イケメン、メイドになる
皆を女装させるにあたって私は念入りに準備を進めた。
まずはお化粧だが、この世界は肌を整える化粧水のみがあるだけだ。外見チートがあるせいか、皆、スタイルもよいし美女、イケメンしかいない。だから、お化粧をするという概念がなかった。だけど、せっかくなので紅の一つでも塗りたいではないか。
なので、またしてもポーラに相談した。ポーラはイベントの衣装相談にはいつものってくれたからである。
「唇を赤くする紅……ですか?」
「えぇ、私のいた国ではね、口紅というものなの。口紅はね、艶っぽいの」
私は真顔でポーラに訴えた。
「艶っぽい……ですか?」
「そう。艶っぽいの。それをアルフにするのよ」
「…………アルフレッド様にですか?」
「そうよ。彼を銀髪美女にしたいの」
「…………」
「目指すはロングヘアーの銀髪美女。 紅をさしたら、艶やかさアップだわ。テーマは"仕事はできるのに、主人の言うことを絶対に聞かない悪メイド様"よ」
「…………」
「ちなみに、エドワード様のテーマは"夜はすごそうな恥じらいメイド"よ」
「…………」
「その為にもね。紅が必要なの。ポーラ、何かいい方法はないかしら?」
私はじっと答えを待った。ポーラはたっぷり時間をかけて考えた後、口を開いて答えてくれた。
「肌に問題のない赤い花から紅色を抽出しましょうか……」
「そうね! 確かに! それがいいわ。……でも、しっかりと口に濡れるかしら? 剥がれたり垂れたりしたら……」
「なら、アルフレッド様に頼んで固定の魔法をかけて貰えればよいのでは?」
「固定の魔法?」
「えぇ、アルフレッド様ぐらいの魔術師ならば、それぐらい容易いでしょう」
私はポーラの手をとった。感激した。ここは想いを叫ぶときだ。
「ポーラ……いつもいつも本当にありがとう。あなたがいなかったら、私の願いは叶えられないわ。あなたこそ、最高の魔法使いよ!」
私の目はこれ以上ないくらい耀いていたと思う。頬も高揚もしていたと思う。なぜか、ポーラの顔はひきつっていたけど。
「口紅は問題ないさなそうね。よし、胸を作るわよ!」
「む、胸でございますか?」
「えぇ。女装するなら、胸は必須。女性の象徴をしこむのよ!」
「…………」
「長い髪は用意したし、後は胸だけね。よし! 縫うわよ!」
「縫うのですか?」
私は縫いかけの胸パットもどきを出した。布製のものに綿をつめて、ブラジャーのようにする。大きさはこの体を参考にした。大きい方がいいだろう。その方が夢がある。
私はテーブルの上に裁縫道具を出した。これは町で買ってきたものだ。針一つ入手するのは困難だった。修繕は基本魔法なので、縫うという概念は専門職業しかない。仕立て屋を何件か回ってようやく手に入れたものだ。
私は針を取り出した。そして、ブラジャー型の偽胸を縫っていく。
チクチクチクチク
「あの……お嬢様……手伝いましょうか?」
「え? ダメよ。ポーラは衣装の注文があるし、口紅だって用意してもらうし」
ポーラはシワの入った目尻を下げて言う。
「それなら注文するだけですから、終わったらお手伝いしますね」
私はまたしても感激した。感極まってポーラに抱きついてしまった。
「ポーラ! 大好きっ!」
ぎゅうぎゅうに抱きつくと、ポーラはゆっくりと背中を撫でてくれた。
◇◇◇
そして、ポーラはお願い事を済ませた後、本当に手伝ってくれた。二人並んで、縫い物をする。
チクチクチクチク。
その光景が亡くなったふみ子おばあちゃんを思い出した。おばあちゃんは、こんなに優しい人ではなかった。むしろ鉄拳が飛ぶような厳しいおばあちゃんだった。なのに、二人の歳が近いせいだろうか。ポーラにおばあちゃんの姿を重ねてしまうのは。
縫い物の手をとめてポーラを見つめる。視線を感じてポーラがこちらを向いた。
「お嬢様、どうかされましたか?」
――あ。
不意に気づく、目線の柔らかさだ。ふみ子おばあちゃんはガミガミ怒ることが多かったけど、時折、こんな風に愛しそうに私を見つめてくれた。しょうがない子だねって。
それに思い当たって懐かしくて頬が緩んだ。
「ふふっ。ポーラのことが大好きってまた思ったのよ」
「まぁ……それは嬉しゅうございます。わたくしも、お嬢様が大好きですよ」
優しい愛情の言葉を返されて照れ臭くて、でも嬉しくて私は、へへっと笑った。
◇◇◇
そして、ついにきた。文化祭当日。
私は気合いを入れて衣装に着替えた。
私の麗人姿をまず紹介しよう。
まずは、ジャケットだが、燕尾服型にした。私のことをよく知る方なら理由は分かるだろう。そう、ただの好みだ! もちろんジャケットは黒だ。黒執事だ。衿は黒だが、光沢のあるものにした。キラリン。怪しげな黒光りが麗人の顔を引き立てる。そして、クロスタイをしている。なんのこっちゃという方に説明すると、首元に × があると思えばよい。それでオッケーだ。もちろん、白い手袋は嵌める。完璧な麗人衣装。私は自分の姿を見て、感嘆のため息を出した。
「素敵……」
これではただのナルシストだが、私の性格だと思って許してほしい。
さて、他の人を料理するとするか。
「ふふっ。腕がなるわ……」
私はイケメンたちをイメージ通りの女に仕上げるために怪しげな笑みを浮かべて、女子更衣室を出た。
出た先には可愛くなるべく待機させておいたイケメンたちが私の姿を見て動揺していた。眉間にシワを寄せる銀髪イケメン。目を泳がせる銀髪イケメン。絶句するオレンジイケメン。黒髪イケメンはいつも以上に無になっている。それぞれの様子を見て私は口角を上げる。
(ふふっ。そうだろう。そうだろう。この麗しさは完璧だろう)
一人悦に浸っていると、イケメンたちに告げる。悪役令嬢のような笑みを浮かべて。
「さぁ、次はあなた方の番ですよ。綺麗になりましょうね」
そう微笑むと、イケメンたちはひゅっと喉を鳴らしていた。
まず最初に料理するのは銀髪イケメンからだ。アルフにまずはメイド服に着替えてもらう。
「アルフ。とりあえず脱いで。下着だけになってね」
無言で目を泳がせたアルフが深くため息をつく。そして、乱暴に制服を脱ぎ出した。下履きだけになったアルフはヘラクレス像みたいな肉体美を晒しだす。普段の私なら動揺したが、今は麗人モードなので淡々とした目で見つめるのみだ。
「脱がされる前に脱ぐとはな……」
不敵な笑みをされるが、私は無敵の麗人モード中だ。動揺は顔には出さない。私はブラジャーもどきをアルフに差し出した。
「偽胸です。これをまずつけて下さい」
「は?」
「あぁ、付け方がわかりませんよね? 私が付けます」
「ちょっと待て、梅子……胸をつけることはないだろう……」
動揺した声が聞こえたが無視した。私は目を細めて口元に弧を描く。
「アルフ」
「……なんだ?」
「私の好きなようにやれって言ったのはあなたよね?」
「っ……」
ぐうの音も出ないらしい。私は笑みを深めた。
「さぁ、付けましょうね」
私はアルフの背後に回り、筋肉に似つかわしくないブラジャーもどきを付ける。笑みが止まらない。私はノリノリだった。
パチリとフォックを付けた時、前からは深すぎるため息がアルフから吐き出された。
アルフのメイド衣装だが、徹底的に筋肉を隠す仕様にした。全体的に細身に見えるように黒色。テーマは悪メイド様なので、黒一択だ。
上腕筋を隠す為に、肩口はふんわりバルーン型なっている。しかし、胸は強調したいので、胸から腰まではタイトに腰からはふんわりさせるロングスカートだ。これで足の筋肉が隠せる。
エプロンはハーフタイプ。腰からは半円型になった白いエプロンだ。フリフリのレースは最小限。あまり多いと可愛らしくなりすぎて世界観が壊れる。
ヘッドドレスは銀髪に映える黒色にした。
髪型はサイドだけたらし、後は結い上げた。
「アルフ……とっても美しいわ。さぁ、仕上げをしましょうね」
なすがままになっているアルフの手を引いて椅子に座らせる。
「ねぇ、アルフ。お願いがあるの」
「…………なんだ?」
「今から口に赤い紅をさすんだけど、紅が落ちないように固定魔法をかけてくれない?」
「は?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしたアルフに微笑みかける。
「唇に固定魔法かけて、紅を落とさないようにしてね」
「……………………わかった」
「ふふっ。ありがとう」
そして、私はアルフの顎を手で持ち上げ、手には紅をさすための筆を持つ。
「動かないでね。……そう。いい子ね。アルフ」
無言で呆れた目をしてくるアルフに私は紅をさした。
「うん! でーきたっ! ほら、見て、アルフ! 素敵でしょ?」
全身鏡の前にアルフを立たせた。彼は自分の姿に絶句していたが、私はいいでしょ?いいでしょ?と目を輝かせていたに違いない。キラッキラの眼差しを向けていると、アルフはまたため息をついた。そして、艶やかな悪メイド様の顔で私の顎をくいっと上げる。
「俺にここまでさせたんだ。それ相応の報酬があるんだろうな?」
妖艶悪メイド様を見つめて私はうっとりと微笑む。私は完成させた自分の世界に酔っていた。
「勿論よ。後でたっぷり尽くしてあげる。あなただけのメイドになってね」
ふふっと笑うとアルフの喉が動いたのが見えた。
それにしてもいい出来だ。完成された美に酔う。
私はそっと、アルフの唇を指でなぞった。びくっと跳ねたアルフを無視して、丁寧になぞっていく。
「口紅は落ちないわね。魔法が効いてる」
これでおしまいよ、と声をかけようとした時、赤く艶のある唇が迫ってきた。
「っ!」
背中が仰け反るほど体重をかけられ、唇を塞がれた。不意の行動に膝がついていかず、がっくんと折れる。いつの間にか腰を支えられていたので、倒れはしなかったが体勢としてかなりキツイ。
「っ――! っ――!!」
無遠慮に侵入してきた舌にビックリして、叫び声を上げるが、それごと呑み込まれた。
わざとらしく音を立てて離れた口はやっぱり赤くて、私は頬に集まった熱を感じながらキッとアルフを睨む。
「アルフ……!」
艶やかな悪メイド様は、口角を上げて、いけしゃあしゃあと言う。
「散々、煽った君が悪い。これは前払いだ」
小憎たらしい笑顔に私は心の中で舌を出した。
◇◇◇
頬の熱を抑えながら、男性更衣室を出た。待機していたイケメンたちはアルフの姿を見て絶句した。しかし、すぐ笑いに変わる。
「ぶっ……! くくくっ! あははは! アル! お前っ……! くくくっ!」
セナ先輩が耐えきれずにその場にしゃがみこんで、腹を抱えて笑いだす。エドワード様は笑っちゃいけないと思っているのか笑いを噛み殺しているが、にやけが抑えきれてない。
隣にいたアルフから、絶対零度のオーラが漂いだす。
笑い転げる二人のイケメンに悪メイド様は静かに口を開く。
「今のうちに笑ってろ。お前らもすぐこうなる」
ピクリと反応して笑いが止まったイケメンたち。私はにんまり笑顔で告げた。
「さぁ、二人とも可愛くなりましょうね」
手をわきわきさせながら、うっとりと笑うと、二人は可哀想なくらい青ざめた。
おまけ
男子更衣室前の廊下の物陰に隠れていた部長と令嬢の話。
部長「な、な、なんてお美しい姿なの……あぁ……!!」
令嬢「部長ー! 死なないでください! 部長ー!」
部長「だから、死なないわよ」
部長「ふふっ。ここに張っておいて正解だわね。写真部隊は! 今の写真撮れたの!?」
写真部隊「はい。連写して100枚ほど撮りました!」
部長「さすが我が精鋭部隊ね。すぐに魔法で現像しなさい! 速報ニュースとして写真をばらまくわよ!」
写真部隊「了解しました!」
たったったった
部長「これで仕込みは万全よ!わたくしの力をもってして、必ずやジェシカ様のイベントを盛り立ててみせるわよ! この、イベント支援部の部長の名に賭けて……!」
この速報ニュースの写真を見たとある令嬢と侍女
令嬢「な、なんなのこれ!!」
侍女「お嬢様、ひとまず鼻血をお拭きください。このままだと出血多量で命の危険があります」
令嬢「(鼻をおさえる)……大変なことになったわ」
侍女「何がですか?」
令嬢「ほら、ここ! ジェシカ様が男性の格好をしてらっしゃるでしょ? 大変なことよ!」
侍女「だから、何がと……」
令嬢「どっちが、上なの!? はっ。まさかジェシカ様が……上!?」
侍女「お嬢様、声をお控えください。それに表現が卑猥です」
令嬢「はっ。そうね。ここは攻めと言うべきね……」
侍女「…………」
令嬢「ど、どうしましょう! わたくし、新たな扉を開いてしまいそうだわ!」
侍女「ひとまず、鼻息をおとめください。血が吹き出ます」
令嬢「こうしちゃいられないわ……!」
侍女「お嬢様。ハンカチが外れます……! 走らないでくださいまし!」
令嬢「今すぐ皆様にお伝えしなければ……! 新しいカップリングの誕生よ!」




