表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

〜薄紅色の結末〜

冬椿「出会いはそう、あの小さな村の桜の木の下だったのじゃ…」





山と山に挟まれた小さな村を、桜の木の上から眺める1匹の狐が居た。

木の上からは村が見渡せ、狐の目にはそれは楽しげな人間たちの暮らしが見えた。

狐はそれを楽しみに毎日を過ごしていた。


ある雨の夕暮れ、狐はいつもの桜の木の下で雨宿りをしていた。

ぼーっと村の方向を見つめていると、人間の男が走ってくるのが見えた。

真っ直ぐこちらに向かってくる人間の男に、狐は慌てて木の裏に身を隠す。


男「まいったまいった、突然降り出して…朝はあんなに天気だったのに…天照大神様も気分屋だな。」


桜の木の下で雨宿りを始めた人間の男は、雨が降る空を木々の隙間から見上げブツブツと呟いていた。

びっしょりと濡れた着物、慌てて走ってきたからか草履は片方脱げていた。

そんな人間の姿をこっそりと見ていた狐は、風邪をひかないだろうか?足に怪我はしていないだろうか?と不安になり、何度か深呼吸した後人間の女に化けて木の後ろから優しく男に声をかける。


狐「あの…あなた様も雨宿りですか?まぁ、お着物もびしょ濡れではないですか…ボロ布ではございますが、お役に立つでしょう」


男が女の声に驚き振り返ると、そこには村では見た事もない、それは見目麗しい女性が、乾いた風呂敷を小さく畳んで差し出し微笑んでいた。

男は照れくさそうにペコペコしながら風呂敷を受け取り、濡れた髪や着物を拭いていると、男はあることの気づく。

そう、女は雨宿りと言いつつ一切濡れていないのだ。

不思議に思い男は女に訪ねた。


男「あなたは濡れていないんですね?雨に降られなかったのですか?」


女はクスリと笑うと、自分が雨に濡れていない理由を答えた。


女「私は朝からこの桜の下で過ごしていたのです。夕暮れには帰るつもりでしたが、いざ帰ろうと桜の木から離れたら、途端に降り出してしまって…慌てて桜の木の下に戻ったので濡れませんでした。」


不思議ですよねっと笑う女の笑顔は、男が恋心をいだくには充分過ぎるほど美しかった。


たわいも無い会話をいくつか交していると、雨が止み始めた。

男は少し残なんそうな顔で空を見上げ、唐突に女と向き合うと、濡れた風呂敷を自分のふところにしまい込み告げる。


男「明日もここで会いましょう!風呂敷も綺麗にしてお返ししたいので!それで、その…お名前を聞いてもいいですか?」


女がびっくりしていると、最後に顔を真っ赤にして自分の名を尋ねる男の姿にクスリと笑い、小さく頷き「冬椿」っと名乗った。


そこから二人の仲は急速に縮まっていき、恋仲へと発展する。

しかし見目麗しい女の本当の姿は赤と黒の毛並みの妖狐。

許されないと分かっていても、冬椿は姿を偽り続け男を愛した。


いつもどの季節でも、2人が会うのはこの桜の木の下だった。

桜が満開の季節には、男はその桜の花で冬椿を飾り「綺麗だ」と褒めた。

蒸し暑い夏には、青々としげる桜の葉で草笛を披露して冬椿を喜ばせた。

桜の葉も枯れ落ちた秋には、拾い集めた紅葉などで器用に簪を作り、冬椿の髪にさしてそっと「愛してる」と言った。

そして巡ってきた冬。

冬椿は全てを明かそうと心に決めていた…それでもあの人は私を好きでいてくれる、きっと大丈夫と自分の心に言い聞かせて、深々と降る雪の中愛しい男を待った。


しかし日をまたいでも男は現れなかった。

何日も何日も待ち続けたが、一向に男が現れる気配がない。

冬椿には理解できなかった、男が現れない理由が。

(きっとこの雪のせいで山を登れないんだ!きっとそう、一旦祠に帰って山神様に雪をやませてもらおう!)冬椿は邪念を振り払うように心の中でつぶやくと、狐の姿に戻り自分が祀られているほこらへと急いだ。


やっと祠へたどり着くと、そこには愛した男がいた…冬椿の祠に向かって金槌を振り上げている、愛しい男が。

冬椿の足音に気づき、狐の姿の冬椿と対面した男は、悲しみに満ち溢れた表情で狐に語った。


男「その毛色…やっぱりか…冬椿、この祠は壊さなきゃならねぇんだ。お前と出会ってから、俺の村では不幸が続いてな?旅の偉い坊さんに見てもらったら狐が取り付いているって言われてなぁ…その狐のせいで不幸が続いてるから、祠を取り壊して新しい神を祀るように言われたんだ。なぁ冬椿、お前の姿は本当に美しかった…でもな、俺はバケモンの夫になるのはゴメンだ!!俺を愛しているなら、祟らんでくれよ冬椿。俺は人間の嫁さんもらって幸せな家族を気づきてぇからよ…」


そう告げると愛しい男は冬椿の目の前で祠を壊し始めた…「俺が狐に化かされるなんて恥だ」と吐き捨てながら…。


反論も何も出来ず、ただ己の住処が壊されるのをながめていた冬椿は、唇を噛み締め声を殺して泣いていた。


(わらわが人間の男を愛してしまったばかりに、大切に守ってきた村に不幸を呼んでしまったのか?わらわがあの人を愛さなければ、あの人の心がこんなにも荒れることは無かったのじゃろうな…わらわが声をかけなければ…わらわが化けてなければ…わらわ…は…バケモンじゃったんじゃな…恋などに没頭して、役目を忘れたわらわが悪いのじゃ…わらわがあの人の大切な村に不幸を呼び込んでしまったんじゃな…山神様、最後にわらわの願いを聞いてたもれ…新しい門番が来て、あの村が再び生き生きと成長できるよう見守ってくりゃれ…祠のないわらわには、もう何も出来ぬから…愛しい人すら守れぬから…)


無惨に壊された祠を背にして、恨み言ひとつ言わず冬椿と言う1匹の駒狐が山を降りて行った。


数日後、その村は先祖代々の祠を壊した事で山の結界が消え、深夜に山崩れによって地図から消えることとなる。






「虚しいな、駒狐の願いとは裏腹に村は消滅してしまった。山神様は許さなかったのだろうね、長年村を守って来た冬椿を苦しめ追い出した事を…新しい門番用の祠が立つ前に、生き埋めとは恐ろしい。それにしても、その旅の偉い坊さんのとんでもない勘違いで起きた災いと言っても過言じゃない出来事だったね…確かに化かしていたのは狐だったけど、まさか結界の一角を担う駒狐だとまでは気づかなかった様だ。と、言うより、その坊さんが信仰する神を祭らせようと仕組んだ事だったのかもね…真相は時代と共に風化してしまったようだ…」


第2章

〜薄紅色の結末〜


END

次回


「何故人間は人間を疑うのか…何故人間は人間を殺すのか…わらわを助けてくれただけなのに…」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ