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ストーリーが始まる

 現在私は学園の中庭で、立ったまま噴水を見ている。学園専属庭師さんのジェムさんが手入れしてくれているからとても綺麗だし、珍しくて香りのいい花が咲いている。


「……ふう」


 前世を思い出したあの日から早二年が経ち、私は最高学年の三年生となった。そして今日は入学式。

 つまりゲームのシナリオが始まる。未だにストーリーは思い出せていないし、他の登場人物がどのように関わってくるのかもわからない。そしていつ、どこでヒロインである彼女に出会うのかもわかっていない。

 それを考え出したら恐怖にも似た感情が出てきて、怖さからきゅっと手を握る。


「ローズ。おはよう」


 後ろから声をかけられて振り向くと、友人のシオンが笑顔で小さく手を振ってくれていた。そして綺麗な水色の髪を靡かせて私の元へと歩いてくる。


「どうしたの? 何だか表情が硬いわね」


 シオンは私の頬を両手で包み、じっと私の目を見つめる。

 髪と同じ綺麗で澄んだ水色の瞳に見つめられると、少しどぎまぎしてしまう。


「シオン、おはよう。少し緊張しているのかもしれないわ」

「何に緊張しているの?」


 シオンの問いかけに、喉が詰まる。

 本当は真実を話したい。彼女にはそれだけの信用を寄せているし、彼女も私を信用してくれている。しっかりとした絆が私と彼女の間にはあるけれど。


「……」


 本能というのか、直感が言ってはいけないと警報を鳴らす。

 だからこの二年はこの件に関して目を逸らして生きてきた。だけど目の前にやってくると、どれだけ覚悟していても怖いと感じる。


「言いづらいことなのね」


 シオンの柔らかい声が耳に届く。私は無意識に落ちていた顔を上げ、シオンを見る。


「大丈夫よ。私が側にいるわ」


 シオンは微笑んだ。そして私の頬を包んでいた手で両手を包み擦ってくれる。


「こんなにも冷たくなって。あなたがこれほど緊張するってことは、相当な悩みね」

「……ごめんなさい」

「なぜ謝るの。人には話せないことの一つや二つあるわ」

「……」

「でもそうね。どうしても一人では無理だと思ったら、必ず頼って。私の持てる全てであなたを守るから」

「ありがとう。だけどシオンが側にいてくれるだけで、私はとても救われているわ。だからシオンも一人では無理だと思ったら必ず私を頼ってね」

「ふふ、ありがとう。私もね、あなたが側にいてくれるだけで幸せよ」


 シオンはそう言って微笑んだ。彼女の優しさに胸が温かくなる。

 大丈夫。運命は必ず変えられる。全ては私の選択次第なのだから。


「……」


 目を閉じて、小さく息を吐く。

 背筋を伸ばして、顎は少し引く。そして目を開けたら、まっすぐ前を見るのよ。


「よかった。落ち着いてきたみたいね」

「ええ。ありがとう。もう大丈夫よ」

「私ね、あなたの笑顔がとても好きよ」

「私もシオンの笑顔が好き」


 二人で笑っていると、少し遠いところから女の子のきゃーっと黄色い声が聞こえてきた。それに驚いたり、何事かと見に行くこともない。慣れとは何と恐ろしいものか。


「彼らは相変わらず人気者ね」

「そうね」


 シオンの言葉にうんうんと頷く。

 前世を思い出してから、私は大変だった。なぜなら回りの人たちの顔面偏差値があまりにも高かったから。思い出す前は気にならなかったのに。なぜそこに気づいてしまったのか。でもそのおかけで耐性はできた。


「……」


 だけどその耐性すら一瞬でぼろぼろと崩すような人たちがいた。それが攻略対象者と婚約者のアルヴェルト様。回りの人たちとは別格のあまりの美形さに内心震えに震えて関わりましたとも。慣れるまでにかなり時間がかかったのを思い出した。そしてこの人たちを描いたのが、美形を描かせたら世界一とまで言われたイラストレーターさんである。

 それを思い出したのが、まさかのノートにまとめ終わったあとだった。なぜこれを思い出したのかは未だに謎である。ただひとつ言えることはこれを思い出しても何の意味もないということ。せめて何か役立つことを思い出せればよかったのに。


「あら?」

「どうしたの?」


 シオンの視線の先を見ようと振り返る。


「え? 何事?」

「何だかこっちに向かって走って来てるわね」

「ええ。避けた方が良さそう」

「そうね」


 攻略対象者のアランとリックがなぜか全速力にも似た速さでこちらに向かって走ってきている。だから邪魔にならないよう避けたのだが――。


「っ……!」


 なぜか私だけアランに抱えられて、中庭を走り抜けられた。

 抱えられた瞬間に驚いてシオンを見たけど、笑顔で手を振られただけで彼女は驚いていなかった。


「悪いな! ローズ」

「すまない。君を運ぶのは自分だとアランが言って聞かなくてね。そんな持ち方になってしまって」


 謝っているのにどこか楽しそうなアランとリック。それからそんな持ち方とは、所謂俵担ぎというものだ。だから少しお腹が痛いし苦しい。


「いったいどこへ行くつもりなの? あとこれはどういう状況なのかしら?」

「学園を歩いていたら、女の子たちに囲まれてしまってね」

「それはいつものことでしょう? そんなに走って急ぐ必要があるの?」

「ある。ジオルド先生にお前を連れてきてほしいと頼まれてな」

「できれば急ぎで、とお願いされたんだよ」

「それはわかったわ。だけど何で楽しそうなの?」


 唯一私から見えるリックがきょとんとした。そして――。


「こうして走っていたら幼い頃を思い出してね。つい嬉しくなってさ」

「そうそう。子供の頃以来だしな。お前をこうして抱えて走るのは」

「昔は草原をこうして走り回っただろう。楽しかったよね」


 幼い頃を思い出して私も楽しくなってきた。そして小さい頃を思い出す。


「草原に転がって頬に草があたるのも、全身で風を感じるのも気持ちがよかった。それから三人でご飯を食べて。よく考えるとやんちゃよね」

「そうだね。でも知らないことを君たちと知るのは楽しいんだ」

「私もよ」

「俺もだな」


 三人で笑いながら、学園に入る。だけどまだ私はアランに抱えられたままだけど。

 そういえばジオルド先生は私に何の用なのかしら。あ、でも今日呼ばれるということは恐らく入学式関係の何かね。


「よし。この辺りで大丈夫か」

「うん。女の子たちはいないよ」


 二人は素早く辺りを見回し、女の子たちがいないことを確認する。そしていないことを確認できると、私を抱えたときとは違い丁寧に降ろしてくれた。

 そこからは話の続きをして、学園長室の近くで二人と別れる。

 私は学園長室まで少し早歩きで向かい、大きな扉を三回ノックして先生に聞こえるように自分の名前を言う。そして先生の返事を待つ。


「どうぞ」


 少し待っていると中から私の好きな穏やかな声が聞こえてくる。それを合図にゆっくりと扉を開けて中を見た瞬間――私は固まった。

 それはもう時が止まったように。私の全てが動かない。

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