044――メガロクオートの驚愕
俺は、領事館の作業室に入り、パーテーションで区切られたデンのエリアに向かった。
デンはデスクに向かって、坑道で採取された素材を一つ一つチェックしていた。
「どうしたんですか?兄さん」
「ああ、メガロクオート行きの使節団の人員を選定中なんだが、どうする?」
俺がそう尋ねると、彼は少し考えて、
「興味深いですが、今回は見送ります。兄さんもゲンマさんも行かれるなら、ここを手薄にする訳にはいかないでしょう」
デンには留守番ばかりさせて申し訳ないな。
「それに、日程にも余裕が無さそうですし……国交樹立後にゆっくり休暇で訪れた方が楽しめそうです」
そういうことなら非常に助かる。
魔術師ギルドやエルス方面の不穏分子など気になる連中はいるからな。
頼りになる人間に拠点を守ってほしい。
「デンになら安心して留守を任せられるよ」
俺がそういうと彼は微笑んだ。
「でしたら、この世界に来て本当に良かったって思えますよ。私は……兄さんと出会って、やっと自分が求めていたものが何かを理解したんです」
「……?」
「私は……私と世界を繋ぎ止める……錨を求めていたんです。兄さんがこの自治区をとても大事にしているのは一緒にいて強く感じます。だから私も、それを支援したいんです。それが今の自分の役割だと思います」
俺は平凡な人間だ。
才能では超天才のデンには遠く及ばないだろう。
それでも、彼が弟として、俺を慕ってくれるのはとても喜ばしく思う。
「有難う。この埋め合わせはちゃんとするよ」
「ええ……じゃあ、早く帰ってきて、精霊召喚実験を実現させましょう、みんな楽しみにしてますから!」
デンは年相応の少年のように無邪気にはしゃいだ。
□
あの日の会食が原因なのか、冒険者ギルド幹部の女魔術師アイディはゲンマと交渉して、農業試験場に自分の拠点として塔付きの屋敷を設置していた。
「私がいるから、この地域は絶対安全よ!安心して遠征でも侵略でもガンガンやればいいわ!」
物騒なこと言うなよ。基本、平和的な親善訪問だぞ。
「国同士の対話に何を寝ぼけたことを言っているのですか。言葉であれ武力であれ外交とはそれ即ち死力を尽くす戦争に違いありません」
脳筋か。公式の場でケーキ食べて顔芸を晒した人が言う事とは思えないな。
「あ、あれはすすす少し、ゆゆ油断しただけででで……ぐぬぬ」
「滞在の動機はともかく、言ってることは正論だからね。君こそ気を抜いたらダメだよ」
ゲンマはクオート族への警戒心を緩めない方針のようだ。
「長居しないでさっさと帰って来れば大丈夫だろ。今回は只の顔合わせだ」
俺は指を鳴らした。
「本当に大丈夫でしょうか……やっぱり私も付いて行った方が……」
モジュローは心配そうだが、子供たちの警備が薄くなる方が怖いんだよな。
それに、エルス族とクオート族はお世辞にも仲が良いとは言えないので、今回は待機してくれ。
「子供たちと民族感情を鑑みるとそうなんですが……あなたの迂闊さを考えるとゲンマ様お一人では負担がすぎるでしょう」
モジュローは不安げにゲンマに目配せする。
「……まぁ、なんとかするよ……ははは」
ゲンマは悲壮感を漂わせて乾いた笑いを浮かべるが……解せぬ。
□
サリシスは、ここアースガード自治区でも、治療師として忙しい日々を過ごしている。
聖女として祭り上げられている彼女を慕ってこの辺境の地に来た治療師見習いはエリノアの他にも数人いて、その人材の育成にモナさんと二人で日夜頑張っている。
「うーん……モナさんは行ってもいいって言ってくれたけど……国相手の外交で大変な仕事なんだよね?あたしじゃ足を引っ張りそうだし、待っているよ」
以前だったら、何が何でも付いていくと言い張っていた彼女だが、最近のサリシスは随分と落着きが増して、知らない間に大人になった感じだ。
心境の変化があったんだろうか……。
俺がその返答に一抹の寂しさを感じていると、彼女は微笑んだ。
「どうしたの、カンナヅキ……心細いの?」
「少し。ついてくると思ってたから」
俺がしょんぼりしていると、彼女は俺の頭を撫でた。
「前はね……怖かったの。カンナヅキって手を離したら急にどこかに消えてしまいそうで……だから側にいないと不安だったの」
そうかな、そんなことはなかったと思うが……。
「でも、今は信じているから。必ず、ここに帰ってくるって……そうだよね?」
その言葉に俺は大きく頷いた。
デンは俺が錨だと言ったように、俺にとってはこのアースガード自治区が、自分と世界を繋ぎ止める絆と感じている。
俺はサリシスを抱きしめて約束した。
「すぐに帰ってくるよ。ここが俺の家だからな」
■
出発当日。
俺たち使節団は転移門でスパピアから中立地帯に移動して、そこからメガロクオートの首都ショーサホロへ転移した。
今回の使節は俺とゲンマが行くと決まっていたので、他のメンバーは自然と自治区に残る選択をした。
滞在が二日と短期間で、さらにクオートの首都ショーサホロの治安が良いという情報があったのも大きい。
モモちゃんはサリシスが残ると聞くと治療師の護衛を自ら買って出た。
「抜け駆けは良くないですもんねー。お土産楽しみにしてます!」
俺の知らないところで二人は親睦を深めているようだ。
森川もシモネム、パティアと魔術師ギルドとの確執が心配のようだ。
結局、使節団は俺とゲンマとテルさん、それとゲンマの眷属である、側仕え、文官、護衛のみとなり、その付き添いでジューベーとナジャが追随した。
到着後の出迎えの挨拶もそこそこに、滞在先のホテルで休んでいると、クオート族の使者が訪れた。
「仮締結?」
「はい。昨日までは締結に向けて順調に進んでいたのですが、急遽、こちらの条例との不具合を発見しまして、これの調整が長引きそうなのです。なので本日は仮締結とさせて頂きたくお願い申し上げます」
「……」
ゲンマは真顔で長考した後、
「……仕方ないね」
と相手の意向を了承した。
「嫌な雲行きだよ……」
使者が去った後、彼はつぶやいた。
□
ショーサホロは見た目は近代的な都市そのものであった。
網の目のように張り巡らされた舗装道路を移動する乗り物が他の列強と同じ馬車であるのが不思議に感じるほどだ。
「こういう様式の都市はメガロクオート国内でも主要都市のみで、他は古代から同じ生活を続けている人間の村落がほとんどです。歴史が浅いのもあって、まだまだ発展の波は国全体には行き渡ってませんよ」
車中でジューベーは説明する。
都市の中心地の一際大きい鏡ばりのビルに到着した俺たちは、その最上階に案内される。
執務室で待っていたのは、額に金属片を付けた黒髪の青年とムーサの制服を着たタブレットを抱えた長身の女性だった。
「ようこそおいでくださいました。友人龍ゲンマ様と叡智の使徒カンナヅキ様」
男はメガロクオート最高責任者で、書記長カイシュと名乗った。
傍にいるのはテルさんの姉、ムーサの長姉キャリー・ムーサだそうだ。
事前の説明で、この国は上院であり夢幻界のクオート議会と、下院である人類議会の二院制で運用されている。
そして、書記長は上院議員から選出されることになっているので、彼もクオート族のエリートなのだろう。
「不具合があったと聞いたけど……締結自体は延期しても別にいいんだよ?」
ゲンマは握手を交わしながら、皮肉を込めて言った。
不具合の内容は、関税に関する細かい事項で各職人ギルドや関連企業との調整が必要との事で、専門知識のない俺にはどの程度の問題なのか判断できなかった。
「お気遣い有難うございます。何分、我が国始まって以来の大事業ですから、予期せぬアクシデントはどうしても避けられません。勿論、この埋め合わせはキチンとしますよ。後悔はさせません」
ゲンマは彼の政治家というよりは実業家のような口ぶりに苦笑しつつ「どうだか」と小さく呟いた。
部分的な交易に限定した仮締結は恙無く終わり、俺たちは応接の間で歓談することになった。
俺たちが握手をしたり、談話する所を新聞記者のような人間がメモを取ったり、水晶の付いたマジックアイテムで映像を記録している。
この国にはマスメディアがあるのだろうか。
□
「アレは政府所属の広報部員ですよ。民間主導のメディアがあるほど、我が国は成熟しておりません」
ジューベーが説明するに、この国でも都市部とそれ以外の教育格差は他の列強同様大きいようだ。
「文化復興は始祖クオート達の悲願でもありますが……国民は日々生きるのに精一杯で心の余裕がないのが現状です」
ジューベーは高級ホテルの一室から眼下を凝視している。
「税金が高いのか?」
「いえ……皆、必死に働いて貯蓄しているのです。人間は死ぬ前にクオート化して夢幻界に自分のペルソナを送り込むために、クオート族は外装を得てこの世界で活動するために……皮肉な話ですよ」
「……でもペルソナって……魂は別なんだよな?」
「同じ記憶と人格を持った別の身体の存在は同一人物と言えるか、という命題は哲学者の間でも議論が分かれていますが……魂のことは良くわかりませんね……少なくとも、外部から観測する手段はありませんから。ただ、システムには別個の存在と見なされて新規アカウントが作られるところから考えると……別、なんでしょうな」
どうも、クオート人は人間として生きてる間は必死に働いて、一生かけて稼いだ金で自分のコピーを夢幻界に住まわせるのを理想の人生としているようだ。
ある意味、積み上げた功徳による死後の永遠の命――一つの信仰と言えなくもない。
しかし、当のクオート族は夢幻界から外に出るのに必死になっていると……ままならないものだ
ジューベーの顔に浮かぶはずもない哀しげな表情を感じ取ったのは気のせいだろうか。
□
ホテルでの晩餐会は卒なく進行した。
豪華さでは龍王国や中立地帯とは流石に比べ物にはならないが、大陸外との取引があるからか、新鮮なスパイスをふんだんに使った料理の数々はどれも美味だった。
中でも、どう見ても本格欧風ビーフカレーのような一品には驚いた。
口の中で溶けるほどに柔らかく煮込まれた肉は完全に牛肉の味だ。
この世界にも牛がいるのか……。
ただ、カレーの隣に添えられていたのは米ではなく、この世界に良くある平パンなのを見るに、貿易国家であるメガロクオートでも米は入手出来ていないようだ。
「ふーん、これがカレーなんだー」
ゲンマは素っ気なく言ったが、残さず綺麗に食べていたので味は気に入ったみたいだ。
「牛がいるのなら、牛丼もありそうだけどな……」
「ありますよ」
ジューベーはあっさり言った。
「都市部の庶民の食べ物なので、さすがに晩餐会に出すものではありませんが……時折無性に食べたくなる味ではありますね」
こっちでもそういう扱いなんだな。
森川が聞いたら、さぞ喜ぶだろう。
□
「『ファンダメンタル島奇譚』ですか。懐かしいですね」
晩餐会の後のパーティで、ファンダメンタル島の情報を得ようとジューベーに、あの巻物を見せて話を聞いていると、書記長のカイシュが話しかけてきた。
「その文書の著者は始祖クオートを生み出した最初の四人の一人です。長い間、公開文書として親しまれてましたが、ある時期から規制に抵触して非公開となり、この物語は人々の記憶から消えました……どうやら、手写しの巻物が国外に流出していたようですね」
「この作者はどうしているんですか?」
「約二百年前に星の民の一員となってこの星から旅立ちました……どうしても帰りたい、少しでも故郷に近づきたいと、そう言い残して去って行きました」
三百光年の長い旅路に駆り立てた、その郷愁の強さは如何程のものなのか。
「クオート化したペルソナも夢幻界の辺境に赴いて、長い間表舞台には出てません。今はどうしているのでしょうか……」
カイシュは暫し遠い目でメガロクオートの黎明期に想いを馳せている。
「それはそうと、ファンダメンタル島といえば最近おかしな噂を聞きますね」
ジューベーは顎に手を当てて話し出した。
「噂?」
「ええ、あの島は人間領域の境界沿いにあるのですが、何でも、近辺で怪しげな連中が出入りして魔術で建物をいくつも建てているとの情報が地域住民からありましてね、近いうちに冒険者ギルドでも潜入調査する予定です」
「それは気になるね……政府でも辺境までは中々手が回らないから、冒険者ギルドには本当に助かっているよ」
俺が取材したいタイミングで嫌な噂を聞いてしまった。
あの、人間領域に近い辺境の島で高コストな建築魔法を連発する輩に心当たりは思い浮かばなかったが、何やらきな臭い匂いが漂っているのは確かだ。
■
翌朝。
俺たちは部屋で朝食をとった。
焼いたパンとソーセージを添えたスクランブルエッグ、暖かいスープにフルーツヨーグルトとビジネスホテルで摂る朝食バイキングにありそうなメニューだった。
「何事もなく終わりそうで安心……しちゃダメだよ。自治区に帰るまで油断は禁物だよ?」
ゲンマは念を押してくるが、児童の遠足かっつーの。
用事は済んだし、後は転移門で帰るだけなのだが、折角なので時間までメガロクオートの都市を視察することにした。
□
都市の街並みは薄目でみると日本の都市のそれと大差ないくらいの現代的な造形であったが、良く良く目を凝らすと細かな差異が猛烈な違和感をともなって自己主張する。
何より気になったのは行き交う人々の表情の暗さだ。
老若男女は一人で行動している者が大半で、誰もが他人と視線を合わせず、せわしなく移動している。
その情景に俺は東京の人混みを思い出しそうになった。
「この都市に住む人間は、野心をもって地方から来る者と、貧しいゆえに口減らしで半ば追放されるように来た者がほとんどです。都市の生活は維持するだけでも経済的な負担が大きく、皆、社会で孤立して魂をすり減らして働き、生きがいといえば休日に夢幻界に没入して思い切り遊ぶくらいです。それがこの都市の住民の一般的な暮らしです」
……もしかしなくても、それはディストピアなのではないか?
俺はジューベーの説明に若干引いているが、それがこの都市の構造的問題になのか、かつて住んでいた東京に似ているからなのか段々分からなくなる。
都市は大きくなるにつれて個性を失い普遍の存在になりがちだが、それでも、ここの有様は王都に比べても極端に感じた。
ただ、人々の表情を抜きにすると都市経済は発展しているように見える。
あちこちにチェーン店のものと思われるロゴマークの看板や建物が散見し、企業や市場経済は順調に成長中のようだ。
活発な経済活動で得た利益が住民を潤すほどに行き渡れば良いのだが。
□
そして、ついに、その機会は来た。
俺は念願のブツを今か今かと待ち構えた。
「はい、並一丁、温玉付き!お待たせしました!」
俺の目の前に異世界に来て初めての牛丼がある。
朝、要望は無いかを聞かれた時に、昼食に牛丼が食べたいとクオート側に言うと、一つの店舗丸ごと貸切になってしまった。
……ものすごい罪悪感があるが、隣のゲンマは例によって平然としている。
そこは東京に住んでいた時良く行っていたような、カウンターが厨房の前でコの字になってる小さな店だ。
入店時に入口の端末で注文と精算を済ませるタイプの店で、食券の実物こそないが、どうやらクーポン割引のシステムがあるようだ。
一足先に来た牛丼を一口食べると、その懐かしい味わいに涙が出そうになった。
思えば、俺にとって牛丼は安価で腹を満たすだけの食べ物であって、じっくり味わったことなんてなかった。
そんなそっけない関係であった牛丼にここまで心を動かされた事に内心戸惑う。
惜しむらくは、具の味わいは完璧に牛丼のそれだが、ご飯部分がモチ麦風なのがやや残念と感じた。
しかし、地球の味の再現に苦心の跡が見える、渾身の一品であった。
「へぇー、これが牛丼かー。面白い味だねー」
ゲンマもニコニコしている。
「モリカワ君はこれを毎日のように食べてたって言ってたけど、なるほどーこういう味かー」
コイツ帰ったらメチャクチャ自慢しそうだな……。
森川のためにもレトルトとかあったらお土産に買って帰りたいな。
□
帰るまで時間があったので、俺たちはホテル近くのスーパーマーケットのような店に入った。
日本の地方に旅行した時も、良く行っていた。
下手な観光地よりも地元の人が普段行くような量販店やスーパーの方が面白いんだよな。
メガロクオートは工業が発達しているようで、初めて見る味の想像ができない菓子製品が山のようにあった。
そして、調味料や製菓材料の種類も豊富で、さらに、探していたカレールーを発見した。
「帰ったらカレー祭りだ!!」
俺は手当たり次第にカレールーをカートに突っ込んだ。
「それがカレーの素なの?じゃあ、どうせならケースで買おうよ」
ゲンマもやはりカレーの味は気に入っていたようだ。
こうなると自重という概念はどこかに吹っ飛んだ。
「……アッハイ、これはこちらで手配しておきます」
ナジャは死んだ目で手渡された注文書を見て、龍族のお大尽ぶりに溜息をついた。
□
帰還の時間が迫った頃、俺たちは呼び出しを受けた。
ホテルの一室で、カイシュ書記長とキャリー・ムーサが出迎えた。
「お忙しいところ申し訳ありません。お帰りになる前にどうしてもご挨拶したくて」
「それはどうも」
ゲンマは警戒している。
交わされる会話は他愛のないもので、これが大事な用事とはとても思えなかった。
「そろそろ、帰還の予定時間だけど……」
ゲンマが話を切り上げようと締めに入ろうとした時、カイシュは話を遮った。
「実は、カンナヅキ様に紹介したい人物がおります」
俺は急に名指しされて全身が強張った。
「もうじき、ここに到着するので、暫し、お待ちください」
ゲンマの表情は予期せぬ事態に不審の念を隠そうともしてなかった。
そして、部屋の扉が開く。
部屋に入ってきたのは四人の人間だ。
俺はその一人を見て驚愕した。
その人物は知っている人物で、ここにいる筈のない人だった。
「神無月了君……だね」
俺は頭の中が真っ白になって何も返答できなかった。
「初めまして……と、言っていいのかな……」
彼の名は、六院皆伝。
俺の実の父親だった。




