藍と牡丹
まだ少し肌寒い春の朝。
駅に向かう人の流れと逆行して、青年、いや少年がひとり住宅街に向かって歩いていく。すれ違う人から注がれる鬱陶しい程の視線を気にもとめず、真っ直ぐに目的地へと向かう。彼とすれ違った人は皆、一呼吸おいて我に返った後、振り返りまた彼を見つめる。
彼、青川映司は稀に見る美青年なのだ。まだ幼さの残る無邪気な赤い頰に反して、長い睫毛に囲われた全てを突き放すような冷たい瞳が、彼の神秘的な美しさを引き立てている。
立派な門構えの日本家屋に着くと、学生服の袖を少し引きあげ腕時計を確認した後、インターフォンに向かってよく通る声で挨拶をした。
「おはようございます。青川です。」
はーい、とインターフォンから間延びした声が聞こえ、すぐに玄関から女性が出てきた。
「おはよう。映司君、いつもごめんなさいね」
20代といわれても40代といわれても信じてしまいそうな年齢不詳の美女が、申し訳なさそうに頰に手を添えて首を傾げる。女の少し開いた口元と、乱れた後れ毛に映司が釘付けになっていることを、彼女は知っていてわざと見せつけているのだろうか。
映司は自慢の顔が情けなく緩んだ後、取り繕うように口を一文字に結んだ。
「お母さん勝手にピンポン出ないでよ!もう出るから!もういってきますだから!」
家の中から、まだ髪もボサボサの状態の女の子が慌ててやってきた。彼女は映司の幼馴染であり、高校のクラスメイトの牡丹。
「あらやだ、牡丹ったら。みっともないわ」
牡丹が靴を履いている隙に、母親が甲斐甲斐しく娘の髪を手櫛で整えるが、牡丹は鬱陶しそうに手で振り払った。妖艶な美女も娘の前では母親らしい顔で、 微笑ましい反面、映司にとっては少し残念だった。
「それじゃあ藍さん、行ってきます」
映司の精一杯のさり気ない行ってきますに、牡丹の母、藍は優しく微笑み手を振った。
「映司、いっつもピンポンしないでって言ってるでしょう!8時になったらちゃんと家出るんだから」
「いや、ちゃんと8時まで待って、時計で確認してからピンポン押したから」
「じゃあ私の落ち度ね!」
素直な言葉と挑発的な語気のアンバランスさがとても牡丹らしいと映司は思った。
見た目こそ母親譲りで可憐だが、中身は常識と社交性を備えたジャイアンである。
幼馴染として小さい頃から彼女を側でみているが、児童会長、部長、班長、など長のつくものは大体彼女がなっている。現に、今のクラスの委員長も彼女だ。
「別に毎日一緒に登校する必要ないんだけどね。クラスの奴らにからかわれるの嫌だしさ」
映司の言葉を待って、かすかに目線をこちらに寄せる牡丹の初心らしく上気した顔に別段映司はときめかない。
「まあ、小学校の頃からだし、うちの親が心配性だから仕方ないんだけどね!」
耐えかねた牡丹が切り出した。映司はそんな牡丹を余所に何か考え事をしているようだった。
〜続く〜