〜鏡の中の忘れ物〜
あなたは、彼女の悲劇の記憶を最後まで見届けて、理解する事は出来ますか?
コンクリートジャングルの中に、ポツンと存在している小さな稲荷神社。
この物語はここで暮らす変わり者の神と、巫女をしている九尾の大掃除から始まる。
?「なんなじゃこのガラクタの山は!!このなんでも拾う癖を何とかしてくりゃれよ主!!」
そう怒鳴りながらはたきをパタパタさせ、宝物庫に転がる様々な物を拾い上げては棚に並べを繰り返しているのは、この稲荷神社の巫女をしている黒と赤の毛並みがきらびやかな九尾の妖狐、名を冬椿と言う。
主「んー…私だって何とかしたいとは思っているんだよ?けどねー拾って下さいってその子たちが私に訴えてくるんだ。神として無視出来ないじゃないかー」
冬椿が忙しくしているのを、宝物庫の扉に背を預け嬉しそうに眺めながら良く分からない言い訳をしているのが、この稲荷神社の主である土地神。
この神、少々変わり者で、捨てられている食器や花瓶に絨毯、兎に角自分が気に入るとすぐ持ち帰ってくる変な癖だけが変わり者と呼ばれる由縁ではない。
まぁそれも充分変なのだが…
他の神が怪訝する厄介事を、それはもう楽しげに引き受けるのだ。
他の神々が口々に言う、「偏屈で変わり者」と。
冬椿との出会いも、他の神々がこの神にとある「厄介事」を押し付けた結果である。
冬椿「なーにが神として無視出来ないじゃ…子犬や子猫を拾ってくる方がまだ理解もできるが、なんでガラクタなんじゃ!ただでさえ狭い宝物庫がパンパンではないか!この絨毯の山とか日干に出すだけで一日潰れるんじゃぞ?だいたい手伝いもしないで何をニヤついているのじゃ!!」
兎に角小言の多い冬椿に土地神はクスリと笑いかけ、そっと冬椿の頭を撫でながら柔らかな声でポツリと呟く。
主「問題が解決して、心も記憶も無くして今にも消えてしまいそうな冬椿を連れて出雲へ帰った時、将来冬椿がこんなにお喋りさんになるなんて、きっとどの神も想像できなかっただろうね。こんなにも元気いっぱいになってくれてありがとう。」
本当に、心の底から安心した様なあたたかい笑顔と、冬椿を撫でる手から伝わる愛というぬくもりに、少したじろぐ冬椿だったが、冬椿もまた小さな声でポツリと呟く。
冬椿「…感謝しておる…もう二度と戻れないと諦めていた地上に、わらわを連れ出してくれた事…凍てついていたこの心を溶かしてくれた事…主がわらわを見つけてくれなければ、わらわは今でもあの暗く冷たい死ぬ事も許されない世界で生きておったじゃろう…哀れにも、そんな世界に閉じ込めた人間すら憎めず恨めず、ただ己を責め己を恨んで…今でもわらわは人を憎んだり恨んだり出来ぬ、怖い、とは思うが…我らとは違い、短い生涯を必死に生き抜く姿を見ていると、とても尊く守らなくてはならない命だと思ってしまうのじゃ…主よ、わらわの考えは甘いのじゃろうか…」
土地神の手を振り払い背中を向けて俯いてしまう冬椿の問に、土地神は優しく彼女を抱き締めて答える…かと思いきや、勢い良く背中を押して突き飛ばし、ハテナマークをいっぱい浮かべて床に這いつくばっている冬椿を後目に宝物庫の奥へ進むと、冬椿は触れてはいけなと注意を受けていた箱を開け、中から小さな懐鏡を取り出し、その鏡を見つめながら少し辛そうな表情を見せるも、再び冬椿の元へ戻ってきてそっと手を差し伸べ冬椿を起こすと、懐鏡を手渡し告げる。
主「この懐鏡は持ち主の過去を映す。私が何を言ったってお前は納得なんか出来ないだろう、だから自分で確かめてごらん?お前が過去に関わった人間の行いを思い出してごらん?お前が出す答え、それが私の答えだよ。」
ここから始まる、冬椿と言う1匹の九尾の妖狐の歴史物語。
変わり者の土地神ですら、冬椿がこの鏡に触れて過去を思い出してしまう事を恐れた悲劇に溢れた彼女の記憶。
全ての人間との思い出を見終えた時、彼女はどんな答えに辿り着くのか。
それとも答えなど見つからず、再び心を閉ざしてしまうのか。
主「なぁ人間よ、お前だお前、これを今読んでいるお前を呼んだんだ。これから先の物語は、心優しい哀れな妖の人間との思い出を巡る物語だ。冬椿の記憶に現れる人間達を同じ人間としてどう思うか…進んで行く彼女の物語を読んで考えて見てほしい。お前の答えを聞かせておくれ…」
第一章
〜鏡の中の忘れ物〜
END
次回予告
「本当は…全て分かっていたのじゃ…あの人が愛という嘘でわらわに近づいて来たと…」