039――林檎姫の救出
――ソルラエダの四人はひたすらダンジョンの下層を目指す。
「道中は調査しなくていいのか?」
「今まで発見されたダンジョンの制御室は最下層にある。途中は無視して構わない」
「……でも大丈夫なの?ギルド幹部でも攻略出来なかったって言う噂よ……?」
「はは!その為の切り札でしょ?あたしらはエリート、選ばれた人間なんだから!絶対上手くいく……いや、成功させなきゃ破滅なんだよ……」
「パーヴォの言う通りだ。我々にはもう後がない……」
「畜生!人外どもが!よってたかって選ばれし人間を迫害しやがって!あのダンジョンは俺たちの生命線なんだぞ!それを取り上げるなんて……許せん!」
「でも……このダンジョンの制御室を見つけたとしても、また封鎖されたら……」
「そんなの出来やしないよ。今だって臨時閉鎖で冒険者の不満が蓄積してるんだ。暴動を煽れば簡単に大事になるさ。仮に奴らが強硬策を取ったとしても、あたしらがここで十分に経験を積み、ギルド長たちに挑戦して勝てばいいんだよ!」
「そうだ!旧支配者の力さえあれば……あんな人外どもに負けるはずがない!」
「……そろそろ、五十階だ。ここからが本番だぞ……気を引き締めろ……」
彼らはアイテムで四十九階の結界を解き、下層の……野良ダンジョンに足を踏み入れる……。
◇
――勝手なことばっかり言っているな。肝心な所は“たられば”で片付けてるし。
俺はタブレットの画面に映し出されたソルラエダ一行のリアル中継映像を見て呆れ返った。
「……と、言う訳で、このダンジョンの制御室は最下層には無いんですよ。正確には以前の状態での最下層にありました。それを私が制御室から操作して隠された階層を拡張したのです」
デンは村が結界で閉鎖していた時期にこのダンジョンの制御室を既に発見していた。
そして、冒険者ギルドとプリムム村とガーラが協力して事実の隠蔽をし、奴らの襲撃に備えて、周到に準備をしていた。
「そもそも、ダンジョンの最下層に制御室があるというのも確定ではないです。念入りに探索される可能性が高いので発見されやすいだけで、叡智の図書館の資料で仕様を見た限り、ランダム生成といっても過言では無いですね」
その後、デンのレベルアップとともにダンジョンマスターとしてのスキルレベルが上がり、その構造の理解と操作に熟練していった。
「ダンジョンの基本構成要素は三つあって、位置を決定する“マーカー”と中心部を定める“コア”、そして内部の操作と状態確認する“コンソール”で成り立っています。マーカーは動かせませんが、コアはダンジョン生成後には不要の要素で、コンソールは移動させることが可能です。現在、コンソールの機能と権限はこのタブレットに移動済みなので、仮に彼らが制御室だった部屋を今更発見しても最早どうすることもできません」
なるほど。『詰んでる』という言葉の意味は理解した。
◇
「ちょっと何なのよ!もう!この階の敵、いきなり強くなりすぎでしょお!!」
彼らは五十階の魔物たちに苦労しているようだ。
「……流石に結界で封印していただけのことはあるな」
リーダー・アウルムはポーションで怪我を癒しているが、明らかに回復が追いついていない。
「関心している場合じゃない!もうアレを使うしかない!」
「早すぎる、出来ればギリギリまで控えた方がいい。探索は始まったばかりなんだぞ」
「それじゃ手遅れになるぞ。そもそも早いうちに使って慣らしておいた方が良いのでは無いか?」
「ああ……これ以上はもう無理……あとはバジリスクがいる部屋しか未探索の所は残ってないよ……あんなの今のあたしたちじゃ勝てない……」
「止むを得ないか……」
彼らは懐から赤い光が脈動する黒い宝石を取り出し強く握りしめた。
すると、禍々しい輝きが溢れ、彼らの肉体にマギアの証のような赤い術式が浮かんだ。
「すごい!力が満ち溢れる!」
「いける!これなら、先に進めるぞ!!」
彼らは下層へ続く階段のある部屋に駆け込んでいった。
◇
「なんだあれは?」
俺が疑問を口にすると、デンも首をひねっている。
オクルスは顔を顰めて言った。
「恐らくですが……魔族に伝わる“覚醒の秘術”でしょうね」
「秘術?」
「以前、お話したように……旧支配者は人間の成れの果てです。秘術によって潜在能力を引き出す過程で人ならざるものに変化していきました。さっきのもその一つです……しかし、強くなるのが目的なら最悪の手段ですよ」
画面の中ではソルラエダの連中は手に入れたばかりの力でバジリスクを蹂躙していた。
見た所、かなりステータスが上昇したようだ。
「実際強くなったように見えるが……」
「代償が大きすぎるんです。それに普通の人間がアタリである特殊能力が引ける確率はかなり低い……上位魔族の血統でなければ、良くても無能力の唯の魔人……いや、事前準備を怠っていれば、魂が欲望に飲まれて魔物や魔獣になってもおかしくありません」
魔族の子孫でない人間がオクルスのような分かりやすく“使える”能力を得る保証はない以上、デメリットが大きい、分の悪い賭けってことか。
この能力ガチャ、一人につき一生に一回しか引けないのに厳しいな。
「それに……一度、魔に魅入られると、後戻り出来ないんです。彼らはもう本当にお終いですよ……」
画面の中のソルラエダは安易に手に入れた力に酔いしれて、血の海の中で勝利の雄叫びをあげていた。
□
ソルラエダの動向を眺めていると、モモちゃんが会議室に入ってきた。
「先生、準備は完了しました」
いつもの朗らかな雰囲気は消え、緊張した表情で敬礼した。
「ご苦労様……本当に敵の仲間はいないのか?」
「はい、熾天使のセラちゃんに不可視化して遠方から探知してもらいましたが、山荘周辺に魔族一人と人質二人以外の反応はなかったそうです」
あいつマジでボッチかよ……流石に龍族舐めすぎだろ。何考えているんだ。
「じゃあ、予定通り、プランαでいけそうですね」
デンがケース毎の作戦のアイデアを素早く出してくれたおかげで、人質救出にあたっての作戦立案は既に終わっていた。
「はい!既にゴブリンさんチームがスタンバイ出来てます!」
話し合った結果、採用した作戦は、モモちゃんの配下のゴブリンロードに一部隊を預けて、彼らを魔族の匂いを嗅ぎつけた野良ゴブリン集団に偽装させた上で山荘を襲撃して、キマリスを外におびき出し、その隙にシグレ率いるゴブリン忍者隊が潜入して人質を救出するというものだ。
仮に陽動に失敗しても、俺たちとの関連には気づきにくいので、人質に危険が及ぶリスクを減らすことが出来るのがこの作戦の利点だ。
ただ、モモちゃんの配下であるゴブリンたちへの負担が大きく犠牲が免れないのはデメリットだが……。
「一応、ダンジョン産のテイム済み魔物は“死亡”も状態異常の一つなので、キャッシュを使えば復活は可能ですよ。レベルは下がっちゃいますけど」
子供の命には代えられないとはいえ、死を弄んでるようで良心が痛むな……命令とはいえ申し訳がない。
「士気は高かったですよ。ゴブリンロードさん、出撃前の演説で『聖戦』とか『天命』とか言ってて、みんなで盛り上がってました」
……だから、なんで一々忠誠が重いんだよ。異世界あるあるか。
□
俺たち救出班は、山荘が一望できる待機地点に到達した。
ここならば身を隠せば相手方に探知出来ないのは、熾天使の眷属で確認している。
月明かりに照らされる廃墟はより一層不気味だった。
モモちゃんは熾天使と共に不可視化して上空から見守っている。
大人数で来ても敵に察知されやすいと思われるので、今回の救出班は俺、テルさん、ジュン、シグレ、モモちゃんで構成した。
ギルド長とクロード先輩は同行を希望したが、冒険者たちの不満は今にも爆発寸前で危険な状況だ。
ここで暴動が起きた場合、対処が難しいだろうということで彼らにはダンジョンの入り口に詰めて貰った。
他のメンバーには自治区の警備を頼んだ。ここを手薄にするわけには行かなかった。
相手の自信満々な態度から、龍族相手の切り札があるかもしれないという判断で、ゲンマには拠点防衛に回ってもらった。出発間際までかなりゴネてたが、非常事態時に責任者が二人とも拠点を離れたらマズイだろう。
忍者部隊は山荘の裏口付近、ギリギリの地点に待機中だ。
「私、考えたんだけど……」
救出班に加わった、ジュンが呟く。
「キマリスって男……もしかして、バカなんじゃないかしら?」
唐突に何を言い出すんだ。緊張でおかしくなったか?
しかし、ジュンは真顔そのものだ。
「敵を過小評価して足元を掬われるのは良くないぞ」
「でも……もし、仮によ?先生があいつの立場――人材を選ぶ側の立場だとして、ソルラエダみたいな連中と手を組むなんて事あるかしら?」
俺は考えた。あらゆる事態を想定して考えた。
多分、一分か二分くらい経過したと思う。
そして自信を持って言った。
「ないな。ありえないと言っても良い」
下の立場だったら上司を選べるとは限らないが、上の立場で進んでアレと手を組むのは控え目に言ってどうかしている。
ぶっちゃげ、アイツらと組んで仕事するくらいなら、ウォクスとお茶でも飲みながら世間話する方が、余程有意義な時間の使い道だろう。
「でしょ?絶対ないでしょう。過小評価して油断するのは論外としても、過大評価するのも同じくらい危険な相手だと思うのよ」
マルチのネットゲームの対戦相手でも天然とバカと狂人は行動が予想が出来ずに敵でも味方でも手強い存在になりがちだ。
ともかく、相手の力量を勝手に推察するのは早計だ。
まずは作戦を予定通り遂行して敵の出方を見てから判断しよう。
□
ゴブリン集団が山荘に接近するとキマリスは気配を察知して臨戦態勢に入った。
弓兵が攻撃を加えると、彼は手持ちのアイテムから火球を撃ち出して迎撃する。
ゴブリン達も負けじと結界で防御して魔法で応戦すると、彼はまんまとエサに釣られて山荘から飛び出した。
ここまでは予想通りだが、奴はこちらの想定以上に深追いして森の奥までゴブリン達を追いかけ回した。
「……やっぱりバカなんじゃないの?」
ジュンの呆れ気味のコメントを俺は否定できなかった。
ともかくチャンスは生かすべきだ。
忍者部隊は風のように駆け抜けて山荘に忍び込んだ。
二十分経ってもキマリスは戻ってこなかった。
アイツどこまで遊んでいるんだよ……と敵ながら心配になってきた頃に、シグレが人質の二人を抱えて転移してきた。
「トオル!!」
「ねーちゃん!!」
ジュンは弟に駆け寄って抱きしめた。
二人が無言で抱き合って無事を喜んでいるのを横目にして、俺はアン姫をシグレから受け取った。
「大丈夫か?アン」
「はい。無事でございまする。エンダー様」
彼女はいつも通りの口調で俺にしがみついた。
俺はアンの背中を優しく摩りながら、シグレに確認した。
「本当に他に誰もいなかったのか?」
「はい。山荘内には他に動く気配はありませんでした」
「そうか……アン、一足先にゲンマの所に戻って貰えるか?アイツも心配しているから、早く無事な姿を見せてやってくれ。俺たちもすぐに戻るからな」
俺がそう言うと彼女は一瞬不安な表情を見せたが、すぐに顔を引き締めた。
「はい……ご武運をお祈りしてまする」
アンとトオルを連れてシグレは転移の巻物で自治区に帰還した。
さて、これからどうするか、主にアイツの処遇だが。
「能力を考えると生け捕りも難しそうだし、今後のためにも息の根を止めておいた方が良さげね」
ジュンは相変わらず物騒な事を言っている。
ただ、ソルラエダと手を組むような奴と和解出来る気もしないのも事実だ。
魔大陸の情報は欲しいが、ここの選択肢は討伐一択だろう。
□
ゴブリン部隊はそこそこの被害を受けたが何とか逃げ切ったようだ。
モモちゃんからの通知で全滅を免れたことを知ってホッとしたのも束の間、キマリスが引き返して山荘に戻ってきた。
それと同時に、ゴブリン忍者達が帰還する。
彼らはサムズアップして、任務完了をアピールした。
んじゃ、派手に行こうか。三、二、一、はい、ポチッとなー。
――ボガァァァァァーーーン
俺が手元のスイッチを押すと忍者達が山荘に仕掛けた爆弾が連鎖爆発した。
山荘の廃墟は跡形もなく消し飛んだ。
「なんですか――!?!」
キマリスが廃墟から弾き飛ばされるようにボロボロの状態で転がってきた。
まだ生きてるようだ。魔族って、頑丈なんだな。
「ゴブリンどもの仕業ですかー!あいつらは、絶対!根絶やしにするべきです!!」
……もしかしてゴブリンに故郷を焼かれた系の奴なのか?
だとしたら、いらぬトラウマを掘り起こしてしまったようだ。
ま、悪いとは思わないが。
彼の周囲を赤帽子が取り囲み波状攻撃を加える。
流石に少数先鋭の斥候だけあって戦闘力は高く、手負いでも複数の赤帽子相手に優位に戦っていた。
「援護攻撃するべきなんでしょうけど……距離が遠いし、動きまくってるから狙撃も難しいわね」
ジュンの呟きを聞いて、閃いた俺は思いつきを実行した。
「《 マサ・パルマ 》」
全体攻撃のマギアを使いキマリスだけをタゲれないか試してみる。
お、出来るようだな。
「《 エクス・フラ 》」
俺が現時点で使える最大級の火炎魔法をブチ込んだ。
キマリスの体は青い火柱に包まれ、彼はその場で転げ回った。
「ぎゃぁああぁぁぁぁあああああ――!!!」
「うわぁ……えぐい……」
ジュンはドン引きしているが、隙あらばヘッドショットを決めようとしている少女に言われたくないな。
「酷さに関してはどっちもどっちですね」
テルさんは和かにコメントする。
「――ヒ、ヒ、ヒぃ……そこですかーーー!!」
キマリスは俺たちの存在を感知したようで、こちらを向いて睨みつけた。
青い炎は彼が貼った結界でかき消えた。
奴はインベントリから例の黒い宝石を取り出し口に入れて噛み砕くと、筋肉が盛り上がり、棘っぽいものが身体のあちこちに生えて、見た目の人外度が一段階上がった。
「キヒャァァァァーーーコロス!コロス!コロス!!!」
彼は瞬間移動しながら、こちらに接近してきた。あれが、噂の影渡りか。
俺は腰の魔剣を抜いた。
魔剣の歌声はテクトム山脈に反射して響き渡る。
「――ギャウムゥゥ……」
キマリスの動きは若干だが鈍った。
レベルはそんなに高くないってことか。
奴が予期せぬデバフに怯んだ隙に、テルさんは縮地で彼に接近して発勁を叩き込み、それを合図に目に見えない打撃ラッシュの打ち合いが始まった。
ブーストした魔族といえども管理者権限のチート性能には勝てないようで明らかにキマリスは押されていた。
彼は劣勢を悟ったのか一歩引いて目くらましの閃光を発して影に潜って姿を消す。
俺たちは奇襲に備えて身構える。
数刻の沈黙の後、
「はぁ!!」
ジュンが背後に出現したキマリスに裏拳を叩き込む。
「ゴヴァー!!」
ジュンは無表情で完全に見下した口調で言った。
「あなた、チキンの匂いがプンプンするのよ――先の手が簡単に読めるわ」
追加で腹部に中段キックを叩き込む。
「ゴフッ……!!」
打撃が予想したより重かったのか、彼は再び影に潜った。
次の攻撃は中々来なかった。姿は目には見えないが、誰をターゲットにするか悩んでいる気配だけはある。
……ターゲット?ターゲットか。俺は再びマギアを使う。
「《 マサ・パルマ 》」
地面にマーカーが現れ、それはジグザグに移動しながら俺目掛けて接近する。
俺はマーカーに向かって、魔剣を思いっきり地面に突き刺した。
「うぎゃあぁああぁぁぁぁーー!!」
地面に赤黒い染みが広がり、魔族の絶叫が響き渡る。
魔剣を引き抜くとマーカーは素早く後ずさり、離れた場所でキマリスは実体化した。
奴は胸の中心からどす黒い血を流し、息も絶え絶えで狼狽えている。
「影渡り中に……ダメージ……嘘だ……そんなバカな……ひぃいいぃぃ!!!」
彼はインベントリから巻物を取り出した。追い詰めすぎたか。
「――まずい!逃すな!!」
俺たちは慌てて取り押さえようとしたが、一足遅く、奴の姿はかき消えた。
「どこに逃げたと思う?」
バカだとは予想していたが、想定以上にヘタレでもあったか。
「この辺境の近辺で土地勘のなさそうな奴が身を隠す場所なんて思いつかないわよ……どうしよう、下手したらあいつ自治区に移動しているわ」
「また人質か?」
「それならまだいい方ね……最悪腹いせで暴れてる可能性すらあるわ……」
「今すぐ、戻りましょう!先生!」
俺たちは付近の捜索と後始末をモモちゃんとゴブリン部隊に頼んで、大急ぎで転移の巻物で自治区に帰った。
□
俺たちは慌てて自治区に帰還し、真っ先に領事館に駆けつけた。
「ああ、みんなおかえりー」
玄関先でゲンマがアンを背負って出迎えた。
アンは疲れて眠っているようだ。もう夜中で幼児は寝る時間なので無理もない。
「――キマリスは来なかったか!」
「こっちには来てないけど……何かあったの?」
「後少しと言うところで転移の巻物で逃げられた!」
「あいつ、大ダメージを食らってかなり動揺していたわ……転移の有効範囲を考えたら、そう遠くには行ってないと思うんだけど」
俺とジュンの話を聞いてゲンマは眉を顰める。
「うーん……子供達が心配かな……みんなで様子を見に行こう」
□
眠っているアンをユリアに預けて、俺たちは学校寮に向かった。
寮の門前に警備の眷属が意識を失って倒れている。
悪い予感は的中したようだ。
玄関の前から何者かが、交戦している音が聞こえる。
「急ごう!」
玄関に駆けつけると、手負いのキマリスにオクルスが分体を多数繰り出して戦っていた。
「何でこんなところに妖魔族がー!!キィーーー!!」
多数に無勢で追い詰められたキマリスはあの黒い宝石をいくつも口に放り込んで、噛み砕いた。
すると、彼の体は膨れ上がり、禍々しい黒く悍ましい魔物へと変化していった。
『ああああああ、もう、ミんな、ブっ殺しマすヨォオォォ!!!』
どうせ暴れるなら場所を選べよ……石切場とか……そうしたら遠慮なく爆破するのに。
「それはさっきしましたよ、先生」
すかさず、テルさんがツッコミを入れる。そうだった。
ともかく、どうやって、このクズ野郎を人気のないところに誘導するかを考えていたら、玄関から誰かが出てきた。
ヴェールだ。
「……!!」
俺はとっさに警告を発しようとしたら、ゲンマに制止された。
押しとどめたゲンマを睨み付けると彼はただ、彼女を見るように目線を促した。
彼女はおしのびでの外見偽装を解き、猫耳の姿に戻り、その特徴的なオッドアイをゆっくりと開いた。
『――混成種!?』
シアンの瞳とマゼンダの瞳はそれぞれ暗闇で眩いばかりの輝きを放ち、その光は異形に成り果てたキマリスに襲い掛かった。
『――どウして!?オマエが、コこにイル???』
困惑するキマリスの体に浮かび上がった術式は、バグったように激しく明滅して内心の混乱を表現している。
ヴェールはそれをただ見ているだけだった。
『アガ……アガ……』
奴は頭を掻き毟りながらその場に崩れ落ちて痙攣した後、動かなくなった。
恐る恐る近づくと、キマリスは元の姿に戻っていて、死んではいないようだが、目は虚ろで口はだらしなく開き体液を垂れ流していた。
俺は立ったままのヴェールを見た。
その瞳の輝きは消えていたが、目の焦点が合ってない状態だった。
彼女の肩を掴んで揺さぶると、ハッとして正気に返った。
「あ、あるじ様?わ、私はどうしてここに??」
辺りをキョロキョロ見渡す様は普段通りのおっとりした少女の振る舞いだった。
「大丈夫か?」
「え?何がですか???」
どうも記憶が飛んでるようだ。
□
「完全に廃人状態だね。脳に大ダメージを受けては回復して……を何度も繰り返したようだよ。超人的な自動回復が裏目に出たようだね」
ゲンマがオクルスの知識を参考に推理した所、彼の体に刻まれた術式は魔族の支配階級である王魔族の能力“絶対魅了”と夢魔族の能力“精神支配”に抵抗する為のモノだったらしい。
しかし、その二つの混成種であるヴェールの能力に無理に抗おうとした結果、術式が暴走して脳が負荷に耐えきれずに焼き切れたようだ。
俺はキマリスの術式をサインクリーナーで消し去った後、制約付きの眷属にするべく、マギアの証を付けた。
デフォルトで、マギア深度が7、制約・付与が“服従”、“正直”、“善行”、にセットされていたので、そのまま付けた。
ゲンマはこれに「うわぁ……」とドン引きしていたが、仕方がないだろう。
殺すしかないと思っていたが、事実上魔族キマリスは死んだようなものだ。
脳が焼き切れた影響で、彼の記憶は完全に失われサルベージ出来なかった。
インベントリ内のアイテムを全部出させると、様々な物があった。
中でも、霊気の結晶は初めて見るものだった。
「これを寮の周辺にバラ撒いてボクの感知を誤魔化したんだね。あー、やな感じ!」
ゲンマは汚い物を扱うように結晶を退け手を払っている。
それと、あの黒い宝石も大量に所持していた。
どう考えても危険物なので領事館の地下に封印しておこう。
そして、もう一つ……
「どらごんすれーやー?」
装飾を施した剣に興味を惹かれて見ていると、モジュローがそう鑑定した。
「ゲンマに効くのか?これ?」
モジュローは首を捻っていて、ゲンマは苦笑している。
「……いや、別に危険な感じはしないけど……君の魔剣の方がよっぽどヤバイよ」
これで、ゲンマを倒すつもりだったのか?だから、龍族に対して強気だったんだろうか。
「結局、単なる舐めプだったんでしょうか?」
テルさんは不思議そうに言っているが、その可能性は高そうだ。
■
翌日、ヴェールと共にアンを訪ねた。
彼女はぬいぐるみを抱きしめてソファに腰掛けていた。
まだ疲れが残っているのか少し元気がない。
俺たちはその隣に腰を下ろした。
「どうして、人質になろうとした?」
なるべく穏やかに感じるように言ったつもりだが、彼女の表情はやや翳った。
「私は末子とはいえ、帝王の娘でありまする。後見人のマイケル様から人質として囚われた時の対処法や心得はよく学んでおりました。だから、あの時は一人で囚われるのが最善と考え、そのように交渉いたしました」
結果として子供達は安全だった。
もし、キマリスの当初の思惑通りに人質が他の子供達であったら、何人かは命を落としていたかもしれない。
「何故、トオルを選んだ?」
同行したのがスマホを所持しているトオルでなかったら、捜索はもっと困難だったろう。
「トオル殿は以前、誘拐されたことがあると言っておりました。誰か供が必要ならば経験者の方が良いと思いました」
なるほど、そんな理由か。
ついつい忘れそうになるが彼も大富豪の子息だった。
「元気がないのはどうしてだ?」
俺の問いに彼女は俯いて膝を抱えた。
「……酷いことを皆に言ってしまって……合わせる顔がないでありまする……」
彼女はウサギのぬいぐるみに顔を埋めた。
「皆、才能のある優秀な子供ばかりでありまする……それを、塵芥などと……自分こそ何の才能もないというのに……」
俺は彼女の背中に手を置いた。
「みんなを守るために言ったんだろう?自分一人を人質にするよう誘導する為なんだろう?あの状況でそんな芸当が出来る子が何の才能もないなんて言うなよ」
「エンダー様は優しすぎまする……」
「アン姫様……」
ヴェールは彼女の手を取って、優しく握った。
「私が皆に説明しますわ!大丈夫ですよ!みんな良い子ですから、事情を話せばきっと分かって貰えます!」
「そうだろうか……」
「もし、仮に、みんなが許さなくても、私は、私ヴェールはアン姫様の友達ですよ!」
この言葉にアンはヴェールを見つめた。
「猫姉様……」
彼女はヴェールに抱きついて嗚咽し始め、次第に大泣きしだした。
堪りかねた感情が決壊したかのように。
早熟で利発な子供でも、子供は子供なのだ。
俺は無言で彼女の背中に手を置き、時間をかけて落ち着くのを待ったのだった。




