045――対話の可能性
俺も異世界に来て様々な体験から人生の経験値を溜めて、数々の戦いに勝利して来た。
だから、どんなイレギュラーな事態に遭遇しても見事に対処できる、と無意識に自負していた、というより、少し思い上がっていたのかもしれない。
しかし、
自分がこの世界に来る、もしくは、デン達をここに呼び寄せた遠因とも言える人物との邂逅によって、それらは全て吹き飛んでしまった。
予期せぬ対面に俺が固まって身動き出来ない状態になったのを見て、ゲンマは即座に強引に話を切り上げて部屋に戻り、俺たちは緊急会議をする羽目になった。
□
「誰なの?」
不機嫌そうなゲンマの様子からすると、アレは完全にクオート側のサプライズのようだ。
「六院皆伝……俺の実の父親だ」
それを聞くとゲンマは顔を顰めた。
「でも、今は他人なんでしょ?血の繋がりのない……しかも初対面みたいだし」
プラズマ生命体である龍族に生物の……人間の親子関係特有の、簡単に割り切ることが難しい感情は言葉で説明しても伝わらないだろう。
「それを言ったら、俺とデンだって兄弟じゃなくなる……あの人はデンの父親でもあるんだ……」
「あー、厄介すぎるよ……」
ゲンマは頭を抱えてクソでかい溜息をついた。
しばらくそのままで悩む姿勢でいたが、ふとおもむろに顔を少し上げ、俺の隣のテルさんを横目で睨んだ。
「テル・ムーサ」
テルさんは俺の横でテーブルに両手をついて頭を擦り付けていた。
「君……知ってたでしょ、この事」
「もうっっっしわけごっざいませんーーーー!!!」
「おかしいとは思ってたんだよ……最近妙に静かだったし……」
確かに、ここの所のテルさんは変だった。
いつもは食事を四人分は平気で平らげてたのに、少し前から毎食二人分しか食べてなかった。
「返す言葉もございません!!お母様に口外厳禁されて、私としてはどうにも出来ませんでした!お叱りは甘んじてお受けします!」
「謝罪はもういいよ……それよりさ、どういう事なの?」
「お母様は現在の列強諸国の関係性を快く思われておりません!」
「それがシステムの意向って事?このままでは良いとはボクらも思ってないよ。だから、おいおい時間をかけて調整……」
「その時間がないのです」
それまで沈黙を守っていたジューベーは重々しく告げた。
「魔大陸の情勢は決して放置して良い状況とは言えません」
ゲンマは冷たい目でジューベーを見つめた。
「あのさぁ……君は何者なのさ?それはクオート族の役人としての意見なの?」
ゲンマは、龍族としての顔をチラつかせてクオート族の使者に圧迫を掛けた。
「ソレガシは……冒険者であり、誇り高き冒険者ギルドの幹部であります」
「冒険者ギルドも一枚噛んでるっていうこと?」
「旧支配者は人間を奴隷種族と見做して絶対的な隷属と引き換えに庇護下に置いて統治してきました。その血を引く魔大陸の魔族たちもその伝統を引き継ぎ、これまでは秩序を保っていました。しかし、その治世が終焉して以降、新たな支配者となった新興魔族は人間を奴隷以下の……狩り尽くしても良い獲物としか見ていない。彼の地の人間の王達は魔族との共存を諦めて止む無く対抗する道を強制的に選択させられているのです。我々は支配種族として、人間の守護者として彼らを見捨てることは出来ない。冒険者ギルドも彼らの抵抗を支援するために進出する予定です」
魔大陸での人間の状況は決して良いものでは無いようだ。
人間達の苦境はメシア論から考えても、友人龍の二つ名を持つゲンマにとっても無視はできないだろう。
「……状況はわかった……でも、そういうことは早く言ってよ……」
「今回の条約締結の内容次第では穏便な形でお話する予定でした……しかし、龍族に歩み寄りの姿勢を感じられなかったのでこのような運びになりました。ご容赦いただきたい」
龍族は基本、全方位に傲慢な種族だ。
もっとも、その規格外の強さを考えると、無理からぬことではある。
対してメガロクオートは列強の新参者で、武力でも国力でも、龍王国とは比べものにならない。
普通の外交手段では単に見くびられるだけだろう。
「ああ、もう……ともかくボクの手には余る問題だから、この話は一旦持ち帰るよ?姉さんに相談しないと……それと、“彼ら”は何なのさ?アレ人間じゃないよね?」
話題が父のことに代わり、俺はドキッとした。
「彼らはカンナヅキ先生と同様の手段でここに訪れた国賓です――現在システムと共同研究中の転送実験の被験者で、システムのレガシー技術を使い、精神のみを地球から転送させ、我々が外装として使っているホムンクルスに一時的に宿している状態です。彼らはここに来る代償として、自ら精神転送の実験台となり、今後、その人格データをクオート化して夢幻界の一員となることに了承しております」
どうやら彼らは、ここに来るために命がけの賭けに出たということらしい。
考えてみれば自分の子供――それも十代の少年少女が書き置き一つ残して異世界への片道旅行をしたとして、とり残された肉親は心穏やかではいられないだろう……愛情を注いだ子供なら尚更のことだ。
「……彼らは人質ってこと?」
ゲンマは鋭い目でジューベーを睨んだ。
「転送されて来た彼らは後に地球に帰還しますが、クオート化した夢幻界のペルソナには今後、我が国とアースガードとの親善大使を務めてもらう予定です……どうか、この機会に列強諸国同士の対等な和解を受け入れていただきたくお願い申し上げます」
ジューベーとナジャは深々と頭を下げる。
ゲンマはその日何回目かの溜息をついた。
□
その後、メガロクオートからの使節団をアースガード自治区で迎え入れる約束をして、俺たちは帰還した。
デン達との対面も、その場で執り行う旨を向こうも了承した。
領事館に帰ると、予想外に空気がピリついている。
ジュンは何故か黄金の紐で雁字搦めの状態でソファに転がっていたし、トオルはその側で膝を抱えて震えている。
そして、デンは不貞腐れて不機嫌そうだ。
「何が起きたんだ?」
俺が尋ねると、モジュローが答えた。
「メガロクオートからご家族がここに来る予定と聞くなり慌てて逃げ出そうとしたので……止む無く、ギルド幹部の皆さんと協力して、拘束しました」
良く見るとジュンとトオルは絶望の表情で青ざめていた。
「殺される……ママに……殺される……!!」
「……」
ジュンは同じことをブツブツ呟き、トオルは子鹿のように震えている。
どういう家庭環境なんだ。
「悪いけど、使節団が到着するまで身柄を確保しろとの依頼なんでな……まぁ、黙って家出して気まずい状況なのは分かるが……」
「書き置きは残しましたよ」
デンは憮然とした口調でクロード先輩の言葉を遮る。
「それじゃ親御さんが納得しないだろう……こういうことは、早いうちに話し合った方が後悔しないぞ」
ジョイスは溜息交じりに諭した。
「仕事を理由に何年もロクに顔も合わせてない状況だったんですよ。それなのに急に親のフリをするとか……今更すぎます!」
「じゃあ、言いたいことが山程あるんだろう?そういうわだかまりは口に出して言わないと伝わらないものだ。良い機会だから、全部ぶつけてやれ」
ジョイスはデンの肩に手を置き真摯に語りかける。
彼はトオルと同じくらいの歳頃に家出してゲンマとともに冒険者としての修行を積んだ経歴の持ち主だ。
そうした人生の先人の、内心の苛立ちを頭ごなしに否定しない言葉に、デンは落ち着きを取り戻した。
■
翌日、メガロクオート使節団が自治区に訪れた。
やってきたのは、外交官のジューベー、ナジャの二人。
それに、地球から来た俺とデンの父親、六院皆伝。ジュンとトオルの両親、大地雷鳴と大地響子。それと、ジュン達の伯父であり、ミステックテクノロジーの警備部門を担当している元傭兵の三上みのるの四人だ。
――ミステックの奇跡。
アメリカン・ドリームの体現として語られる、ミステックテクノロジーの神話は、後にビジネスの神と呼ばれる六院皆伝と天才科学者の大地雷鳴の運命的な出会いに始まった。
アメリカに留学中に偶然出会い意気投合した二人はゼロからのスタートで事業を立ち上げて、ベンチャー企業に過ぎないミステックテクノロジーを世界的大企業に育て上げる。
その物語は、本で、ドラマで、報道特集で、様々な形で語り継がれている。
今、目の前にいる父は、確実に王者の風格を漂わせて立っていた。
見た目は五十代のナイスミドルだが、その威風は人間領域の王族に劣らない強さだ。
隣にいるのは大地夫妻で、辺りを珍しそうに見渡しながらニコニコしている大地博士とは対照に響子ママは三白眼の目尻を釣り上げ異様な殺気を放っている。
その険悪な雰囲気はジュンが咄嗟に逃亡を図ろうとしたのも納得するレベルだ。
「……本当に親善目的なのかなー?」
ゲンマは首を傾げながら小声で呟いた。
□
領事館の応接室に通された四人とその子供達はローテーブルを挟んで対面でソファに腰掛けて対峙した。
ジュンとトオルは青ざめた顔で固まったままでデンはそっぽを向いて不貞腐れていた。
「おい」
口火を切ったのは響子ママだった。
「何か親に言うことがあるんじゃないのか?ぶちのめされる前にさぁ……!」
「ひぃ――!!」
母親の鬼気迫る表情に二人の姉弟は抱き合って怯えた。
「き、響子さん!先ずは話し合いですよ!対話、対話第一!暴力はダメです!!」
「ちっ……!」
慌てた大地博士が宥めてようやく響子ママの怒りの波動はやや収まった。
「トオル……」
大地博士が呼びかけるとトオルはビクッと身を震わせた。
「どうして……相談してくれなかったんだい?……お父さんは……そんなに頼りなかったかな……?」
暫しの沈黙の後、トオルは重い口を開いた。
「……出来ないよ……会社、大変だったんだろ」
その一言に大人達はハッとした。
「それに……もう、限界だったよ……父ちゃんも姉ちゃんも凄い人なのに、オレは凡人で……どこにいっても父ちゃんと比べられて……何でお前はダメなんだって周りに言われ続けて……世界中どこにも居場所がなかったよ……母ちゃんは、もっと頑張れしか言わないし……オレはただ普通に生きたいだけなのに……」
「トオル……そこまで思い詰めて……」
少年の身を切るような涙ながらの言葉に両親は悲しげに見つめた。
「……ごめんね、トオル。大事な時に、寄り添えなくって……本当にごめん」
父親の謝罪を受けてトオルは涙を拭った。
「オレこそ、ごめん……オレは……もう地球には戻らないよ」
トオルは正面から両親を見据えた。
「ここには友達が……掛け替えのない仲間がいるんだ。ここがオレの居場所なんだ!」
「トオル!」
トオルの勇気を振り絞った言葉に対して、響子ママは何か言おうとするが、大地博士は静かに押しとどめた。
「――もう、送り出す事しか出来ねえってか……はぁ」
一山超えて空気が和やかになって、周囲は安堵しかけた。
「……で、ジュン。アンタはどういう理由で家出したんだ?ああ?」
この質問に再び緊張が高まった。
「トオルの家出理由は分からないでもない。でもアンタは親に無断で家出する必要があったか?ちゃんと説明してもらおうか」
ジュンがここに来た理由は明白だ。
村の住民の大半は知っている。
彼女がモモに異常な執着を抱いている事はみんなが知っている周知の事実だ。
ジュンは冷や汗を浮かべて必死に親向けの言い訳を考えている。
「おう、何とか言ったらどうだい?ああ?」
響子ママの圧迫は一段と強まった。
「で」
固く閉ざされていたジュンの口が開いた。
「デンのことを放って置けなかったのよー!!!」
……はぁ?
その場にいた、四人以外の全員、そう思ったに違いない。
なにより唐突に巻き込まれたデン本人が『コイツ何言ってるの?』という表情をしている。
二人の関係は側から見るに、腐れ縁で繋がっている……倦怠期の夫婦のそれに近い。
「ジュン……アンタ……」
周囲の微妙な空気の中、響子ママは絶句し、数拍ののち、
「……そうかー……アンタも“女”なんだね……」
彼女はしみじみと感慨に耽っていた。
「女の子は、大人になるのが早いって聞いてたけど……血は争えないものだねぇ……」
あれ?なんか納得している。年貢の納め時かと思ったが、ギリギリで言いくるめに成功したか。
「お父さんはアメリカに留学する前に、どうしても響子さんと一緒になりたくてねぇ、泣いて土下座したんだよ。一緒に来てくださいって」
「ははは……あの時、アタシは身を引くつもりだったけど……あんな情けない姿を見ちゃったら、もう……この人はアタシが付いてなきゃダメなんだって思い知ってね……ああ、なつかしいねぇ……」
「あははー……そうなんだー……あはははは」
親がノロケ話を披露してる側で、ジュンは窮地を脱して生還できた事に安心して笑いながら泣いていた。
□
大地家の危機的状況は何とか回避できたが、デンとその父である皆伝はずっと無言で対峙し続けている。
その重苦しいオーラに押されて、周囲も口出しするのは戸惑う状態がずっと続いていた。
大地家の面々が二人に気を使って別室に移動しようとし、そのタイミングで、他の同席していたメンバーも応接室から出て行き、残っているのは、当人である六院親子二人と俺とゲンマとテルさんだった。
俺は沈黙に耐えきれなくなり、デンを肘で付いて促した。
「……言いたかったことを、今まで言えなかったことを言うんだろ……?」
「……」
「おい、デン……」
デンはずっと押し黙ったままだ。
「……私は構わない、お前が話をするまで待っている」
六院皆伝はずっと同じ姿勢を保ったまま言った。
デンは深い息を吐き、父親を見た。
「……何しに来たんですか」
息子のそっけない物言いに父は眉を顰めた。
「親子の関係が一枚の紙で途切れるものだと思っているなら、お前は、まだ人間を理解していない」
「都合よく親を名乗らないでください。大体、会社はどうしたんですか?無責任に仕事を放り投げてきたんですか?」
「全て、清算してきた」
彼を取り巻く圧が一段と強まった。
「上層部の内紛を解決して会社の乗っ取りを阻止した後、社内スパイを全て摘発し、システムと和解してから、六院家のマレビト伝説に関する資料を全て提出した。そして、人格データの提供と引き換えに転送実験の被験者第一号となった。心配せずとも後顧の憂いはない」
「なんでそんな危険を冒してまでここに来たんですか……私は絶対に帰りませんよ!」
「それならそれでいい――私は……息子の無事を確認したかっただけだ」
デンは心底驚いた顔をした。
「……そんなことのために?」
「私は、息子の誤解を解かないまま永遠の別れをする事を良しとする男ではないつもりだ」
「会社の跡取りが必要だからではないのですか?」
「今の事業はやる気と能力があるものが引き継げばいい。それとはっきり言うと、いくらデンが天才でも大企業の経営を任せるのは無理だと思っている。お前の才能は全く別物だろう」
……よくご存知で、って、親なんだし当然か。
どうやら、デンが考えているほど、子供に無関心な親ではないようだ。
「父さんの考えは理解しました、でもどうして、神無月先生が……兄さんがいると教えてくれなかったんですか?」
「時が来たら、お前が成年になったら打ち明けようと思っていた……だが少なくとも、神無月先生の意向を聞いた後にするつもりだった……」
六院皆伝は俺の方を見た。
「君の存在を知って以来、ずっと神無月夫妻に面会と援助の申し入れをしていた……しかし、常に断られ続けて、受け入れられることはなかった……だから、君が私のことをどう思っているのか……分からなかったんだ」
これは初耳だった。
俺はずっと、六院皆伝は俺の存在を知らないか、興味がないのだと思い込んでいたのだ。
「……その話は知りませんでした」
「神無月夫妻が亡くなられたと聞いた後も……君が平穏に暮らしているのなら、波風を立てることになりかねない接触は、思保さんも望まないだろうと考えていたが……君が経済的な苦境に立たされていると知って、つい、援助をしてしまったんだ……迷惑だったのなら、すまない……」
「あ……いえ……大変助かりました……本当にありがとうございます」
俺は頭を下げた。
あの援助がなければ、作家業を続けることはままならなかっただろう。
六院皆伝の俺を見つめる目は潤んでいた。
「それにしても、神無月夫妻は……思保さんは……こんな立派な青年に育ててくれて……感謝の念しかない」
今の自分が彼の息子である神無月了といえるのかは自分でも疑問だが、それを今言うのは無粋だろう。
「タイミングが悪かったとはいえ……お互い言葉が足りなかったのは事実のようですね……」
デンは視野が狭い傾向はあるが、聡明な少年だ。
対話により、なんとか親子の誤解は解け、和解は叶ったようだ。
■
「止むを得ないな……」
その夜、閉鎖空間でガーラは複雑な表情で渋々決断する。
それは、メガロクオートとの条約内容を見直して、技術提携と防衛支援を含めた同盟を認めるとのことだ。
「人間の情――特に親子の情は簡単には割り切れぬ。今後、彼らが危険に巻き込まれでもしたら、命令だけで押し留めるのは困難であろう……龍族を手玉に取ったやり口は気に入らぬが、システムからの勧告もある。受け入れていくしかなかろう……しかし、これはあくまでも魔大陸に住む人間の救済が目的だ。クオート族の過剰な拡大志向を後押しするつもりはない」
クオート族は野心溢れる若い種族で、生き延びるのに必死だ。
今後も外交の場において、老獪な龍族相手に手段を選ぶような手心は加えてくれないのは誰でも予想できる。
決して油断のできない相手だ。
そもそも、ガーラとしては信仰の対象であるメシアを数値でしか見ていないクオート族は好感が持てない存在ではないのか。
「メシア発現率か……確率などどうでもいいことだ。私はこの目で見たのだ、メシアと十二使徒の輝ける存在の光を。私は何があろうと人類を守護し、メシアの到来を待ち続ける」
彼女は力強く言い切った。




