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――イントロダクション

 暗闇の中、光る転送陣を囲うように貼った結界の向こう。

 こちらに駆け寄ろうとした、あの方は結界の壁に行く手を阻まれ、瞳を大きく見開いて何かを叫ぼうとした。


 だがその言葉が発せられる前に、古代の遺物は正常に動作して、あの方は遥か遠くへと消えていった。


 これは裏切りといっても良い行為かもしれない。


 それでも、私はこれ以上は耐えられなかったのだ。


 目の前で、自分の大事な人たちが傷つき、倒れ、その死さえも辱められる、この残酷な運命に……。


 私が、私の心が、これ程弱くなければ……彼らも、私ごときの為に命を無駄に散らすこともなかった。


 ――『列強諸国にまで逃れられれば、幾らでも再起の目は残っています!』


 物心がついた時から私を教え導いて下さった、あの方は、そのように仰ってくれた。


 だが、私は……運命に抗うには、あまりにも弱すぎた。


 私を存在ごと否定する悪意に、押し寄せる屍人兵に、私の心は挫けた。


 味方してくれた人は皆死に絶え、最後に残ったあの方は、その身に秘められた魔力を封印されたあの方は、とてもか細く、それでも、小さな身体で私を救おうと押し寄せる悪意に立ち向かった。


 最早限界だった。


 たとえ、臆病者の誹りを受けても、自分にとって掛け替えのない愛する者を、我が身の不幸に巻き込みたくなかったのだ。


 ・・――――・・


 洞窟の奥に隠された転移の間に、私は一人取り残された。

 結界は限界時間を過ぎて消え去り、辺りは静寂に包まれる。

 誰もいなくなった転移の間の中央に歩み寄り、私の手から血まみれの魔剣が滑り落ちる

 床に描かれた転移の術式。

 その中央に立てられた柱には、美しい女神像が刻まれていた。

 私は石よりも年老いた彼女を見上げる。


 賢者曰く、


 “魂は不滅であり流転する”という。


 それが本当だとすれば、私のささやかな願いも、永劫回帰のいつかどこかで叶う時がくるのだろうか。


 私は転移装置の一部である、女神像にもたれ、額を付けて目を閉じ、祈るように願いを呟いた。


「願うことならば……次に生まれた時は、争いのない世界で、平凡な男として、穏やかな人生を過ごしたい……」


 そう実際に口に出してみると、苦笑が込み上げてきた。


 ――情けない。


 人間世界の王族が口にして良い言葉ではない。

 しかし、間違いなく、偽りのない心からの言葉で、私が渇望する願いだ。


 私は不意に膝から力が抜けて、その場に蹲った。


 足元に自分の体から流れた血溜まりが広がる。


 私はここで死ぬのだろう。


 身に宿した魔術(マギア)の才能は魔術師たちに妬まれた。

 多くの人を引きつけて惑わせる容貌は吟遊詩人の歌の題材にもなった。

 戦士が求めてやまない黒の魔剣は何度もそれを狙う刺客を招いた。


 だが、人に羨まれるそれらは全て、私の求めるモノではない。


 私の罰は、それらを生かして自らの人生を切り開く事から目を背け続けた罪の結果だろう。


 私は怠惰によって、自らの才能によって、身を滅ぼすのだ……。


 ――遠くに行きたい。ここではない、どこか遠くへ……。


 女神像に頬を寄せる私の双眸から涙がこぼれ落ち、足元の血溜まりに波紋が広がった。


 息も絶え絶えで、我が身を哀れむだけの私の脳裏に不意に雑音混じりの女性の声が響く。


 ――『$%^!@#$%^&*……対象、マッチングしました――転送、開始します』


 ハッとした、次の瞬間、足元の転送陣が眩く輝き、視界は光に包まれ、脳裏には美しい歌声が流れ、私の身体は浮き上がった。


 魂が肉体から剥がされる感触の中、意識は遠のいていく。


 縺れた糸を辿るように、どこか遠くへと運ばれる途中で、誰かとすれ違ったような気がする。


 強制的にどこかに連れ去られ、気を失うまでの間に、女性の悲鳴を聞いた気がした。


 ――『いやぁああああぁぁ!、私の推しがぁああぁぁあああー!』


 その言葉の意味はさっぱり分からなかった。


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