我々は、生活安全課だ!
広いことはいいことだ、と先人の知恵を披露するかのように分隊長の彼女は言った。
もちろん、そんなことは先人が言わずとも人間であれば誰であれ首肯するであろう。
いや、狭いところが好きという人間もいるかもしれないが、それは置いておくとしてだ。
狭いところで動かずじっとして、極度の睡魔から逃れる術もないと、さすがに嫌になってくる。
そんな中で俺達は、この閉鎖空間のトップであるところのシャルル少尉が、この空間の中で一番広いスペースで横になりながらそんな先人の知恵を披露するかのようにのたまってやがっているのを聞いていたわけである。
当然として、相手が二歳年下で、ブロンドで、わりと好みで……そんな相手であっても、なにも言わざるに置くべきではない。
「でしたらシャルル少尉、そこのスペースでみんなが順番に仮眠するのはもっといいことだと思いますよ?」
「はっはっは。なにを言っているんだマテウス。私は後部ジェネレーターの点検をしているだけだぞ」
「いや、O S Tのエネルギージェネレーターはそこじゃないです。あと、補助タービンを整備に回しときました。これで、謎の騒音も無くなりますよ」
「偉いぞマテウス。凄いなマテウス。意外と男前なんだなマテウス」
「真顔ついでに棒読みで言わないで貰えますかね。とてもじゃないですが褒められてる気がしないので」
「言語的意味においては褒めてるぞ。それに安心しろ、どうせこの後は暖かいマイホームに戻るんだ」
うんざりしたような口調でそう吐き捨てるシャルルは、物憂げに噛んでいたガムをそこら辺に吐き捨てた。
収まりの悪い金髪が汗でぺちゃんこになっているのが気持ち悪いのか、彼女はがりがりと頭を掻きながらボトルを取り出すと、頭に水をぶっ掛けた。
そしてそのまま髪を水で濡らしてしまって、車内が濡れるのもお構い無しに、頭をわしゃわしゃと乱雑に解し始める。
彼女がそんな調子なのは、いくつも理由があった。
この「生活安全課」が設立されてから、思ったような評価も得られず、かれこれ三年も過ぎていたからだ。
メンバーも非凡な才能を持っている訳でもない上、上層部からの評価もあまり良いものではない。 まぁ、もとより期待もされていないのだが。
今回も、ある難民コロニーからの要請を聞きつけ、このポンコツで急行したは良いものの、コロニーを襲う野盗も見当たらない。
見晴らしの良いビルの屋上に張り込んで、今日で三日だ。
「……シャルル少尉は、なんでC-secになんて登録したんです? 大学院まで行ったんですよね?」
溜息が出る前に適当に言葉を吐き出せば、なぜか少尉に話しかけている自分がいる。
意識しているのは分かっている。分かってはいるが、なぜ全自動で話しかけてしまうのかと呆れる自分もいる。
といっても、我らがご機嫌斜めなシャルル少尉は水で濡れた髪をかきあげながら、物憂げに答えた。
「なんでつったって、理由なんて大したもんじゃないぞ。C-secに入ったほうが、社会的にやりやすいからだ」
「あー……それで、この部署に入ったのは?」
「スラム街で銃でどんぱち──なんての可愛い私には似合わないだろ」
「いや──」
「あとはまあ、生きてる刺激が欲しかったのさ」
「いや、だから──」
「人助けってやつ」
俺の意見を、問答無用の圧力で押し倒してくる。
でも、少尉がこんなことを言うなんて珍しい。
「……この銃。うちの地下にあったんですか?」
そう言って、後ろを指差した。
街明かりの影に隠れて、物騒なスタンダード・イシュー・ライフルが放置されている。
C-secが正式採用しているブルパップ式アサルトライフル。
ピカティニーレールが取り付けられているため、光学照準器やフラッシュライトのような各種アクセサリーを追加装備することが可能。フルオートでの発射速度は毎分600発。銃身を短縮したカービンタイプやグレネードランチャーを取り付けたタイプなど複数のバリエーションが存在する。
「言うなよ。国民の皆様にあなたの税金で買った鉄砲がわりとたんまり忘れ去られていたところを発見しましたとか、洒落にならない」
「それで──少尉が盗んできたんですか?」
「そうでもしないと、うちの分隊でやってらんないわよ。頭のお堅い上官どもは、小さな拳銃しか私たちに支給しないの。ファックファック、クソファック」
「やっぱり、銃でどんぱち…似合いますよ?」
ガンガンガンッ、と硬化セラミック製の靴で、少尉は側面ハッチを蹴っ飛ばし始める。
その騒音でようやく起きたのか、無線に繋がっているコムリンクがガリガリとノイズを発し、とぼけた声が割り込んでくる。
『んぇ……ふぁっく?』
「うっさいアホ」
「少尉、美人が台無しですよ」
「うっさいボケ」
『あ、エンジンかけます?』
「ジャンヌ、一回ハッチ開けて外の空気吸っとけ。エミールが来たら帰るぞ」
「あい」
寝惚けた操縦手のジャンヌがいそいそとハッチを開ける音がした。
大丈夫だろうかと思って後ろから操縦席を見てみると、左頬にディスプレイの跡がくっきりついてる齢一五の女操縦士が寝惚け眼で立ち上がろうとしていた。
後ろで束ねられた栗毛色の髪が襟からふさりとはみ出していて、寝惚け眼は澄んだ茶色をしている。
俺も少しばかり外の空気を吸ってみるかと、ご機嫌斜めな少尉を放置してハッチを開けた。
風が少しばかり吹いていたが、それに乗って臭う都会のタバコ臭さは、あまり気持ちのいいものではなかった。
いまだに銃声がパパパパンッ、と聞こえる。
ん?銃声?
急いで少尉が拝借したライフルを手元に手繰り寄せ、マテウスは周囲を見回した。
すると、銃声が次第に大規模なものになっていき、色んな方向からから銃声が響いてくるようになった。
まるでイナゴの大群がブワッと畑から飛び上がったかのように、銃声が舞い戻ってきた。
これが意味することはただ一つ
──戦闘が再開されたのだ。
車内で少尉が再びコムリンクを取って状況確認を求める声が後ろから響く中、マテウスはOSTに向かってくる人影を視認してライフルの銃口を向けた。
しかしそれをよく見ると、我らが整備士であり唯一の常識人、そしてムッツリスケベのエミールだということが分かったので、すぐに銃口を外して俺は車内に滑り込む。
コムリンクを付け、きちんと繋がっていることを確認し、ライフルの残弾数を見ると、冷や汗が出た。
…あと、三発。少尉は肝心の銃弾を忘れてしまったらしい。
「ファックファック! エミール、この状況を説明しなさい、どうなってるの。買い出しに行ったんじゃないの?」
「知らないですよ!いきなりドンパチ始まって逃げてきたんですから!」
「ジャンヌ起きなさい! OST、エンジン始動!」
古ぼけたジェネレータが、低い唸りを上げる。
「ジャンヌ!全速後退!逃げるぞ!」
「ジャンヌ!全速前進!攻撃だ!」
マテウスとシャルルの叫び声が同時に重なる。
エミールが苦笑いしながら、恐ろしげにジャンヌを見る。
「僕らの仕事は調査と報告!別に攻め込む訳じゃあ──」
操縦士ジャンヌが、ばっと立ちあがる。
まだ15歳で背も小さいので、狭いOSTの中で席を立っても、頭を打たない。
「ジェネレーター出力よぉし!討つ!」
「討つってそんな無茶なっ!」
マテウスが暴走しだしたジャンヌを落ち着かせようと努める。
「奴らは、この街の秩序を乱し、罪なき住人の生活を脅かしている悪党どもだ!」
エミールもマテウスに習って、我々がシャルルを制止させる。
「とっとりあえず、増援要請を!」
「構わんっ!ジャンヌ、前進だ!」
「りょーかい!」
マテウスが頭を抱えるも、急いでOSTに搭載されている申し訳程度の火器統制システムに電源を入れる。
エミールは……少し、ちびっている。
「少尉!敵数十名!包囲されてます!」
外からの激しい攻撃が、薄く頼りない装甲に降り注ぐ。C-secのスーツを着ても、壁から銃弾の衝撃か伝わってきた。
「あぁっ!もうおしまいだ〜!」
エミールのひ弱な叫び声も伝わる。
「落ち着け!私が行くっ!」
「ちょ、待ってください!」
少尉のその自信はどこから来るんだ!
とにかく、ハッチを開けて外に出ようとするシャルル少尉を引き止める。
「我々は、シタデル保安局所属っ!生活安全課だ!」
「ぜ、全員撃ち方止めっ!」
シャルル少尉は立ち上がって、動揺する周りを相手に蒼然とした態度で構える。
マテウスが慌ててハッチから飛び出す。
それに続きジャンヌ、遅れてエミールも外に出た。
「シタデル政府の名において、お前たちを逮──」
「シタデル保安局って、C-secか?!」
「お、俺たちを助けに来てくれたんだよな!?」
「おい、おい…冗談じゃねぇ!犯罪者を助ける警察がどこにいんだ?」
「俺たちは犯罪者なんかじゃねぇ!この辺りを仕切ってるオッドアイに困ってるんだ!助けてくれ!」
「オッドアイ?」
エミールが聞いた。
「もしかして、救難要請を送ったの貴方達ね?」
ジャンヌがようやく口を開いた。そう言って、救難要請の書類を見せる。
「そう、それだ!俺たちが送った!」
「とりあえず、ゆっくり話を聞きましょう」
シャルルが腕を組んで、そう言った。