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7話 悪役令嬢、ざる蕎麦を食す

 ズルズルズル……


 ワイルドイケメンが蕎麦をすすっている。


 ズルズルズル……


 悪役令嬢も蕎麦をすする。


 なんだ、このシュールな光景。誰か激しくツッコんでください。異義あり!と。


(ここは中世が舞台よね? なぜ、パンじゃないのよ……このゲームを作ったシナリオライターは無性に蕎麦を食べたかったの? ねぇ、そうなの? ねぇ!)


 いかに蕎麦を食べたくとも、それをシナリオにしないでほしい。百歩譲って書いたとしても、ゲームになる前に誰か止めなかったのか? みんな徹夜とかで意識を保っているだけだったのか? 深夜のテンションでオッケーが出たのか? ……解せん。


 はぁ、とため息を吐くと、蕎麦をすすっていたイケメンがこちらを向く。


「旨くないか?」

「いえ、美味しいですわ。初めて食べました。何と言う食べ物なんですか?」

「……蕎麦だ」


 音程も一緒か。そ↑ば↓と、外国人が言いそうな音程かと思ったが違うらしい。

 イケメンは流暢に箸を使って食べている。なんだろう、この光景は……ギャップ狙いか? 意外性は認めよう。それは認めるが、やはり解せん。


 盛りそば一杯、イケメンはあっという間に食べ終わってしまう。


(そんな少量で足りるの? ステーキ300グラムとか普通に食べきりそうなのに……)


 食べ終わったイケメンは私と目を合わせ頬杖をついてこちらを見ている。そんなに見られたら食べづらい。ふいっと視線を外す。


「何か他のものでも食べないのですか?わたくしなら、一人でも平気ですから」


 ちゅるっと蕎麦をすする。懐かしい味がする。蕎麦なんて、おばあちゃんと食べて以来だ。


「断る」


(なぜよ?)


「せっかく、君が食べているんだ。じっくり見させてもらうよ」


(くっ。羞恥プレイとは高度な……)


 視線を外して蕎麦に集中していると、優しい声が聞こえた。


「旨いか?」


 いつもの獰猛さは鳴りを潜めている。顔を見れば、イケメンの目尻が優しく下がっていた。


(何よ……急にそんな声だして……)


 私は膨れっ面になって、蕎麦をすすった。


 生演奏のピアノが耳に届く。緩やかな音階だ。喧騒は遠く、話していないと静かな一時になる。イケメンに動揺して気づくのが遅れたがここは日当たりもいい窓際だ。外を見れば中庭の花壇が見える。バラだろうか。 見えるだけでも、ピンク、白、黄色の花が咲き誇っている。


 また、ちゅるっと蕎麦をすする。


 中世とは程遠いものを食べているが、この空間は心地よかった。


「美味しいですわ」


 素直にそう言うと、イケメンは子供のように笑った。


(くっ……不意打ちとは卑怯な。ちょっと可愛いとか思っちゃったじゃん!)


 私は照れを誤魔化すように蕎麦に集中した。


 ちゅるっ。



 ◇◇◇



 食べ終わると、「ごちそうさまでした」と手を合わせる。はっ。しまった……つい、いつもの調子で手を合わせてしまった。西洋貴族が手を合わせるなど世界観に合わない。ポーラの時のようにツッコまれるかなと、恐る恐るイケメンを見た。

 しかし、彼は神妙そうな顔をしているだけで、何も言わない。


(……もしかして、目を開けたまま寝てる?)


 それならば都合がいい。お盆を持って退散しよう。そう思い、お盆を持とうと両手を伸ばした。だが、お盆はひょいと拐われて手が空を切る。


「俺が運ぶ」


 そう言って、歩きだしてしまった。


(寝てなかったのか……でも、いいとこ、あるじゃない)


 持ってくれたのはありがたいので、追いかけて声をかけた。


「ありがとうございます」


 微笑んで言うと、微笑まれた。



 ――どんっ!


 ばしゃっ!


(何者だ! ジェシー様にどつくなど!)


 不意に何かとぶつかり、その者が持っていたお盆がひっくり返った。空を舞う、お椀。蕎麦つゆはジェシー様のお召し物へかかった。シミが胸元に広がる。


 意外と蕎麦、人気なのだろうか?パニックになってそんなことを思っていると、ぶつかってきた者が声を出す。


「すみませんっ! すみませんっ!」


 青ざめ震えていたのは女子生徒だった。クリーム色のふわふわの髪は肩までの長さのショートヘアーで、小さな水色のリボンの髪飾りがついていた。瞳は同じスカイブルーの透明感がある色。私は歓喜した。


(――ゆるふわ女子、発見!)


 あなた、ヒロインではありませんか? とうっかり口に出そうになる。そんなことは言えるわけもなく、私はこの好機を逃すまいと、微笑みながら声をかける。


「大丈夫ですよ。 あなたこそ、平気? あら、スカートに少し跳ねてしまいましたね」


 私はハンカチーフをさっと出し、彼女のスカートのシミにあてる。魔法を使えば簡単なのだが、今は制限されているのでこうするしかない。


「蕎麦のつゆはシミになりやすいから、早めに着替えて洗ってくださいね」


 そう声をかけると、ゆるふわ女子はポーッと私に見惚れた。


(さすが、ジェシー様。女の子も落とすなんて罪深いお方……最高!)


 ふふっと笑って名前を聞こうと口を開いた、その時。背中と膝裏にゴツい手が触れ、体が持ち上げられた。


(え? は? ちょっと! なぜ、横抱き!? お盆はどこへいった!?)


 抱き上げたイケメンを見る。その瞳は揺らいで、口は固く結ばれていた。そんな顔は初めてで声を失う。


 そのまま唖然としている間に、すたすたと彼は歩き出した。


(え……? お盆はどこへ?)


 これからどこへ連れていかれるかよりも、無くなったお盆の行方が気になってしまった。



 ◇◇◇



「…………」


 イケメンは無言だった。廊下をズカズカ進み、彼が歩くたびに生徒たちが避ける。女子は黄色い視線を投げ掛け、倒れる者もいる。まるでモーゼの十戒だ。


 どこへ連れて行くの?と、言いたかったが、口をつぐんだ。彼の出すオーラがイライラしているように感じて、声を出すのを躊躇ってしまったのだ。


 しばらく歩くと、”学園長室”と書かれた表札の前に立つ。


(学園長室って……なぜ?)


 指導を受けるほどの何かをこの世界でしただろうか。そりゃあ、昔はやんちゃして、呼び出しをくらったこともあったが、ジェシー様になってからはないはず……よね?


 ――バタン。


 ノックもせずに開かれたドアにビビる。もちろん、魔法で勝手に開いた。

 おいおい、せめて「失礼します」言わないと、ワイルドから不良になる。……あまり違わないか?


 だが、そんな焦りも空っぽの椅子と誰もいない部屋を見て、杞憂だったと理解する。不良(仮)イケメンは革で作られたチョコレート色のソファーに私を下ろした。


 自分は座らずに、(ひざ)をカーペットが敷かれた床に付き、見上げるような体勢になった。ダークネイビーの瞳が鋭く私を捕らえる。


「君は……バカだろう」


(――は? なんと、おっしゃった?)


 大袈裟にため息をつかれて、残念すぎる子を見ているような目つきをされる。

 バカと呼ばれる筋合いはどこにもない。というか、ジェシー様をバカ呼ばわりするなど、許すまじ。


「どうしてですか?」

「自分の格好を見て、分からないのか?」


 呆れたように言われてムカムカしながらも、胸元を見る。


(Oh!No!……下着が透けている!?)


 ゆるふわヒロイン候補にうつつを抜かして服のことまで気づかなかった。私は派手に蕎麦つゆを浴びていた。びちゃびちゃだ。そういえば、胸元が冷たい。豊満すぎるお胸の部分だけ茶色くシミが服に張り付いていた。強調される胸。よい子は見ちゃダメだ。


 さっと、手で隠してイケメンを見る。すると、またため息。


(ど、どどどうしよう!? 着替えはどこだ!? 更衣室にいかなくては!! え? 更衣室ってどこ!?)


 冷や汗を垂らしながらパニックになっていると、ふわっと魔法がかかる。シミが生き物のように服から抜け、パッと消えた。服はドライヤーでもかけたみたいに乾いていく。


(元に戻った……?)


 唖然と見ていると、圧をかけられて見つめられる。教師が生徒に叱るみたいな目線に思わず背筋が伸びた。


「社交パーティーでも思ったが、君は貞操観念が低すぎる」

「そんなことありませんわ。ぶつかった相手を心配するのは、当たり前のことです」

「いいや、低い。今も平気で胸元を晒し、バルコニーから飛び降りた時はスカートの中身が見えていたぞ」


(マジですか!?)


 バルコニーがあった階は確か二階だった。スカートを持ち上げて飛び降りたから、重力に逆らってしまったのだろう。なんたる失態!


「あの時は……あなたが噛みつこうとするから……怖くなって夢中で逃げたのですわ。初対面の殿方に、あのように攻められては逃げたくもなります」

「ほぉー……怖がっていたにしては、余裕な顔をしていたけどな」


(いや、怖かったって! 本気で噛もうとしていたじゃん!)


 じりじりと目線で追い詰められる。しかし、窮鼠(きゅうそ)だって猫を噛むのだ! 私は負けない。


「では、泣いて助けを求めればよかったのかしら? 近衛兵でも呼べばよかったのかしらね。 ふふっ。ここに不埒者がいると」

「そうなったら、すかさず君の唇に噛みついていただろうな。”助けて”なんて言わせないように」

「なら、逃げるのが得策ですわ。……わたくし、逃げるのは上手いのですよ?」


 イケメンの口角が上がる。また瞳の奥の獣が目覚めた。


「俺は追いかけるのが得意なんだ。――捕まえてみせるさ」


 私もゆるりと笑った。目を細めて、イケメンを挑発する。


「では、捕まえてみてください。またスカートを持って、どこまでも逃げますわ」


 ふふっと笑うと、イケメンは口の端を上げて、喉を鳴らした。不穏な空気に眉根を潜めていると、彼は私が座ったソファーに手を付け、体を起こす。まるで彼自身が檻になったように今度は見下ろされた。


「もう、捕まえた」

「?」

「この部屋は俺の領域(テリトリー)だ。魔法を使えない君は逃げられない」


(は?)


 なんと言った? この部屋の表札には学園長室って書いてあったはずだ。学園長といえば、名前は……イニシャルしか書いてなかったな。


 確か、A・R。


 ん? A・R??


 目の前のイケメンの名前を思い出して、さっと青ざめた。


(この人の名前は、アルフレッド・ラルフロード……イニシャルは……)


 黙って見つめていると、気づいたか?とでも言いたそうにイケメンはどこまでも愉快そうに笑う。


「言っただろう? この学園の結界を作ったのは俺の家だと。そして、俺は穴を知っていると」


 獰猛な獣が牙を見せ始める。


「俺はこの学園の長であり、結界を作ったのも俺だ」


 その事実に唖然とした。


(う、嘘でしょ!? チートすぎる! あなたまだ17歳でしょ!? 日本では選挙権だってないのよ!!)


「信じられませんわ……」

「信じられなくてもいい。どうせ、君は籠の中だ」


 心臓が早鐘し、頭の中では警笛が鳴りまくって倒れそうだ。せめてもの抵抗として、口を固く結んで、睨み付けてみる。それすら愉快そうにイケメンは笑っていた。

 


「さて、婚約者殿。ここから、逃げられるかな? それとも……観念して、俺のところに堕ちてくるか?」


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