表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
田中梅子(30)、悪役令嬢になります! ~読み専転生者の夢の乙女ゲーライフ  作者: りすこ
第一章 魔法学園生活の始まり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/123

9話 ヒロイン候補発見!

「こんにちは。先程はごめんなさい。お恥ずかしいところをお見せしたわ。着替えは……できたのね。よかった」


 涼やかな笑みで声をかけると、ゆるふわ女子はビクリと震え、大袈裟に首を振った。


「いえっ……そんな……元はといえば、私がご迷惑をおかけしたのに……ハンカチまで貸して頂いてありがとうございました!」


(な、な、なんて可愛い声なの!)


 まずい。ドンピシャだ。アニメの正ヒロイン様のような声の人。しかも、清く正しくお辞儀までして、いい子だ。いい子に違いない。破顔しそう。


「大丈夫よ。誰だって間違いは起こすもの。それに、もう服も乾いたし。気になさらないで」


 ゆるふわ女子に微笑みかけると、彼女ははにかんだ笑顔になる。


(くぅ! 可愛い! 可愛い! 血が(たぎ)る)


 例えるならポメラニアンだろうか。しぐさが可愛い。見ているだけで癒される。特に今はイケメンとのバトルを終え疲弊しているため、余計可愛さが沁みる。


 やはり、ヒロイン様だろうか。ならば、お名前を伺い、趣味を伺い、一緒に中庭を散策し、お近づきになろう。そして、穏やかな会話を続け、よければまた会ってくださいと言おう。その手をとり、うっとり見つめて、あなたのことを意識してますと瞳で訴えよう。お見合いから始まる恋のセオリーを踏襲だ。燃える。


「お名前を伺ってもいいかしら? これも何かの縁でしょうから」

「っ……はいっ! ザルツ男爵家の長女、 ミアです」

「わたくしは、セルベック伯爵家の長女、ジェシカよ。……宜しくお願いしますね」


「ミアさん、宜しくお願いしますね」と言おうとして咄嗟に修正する。危ない……確か貴族社会では、◯◯男爵令嬢とか、◯◯嬢、◯◯様とか呼ぶはず。さん付けはマズイだろう。ミアちゃんとは心の中で呼ぼう。


 そう言うと、ミアちゃんは不意に何かを言いたそうにうつむき、顔を赤らめ、もじもじし出す。


「あの……失礼でなければ、ジェシカ様とお呼びしても宜しいですか?」


 上目遣いで、小首を傾げて尋ねられる。


(な、な、なに、この可愛い子は!?)


 恐るべきヒロイン(りょく)。もし、アニメとかで流れたら、彼女の背景はピンク色でに淡い花が咲き乱れているだろう。それに上目遣いで潤む目だと? 一瞬でヤられるに決まっている。私はヤられた。

 バクバク高鳴る心臓を誤魔化しつつ、胸に手をあてて微笑む。


「えぇ、もちろんですわ。わたくしも、ミア様とお呼びしても宜しいかしら?」

「はいっ! ……ぜひ」


 両手を胸元で組んで、可愛い声で返事をされた。ぐへへとなりそうになるのを必死で耐える。おっと、そうだ。お見合いの約束をこぎつけなければ。


「ミア様。宜しければ、わたくしと明日、お昼を食べてくださらない? 知り合いも少なく、ご一緒して頂けると嬉しいわ」


 いささか強引すぎただろうか。不安に思っていたが、最高の答えが返ってきた。


「ぜひ! ご一緒させて頂きます!」


(やったー! ヒロインミアちゃんとランチだ!)


 浮かれてニマニマしそうになる時、鐘が鳴った。予鈴(よれい)だ。また授業に出られなくなる。急がないと。


「ミア様、失礼致します。明日、楽しみですわ」

「はい。私も……」



 化粧室のから出てミアちゃんとは別れたが、私はスキップしそうなくらい心が踊っていた。


(ミアちゃん可愛かったなー。明日が楽しみだー)


 浮かれまくっていた心は教室に入った途端にしぼみ出した。ひとつ呼吸を整え、自分の席に着くと、ねっとりと熱い眼差しを感じた。


「遅かったな」


 イケメンがいて声をかけてくる。頬杖ついて、相変わらず小憎たらしい笑顔でこちらを見ている。しかし! 今は癒しが補充されたので、彼へのイライラは軽減されていた。


「少しは気を使ってくださいませ。女には色々としなければならない事がありますのよ?」


 クスクス笑いながら同じように頬杖をつく。


「それとも、わたくしの婚約者様は待てもできない駄犬にでもなったのかしら?」


 挑発するが、イケメンは顔色ひとつ変えずに口の端を上げる。


「駄犬かどうか確認したければ、首輪を外せばいい。案外、忠犬かもしれないぞ」

「よしてください。待てもできない犬には首輪と長い鎖が必要ですわ。噛みつかれないように距離を置かないと」

「その安心感がいつまで持つかな? 駄犬だろうと、忠犬だろうと、獣であるこのは変わらない」


 ダークネイビーの瞳が爛々と輝いている。決して脅しではないと瞳が語っているようで声を詰まらせた。だが、負けたくはないため、目だけは逸らさず睨みつける。イケメンは愉快そうにさらに口の端を上げた。


 授業を告げる鐘が鳴り、教師が入ってくる。視線のバトルはおしまいだ。これ以上、ジェシー様の偏差値を下げるわけにはいかない。頬杖をやめ、タブレット式の魔法道具に視線を落とす。耳にクスリと小さな笑い声が聞こえたが、無視をした。



 その後、鉄壁の心でイケメンの挑発を遮断し、学園生活、初日は終わった。



 ◇◇◇



「疲れた……」


 屋敷に戻ってきた私は天蓋付きベッドに体をダイブさせ、スプリングに癒しを求めた。よく弾むベッドは全身を受け入れてくれ、疲れが取れていく。


(ダメになるクッションより、ずっと心地いい……)


 太陽の匂いとまじってほんのり花のような香りがする。洗い立てのシーツからだろうか。日本で使っている柔軟剤よりは自然に近い香りに目を閉じる。


(あぁ……このままスマホを持って小説を読みたい)


 そんなことをできすはずもなく、私はふて腐れるようにゴロンと体を反転させ、仰向けになった。視界には天蓋の薄いレースが見える。窓が開いてるのか、レースはふわりと時折、揺れて形を変えていた。

 それをじっと見つめた後、大きくため息を吐きした。


(初日でこんな疲弊して、大丈夫なのだろうか……)


 容赦ないイケメンの包囲網にお腹いっぱいである。小説で語られる乙女ゲーム世界の甘い台詞の数々にうほっとなっていたが、言われる方になって実感する。


(恥じらう気持ちが分かる。照れて何も言えなくなるとか……あんなことをやられ続けたら、死ぬ)


 よくヒロインたちは卒倒しないものだと感心する。もし、私がジェシー様でなくモブだったら、鼻血を出して倒れている。そんなヒロインは嫌なので、やはりモブなのだろう。


 そんなことをボーッと考えていると、部屋のドアをノックされた。


『ジェシカ様。お茶の用意ができました』


 ポーラの声だ。私は急いで体を起こして、ベッドから降りた。横になったせいで乱れた髪をパチンと指を鳴らし整える。ドアに近づき、レバー式の取っ手を手に取ると、そのまま降ろした。


「ありがとう、ポーラ」


 声をかけると、驚いたような顔をされた。それにキョトンとしていると、理由を思い当たる。


(……こういう場合って、入りなさいとか声をかけて部屋で待っていればいいの? ……やばっ。しくじった??)


 動揺してしまったが、ポーラは私を見てくすりと笑い出した。


「ふふっ。そんなに慌てなくてもお茶は逃げませんよ」


 がっついていると勘違いされてしまった。でも、いい。この屋敷で飲むお茶は美味しいから。それに、ケーキまで付いてくるし。


「ふふっ。ごめんなさい。このティータイムが楽しみのひとつなの。今日は学園に行って少し疲れたから、余計、この時間が待ち遠しかったのよ」

「まぁ、そうでしたか。では、すぐお持ちしましょうか? それとも、テラスにご用意しましょうか?」


 中庭を眺めながらのティータイム。そんな優雅な風景を想像し、心が弾む。


「テラスがいいわ」

「かしこまりました」


 ポーラは一礼して準備をしてくると言って部屋のドアを閉めた。伯爵家の中庭は公爵家に比べると規模は小さいが、それでも充分すぎるほどの広さがあった。今日は天気もいいし、風にそよぐ花たちを愛でながらお茶を飲めば、疲れなんて吹き飛ぶだろう。自然と緩んだ口元のまま、うーんと大きく背伸びをした。

 しばらくして、また声をかけられ私はテラスに足を運んだ。



 目の前には三段式のケーキスタンド。丸く白い器の一段目は小ぶりのサンドイッチが入っている。二種類のサンドイッチがあった。二段目はスコーン。三段目には一口サイズのデザートがある。種類は二種類。パウンドケーキと、タルト生地のケーキと、あとはフロランタンと呼ばれるナッツやドライフルーツを混ぜたクッキーで、片側にチョコレートがかかっている。それが二枚。


 ケーキスタンドの他には銀色のお盆に二つのバターナイフと、ジャムと、クロテッドクリームと呼ばれるクリームが入った透明の器が二つ。ジャムの色は赤く、粒が入っているからイチゴだろう。これはスコーン用のジャムとクリームだ。

 格調高いホテルのラウンジに出てきそうなお菓子と食事にうっとりとしてしまう。目の保養をしていると、紅茶が注がれた。


「どうぞ、お嬢様」

「ありがとう」


 紅茶の茶器がまたいい。全体は白色なのだが、カップの内側だけに淡いブルーローズが描かれ、(ふち)と取っ手だけ金色だ。飲み口は薄くなっており、口当たりがとてもよい。紅茶をこくりと口に含めば、幸せが広がる。天国だ。ここは、パラダイスだ。最高。


 ほくほくとケーキと食事を全てたいらげ、ミルクティーにした二杯目の紅茶を飲み干す。


「ごちそうさまでした」


 お腹も心も満たされ、一息付いていると、ポーラが近づいてきて、片付けをしだす。


「最近のお嬢様は、本当に美味しそうにお食べになって。ご用意したかいがありますわ」


 つい顔に幸せ感が出てしまった。まあ、いいか。本当に美味しかったから。


「だって、とても美味しいもの。顔が笑ってしまうのは仕方のないことだわ」


 そう言うとポーラの手が止まり、嬉しそうに目尻を下げた。そして、また静かに片付けをし始めた。


 小さな食器の音を聞きながら、中庭に目を移す。すずらんの花が白く小さな花をつけ、風にそよいでいる。空にはゆったりと同じ白の雲が流れていた。漂う雲の前に小鳥が飛び、庭の木にとまる。チチチと可愛い声をだして、小鳥は歌っていた。


(こんなに幸せでいいのかな。バチが当たりそう……)


 こんな昼下がりに庭に出ることなんて今までなかった。今日は平日なので、今頃は太陽の光ではなくパソコンの光とにらめっこしていることだろう。私は事務職だったが、人手が足りず、いつもオーバーワーク気味だった。定時上がりが叫ばれ出しても、定時に上がれたためしがない。いつも帰りは真っ暗で、電車のつり革を持ちながら、うっかり寝そうになることが多かった。夜だから電車の窓は真っ暗で鏡のようになる。その時、写った残念な自分の姿から目を逸らすようにスマホを手に持って大好きな小説の世界へとのめり込んでいた。


 そんな時間に追われ、隙間時間を楽しんでいた頃に比べたら、ここは天国以外のなにものでもない。


 うーんと、背伸びをすると、膨れた腹が苦しかった。そこではたと気づく。


(こんなに食っちゃ寝していて、大丈夫なの……?)


 むにっと腹のお肉を掴む。そして青ざめた。


(ノオオオオ! ジェシー様がおデブになる!!)


 考えてみればアフタヌーンティーにこんなに食べて、夕食も食べて、家事は人任せ。……これは、デブの一方通行だ!


(どどどど、どうしよう! ジェシー様の魅惑のボディが崩れる!)


 焦った。焦りまくった私は体幹鍛えるために、バランスボールをポーラにお願いして作ってもらった。ゴムがこの世界にあってよかった。イメージを伝えるとわりと簡単にできた。さすがは乙女ゲーム。夢を叶えるスピード感は半端ない。何に使うんですか?と言われたが、ふふっと笑って誤魔化した。


 黒いバランスボールに座り、らくらく体幹鍛えを試みる。



 バランスボールに乗る悪役令嬢。

 世界観が壊れている気がするが、この場合はやむを得ない。理解して頂きたい。私は黒いバランスボールに乗りながら、授業の復習を始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ