるために大人数を動員するような輩にはお仕置きが必要です。大体、魔術師が数頼みなんて恥ずかしくないのかしら」

 ギルド幹部アイディは、今からもう臨戦態勢だ。

「はっはっは、そりゃいーな。いっそ幹部全員で行くか?」

「どうせなら、コミットも呼ぶか。アイツこういうお祭り好きだしな。それにあっちも本部からエグい助っ人を呼ぶくらいのことはしてきそうだから別にいいだろ」

 流石にオーバーキルだろ……魔術師ギルドの底力は知らんが、今までの話だと、こちらになんらかのハンデがないと対等な勝負になるかも怪しいものだ。

「……では、返信の草案をまとめておきます……」

 モジュローは勝手に盛り上がっているギルド幹部に呆れながらも羊皮紙を取り出して文をしたためる。

「この件は姉さんにも報告するよ。ギルドの自治権の範疇を超えすぎているし、もはや組織の存在意義が問われている事態になっている。もう自浄作用には期待できないね」

 ゲンマも大きく憤っているようだ。

 シモネムは話が大事に発展してるのを見て冷汗をかきながら唖然として立っていた。



 果し状の返信をティンドリアスに持たせた翌々日、魔術師ギルドの返事を持って彼が再びやってきた。

 こちらからの返信には、シモネムの後援に冒険者ギルドが付く事、ゲンマが決闘の見届け人になる事、この件は基本憲章違反の疑いもあり龍王ガーラも憂慮している事など書いた所、あちらさんは、相当揉めたようだ。

「こちらの返信内容を確認後、支部長と幹部の大半はこの件の関わりを拒否。ただ、例のペテロスって男が、『冒険者ギルドを叩きのめして魔術師ギルドからの流出者を食い止めるいい機会だ』と扇動して、これに乗った幹部がいたようです」

 オクルスは楽しそうに報告する。幹部会議の情報筒抜けだけど、魔術師ギルドの機密保持ガバガバすぎないか。

「ただ、ギルドとしての承認は得られなかったので、結果、この決闘はシモネム殿と支部幹部ヘルバとの個人的な決闘になりました」

「そのペテロスって奴が相手じゃないのかよ」

 散々、他人の人生掻き回しておいて自分は出てこないってどういうこっちゃ。

「あー……ペテロスは研究熱心な男であるが、魔力が足りない男で……エリノアに執着するのも恐らく魔力譲渡を受ければ、今まで掻き集めた巻物を使う事が出来て同期から抜きん出れると考えているのでしょう……」

 ティンドリアスは憐れむように言った。

「……言動が不愉快な小人であったが、そこまで性根が腐っていたとは……」

 シモネムは苦々しげに呟く。

「失礼ですね!私は身勝手な男の魔力袋では無いのですよ!!私の力は治療院の慈善活動に捧げてますのに!」

 エリノアの魔力量は大変豊富で、自治区内では、上位存在の祝福と加護を持っているものを除けば間違いなくトップクラスだった。

 そのおかげで治療院のポーションの量産と、ナス子の研究開発のための魔力提供で進捗は大いに捗っている。

「で、やっぱりというか、その支部幹部がエルス本部に応援を頼んで腕利きが何人か来るそうで……予想通りですな」

 ここにエルス族の天敵のゲンマがいるってのにガッツがあるな。もしくは故意に聞かされていないか……こっちのがありそうだ。

「じゃー、こちらも遠慮はいらないな」

 俺がそう言うとギルド幹部たちはニヤリと笑った。



 そして、決闘当日。

 アースガード自治区の外部に魔法で急ごしらえした会場に決闘者は集結した。

 魔術師ギルドから来たのは人間の魔術師が三十人程とエルス族が三人だった。

 ……決闘にしては多く無いか?


「ふん。逃げなかった事は褒めてやろう」

 魔術師ギルドの支部幹部のヘルバと名乗った男は謎の上から目線で自信に満ちた態度でシモネムに言い放った。

「……」

「冒険者ギルドからどんな助っ人を呼んだか知らんが、こっちはエルス本部からエルス族の賢者様、魔導士様、魔法騎士様にお越しいただいたのだ。辞退するなら今のうちだぞ!」

 ヘルバは鼻高々で語っているが、その背後のエルス族は顔面蒼白で相手を見ていた。

「うわぁ……マーナガルム種とドラゴノイドって……ギルド長と幹部じゃねーか……」

「しかも『災厄』の魔女アイディがいる……聞いてないぞ……」

「うげっ……マジキチのコミットまで……死にたくねぇ……」

 戦う前から悲壮感漂っているが大丈夫か?


「みなさーん、こんにっちわー!今日は楽しい楽しい決闘に招待してくれてありがとー!」

 コミットは好きに暴れられる機会を得てニコニコ上機嫌だ。

 黙っていればエルス族の可憐な美少女に見えるコミットの出現に、事情を知らない魔術師たちは浮き足立っている。

 そのだらしない表情をみれば、あわよくばと、よからぬことを考えているのは見るからに明らかだ。

 ……もっとも百戦錬磨の戦闘狂のコミットのことだから、全てお見通しの上で漏れなく蹂躙するのだろう。

 早くも惨劇の予感がする。


「はい。それでは魔術師ギルド龍王国支部幹部ヘルバ対魔術師シモネムの決闘を始めます、見届け人の赤龍族ゲンマです。開始前に言っておく事があります」

 ゲンマは謁見席から拡声器を手に持って、周囲にその声を響かせている。

 決闘会場は円形の結界が周囲に損害を与えないように貼られ、その周りを囲むように野次馬たちが集まり、目ざとく駆けつけた移動式屋台が軽食と飲み物を販売していた。

 すでに酒が入っているのか出来上がっているのもチラホラいる。

「一応、結界外に治療師が待機しているけど、決闘が終わるまでは結界からは出られないからね、人死にを出したくなかったら早めに降参してよ。無制限決闘とはいえ、あまりに人道に反していたら強制中止もあるからね!」

 ゲンマの言葉にエルス族の三人は暗い顔をしたが、ヘルバたちは何か勘違いしているのか豪快に笑っている。

「それとこの決闘は一部始終、記録を撮っているから、龍王国民として恥ずかしくない戦いをしてね」

 ゲンマと俺たちの横でデンは三脚付きのカメラを覗き込んでいる。

 『決着した後で難癖つけてゴネられたら面倒だ』とデンが助言して、記録を取る事になった。

 反対側にはニコラとアランが2カメとして待機している。

「はい、じゃあ、無制限決闘開始します!始め!」

 ゲンマの号令により戦いの火蓋は切って落とされた。


「ふはははは、先手は取らせて貰う!《 サモン・ゴレム 》」

 ヘルバと背後の魔術師たちは一斉に巻物を広げて、鉄のゴレムを召喚した。

 並みの冒険者なら一体倒すには数人がかりが必要な防御力の高い相手だ。

 鉄のゴレムの小隊は隊列を組んで冒険者チームに向かって前進する。

 それを見てアイディは顔色一つ変えず詠唱する。

「《 マサ・ ベル・フル 》」

 次の瞬間、ゴレムたちに特大の雷が落ち、その音と衝撃波に魔術師たちは驚き、その場に崩れ落ちた。

 ゴレムの大半は雷の直撃で大破して、破損を免れた個体も内部を損傷したのか動作を止めて動かなくなり、次々にドットに還っていった。

「ええー、ちょっと、アイディー!僕の分も少しは残しといてよー!」

 コミットはアイディに可愛く抗議した。

「はぁ、あなたは本当にせっかちさんですね。よく相手をご覧なさい。まだ魔術師はたくさん残っているのですよ。まさかこれしか打つ手が無いなんてことある訳ないでしょう」

 アイディは魔術師たちを無表情に見渡した。

「ほら、早く次の手を出しなさい。どうせ蔵で埃をかぶっていた古臭い巻物を全部持ってきたんでしょう?出し惜しみしてないでさっさと使ったら?」

「じゃあ、次、僕ね!僕がやるよ!!」

「慌てないで、コミット。あなたの相手はあのエルス族の殿方達がちょうどいいでしょう。雑魚の片付けは私に任せなさい」

 アイディは地獄のような微笑みを浮かべ、エルス族は青い顔で震え上がっている。

 ヘルバと魔術師たちはようやく自分たちが対峙しているのが怪物であると認識したようた。

「え……えええい!やれ!数ではこっちが勝っているんだ!!押し切れば勝てる!!」


 しかし、自分の戦力も相手の力量も正しく把握することが出来ない者が勝てるほど甘い相手では無い。

 彼らは持っている巻物を全て吐き出させられ、ボロボロになるまで蹂躙された。

 魔法の攻撃は結界に阻まれ、召喚された魔獣は決して弱くなかったが、呼び出された端から――デンスの戦斧が旋回する度に、クロード先輩の居合の閃光によって――瞬殺された。

 最弱と見なされたシモネムですら、カスタムエンチャントのマシンガン乱射で魔獣や使い魔を蹴散らしてる。

 頼みの綱のエルス族三人はコミットにあっさり斬り伏せられ、ヘルバは戦意を完全に喪失した。

「待ってくれ!死にたくない!降参する!」

 彼がそう宣言して、決闘は終わったかと、その場の全員が思った。


 ヘルバが蒼白な顔で安堵する背後から、倒れていた魔術師が突如起き上がり、ヘルバの頭を掴んだ。

「《 マジェフージオ 》!」

「ぐわぁぁぁ――!!」

 魔術師は謎の魔法を唱え、ヘルバは叫びをあげて気絶した。

「貴様は、ペテロス――!!」

 シモネムは身構えたが、相手は素早く巻物をインベントリから取り出した。

「《 オロール・カンティクム 》」

 巻物が詠唱とともに消え去ると結界内にいた者たち全員に衝撃波が走り謎の光で拘束された。

「はっはっはっはー!!最後に勝つのは、この僕だーー!!」

 ペテロスは常軌を逸した表情で高笑いした。

「くっ……MP吸収からの“白鳥の歌”ですって……?そんな巻物を隠し持ってたとは……」

「味方ごと攻撃するとか……滅茶苦茶だ」

 彼が使ったのは、かなり高位の巻物のようでギルド幹部でも身動きできないらしい。

「決闘は終わったぞ!ペテロス!!」

 シモネムは叫ぶ。

「知るか!貴様さえ……貴様さえ、いなくなればエリノアは僕のモノなんだ!彼女さえいれば、もう怖いものは無い!僕は自由だ!!」

 彼はナイフを掲げた。

 俺とゲンマは異常事態と見なして介入しようと立ち上がった……その時。


「私が誰のものですって?もう一度言ってもらえるかしら?」

 治療師姿のエリノアはゆっくりと結界内に足を踏み入れた。

 決闘用の結界は一度足を踏み入れると見届け人が決着を宣言するまでは外に出ることはできないが、彼女は躊躇なく結界内に入った。

「……えっ?」

 エリノアの怒りに満ちた冷たい目線を浴びてペテロスはたじろいだ。

「あなたは何もご存知ないのですね」

 彼女は手前の岩に片足を乗せ、腕組みをしてペテロスを睨んだ。

「私は今や、誇り高きアースガード自治区の女。この辺境の地では、女でも自分の身は自分で守り、愛する人を命がけで守り戦うのです。あなたのような卑劣な輩ごとき、この私が蹴散らしましょう」

「は、はぁーーーーー???」

 ペテロスは混乱している。

 王都での彼女はお淑やかな美女だったのだろうが、この自治区でのパワーレベリングと鍛錬によって、すっかり武闘派治療師になってしまった。

「う、うるさい!!ただの女に何が出来る!《 サモン・シブーム・ゴレム 》」

 彼は肉のゴレムを召喚した。流石に耐性は付与されてないようだが強敵には違いない。

「彼女には“アレ”を渡してますから大丈夫ですよ、兄さん。まぁ、座って見物しましょう」

 デンはそう言ってあくびをした。


 エリノアは平静心を保ったままインベントリから一枚のカードを取り出し、腕を伸ばして高々と掲げた。

「《 スペルカード発動:ダブル・ガトリング 》」

 カードが消え、彼女が前に突き出した両手のひらから魔法陣が展開する。

「発射――!!」


 スペルカードはシモネムが構想した術式の仮想化とデンが見つけたスクリーバの縮小コピーを組み合わせた、この自治区でしか実現できない最先端の魔法技術の結晶だ。

 大地博士と森川の協力で、パソコンのOSに相当する魔源回路に接続するだけの術式の巻物を作成して縮小コピーをし、その上にソフトウェアに相当する各種魔法の術式を貼り付けた特殊なカードだ。

 まだ、試作段階なので、使用できる魔法のレベルが低いのと、使うたびに少なくないMPを消費するのが難点だが……


「う、嘘だ――!!そんなバカな!!」

 スペルカードによって発動したカスタムエンチャントは、マシンガンを一度に八機出現させて回転させながら打ち込むガトリングを二つ出す術式だ。

 使用制限のないエンチャント、ブレしか使ってないので、スペルカード発動分しかMPを使わないし、その割に高威力なので、治療師の護身用には最適なカードだ。

 肉のゴレムはあっという間に細切れになって崩壊した。

 ペテロスはあわてて巻物を読み上げる。

「《 マキシ・グラ 》!!」

「《 スペルカード発動:フレイム・フラワー 》」

 ペテロスが撃った氷魔法はエリノアの火炎放射のスペルカードで相殺され、水蒸気となった。

「な、な、なんで治療師が攻撃魔法を使ってるんだ!!滅茶苦茶だ!!」

 彼は頭を搔きむしり地団駄を踏んだ。

「くそ!!全員ぶっ飛ばしてやる!!《 マキシ・ガウ 》!!」

「《 スペルカード発動:フォールアウト・シェルター 》」

 結界内は大爆発による煙に包まれた。

「や、やったか……?」

 煙が消え去った後、その場に立っていたのはエリノアだけだった。

 とっさの防御魔法でダメージは緩和したが、多少は受けたようだ。

「よ、よし、攻撃は通った……あとはじっくり攻撃を続けて……」

「残念〜!!時間切れだよっ!お兄さん!」

 その声に驚愕の表情のまま後ろを振り返ると、そこには冒険者チーム全員が仁王立ちしていた。

「チンタラしすぎなんだよ。おめーMPケチっただろ。とっくに拘束時間過ぎたっての」

「うむ、相手が低レベルなら三十分くらいは拘束出来たろうが高レベル相手では良くて五分だろうな。使い方によっては有効だが、敵味方無差別に作用するのはリスクが大きすぎる」

「普段から地道な修行と試練を避けているから、イレギュラーな事態の対処も、いざという時の博打も仕損じるのです。はっきり言って、あなたは魔術師に向いていません」

「ペテロス……!」

 シモネムは心底軽蔑した目でペテロスを見た。

「もう、諦めろ。お前は負けたのだ」

「う、うるさーい!!黙れ!!」

 彼はナイフを持って斬りかかるが、シモネムはその手を難なく掴んでひねり上げ、ゴギっと骨が軋む音が鳴り響いた。

「いだぁああああぁぁい!僕の手がぁああ!」

 そう喚くペテロスの横っ面をシモネムは拳で殴りつけて地面に転がした。

 その様を見て、ゲンマは決闘の終了を宣言した。

 彼は子供のように泣きわめきながら、飛び込んだゲンマの眷属たちに拘束された。



「またエリノアに守られてしまった……」

 シモネムは若干落ち込んでいるようだ。

「シモネム……」

 エリノアは彼の手を取って言った。

「私は自分の誇りを傷つけようとするあの男が許せないから乱入したのです。それにスペルカードはあなたの発案がなければ存在しえないものです。私が戦えたのはあなたのおかげ。だから、胸を張って!」

「エリノア……」

 二人は見つめあって動かなくなった。

 こっちはもう放っておこう。


「はぁー、本当に、魔術師ギルドは……この落とし前どうしてくれようか……」

 ゲンマはすっかり激おこのお冠状態だ。

 奇跡的に死人こそ出なかったが、重傷者や再起不能者は多数出た。

 主な原因はペテロスの爆破魔法によるものだが。

「そもそも、一人の人間との決闘に軍隊レベルの人員を動員した上に決着がついた後で限りなく禁忌に近い魔法を使用してきたからね。いくら自治が認められてるギルドとはいえ、そういう疑わしい人格の持ち主を組織内で重用した責任は取ってもらうよ。記録も証人もいる事だし、言い逃れはさせないさ」

 ゲンマの口ぶりだと、これから魔術師ギルドの龍王国支部は監査によるメスが入り、実質解体され、王立魔術研究所の下位組織として古い術式の管理だけを任される組織となるのだろう。


 これで魔術師ギルドがらみのいざこざは大方片付いたと見ていいだろう。


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