4話 婚約者は怪しげなイケメン
問、乙女ゲームの攻略対象と思われるワイルドイケメンに婚約者にならないかと言われました。彼と出会ったのは一回きりです。名前すら名乗ってません。さて、彼はあなたを好きで婚約者になったでしょうか?
答え、腹の底からノオオオオオオオオ!だ。失礼。Noだ。
おかしい。明らかにおかしい状況が目の前にいる。婚約を名乗り出たワイルドイケメンは私がバルコニーから逃げ去った相手だ。顔は涼やかに微笑んでいるが心臓は爆発寸前だ。
(なぜ、彼がここにいるの! あなたは攻略対象みたいだから、ヒロインとくっつこうよ! ――はっ。これがフラグなのね。甘く痺れる視線を冷徹な眼差しにして、”お前との婚約を解消する”とポイ捨てする気なのね! そうはさせまい!)
ジェシー様をポイ捨てなど私が許さない。あ、でも、婚約破棄をするなら、ポイ捨てされてもいいのか? いや、ダメだ。ジェシー様にそんな苦渋を嘗めさせるなど、あってはならない。破棄するならこっちからだ。
『――真実の愛に目覚めたですって? ふふっ。では、喜んで婚約を解消いたしましょう。どうぞ、その方と末永くお幸せに』
よし、台詞は決まった。これで華麗に退場だ。ジェシー様らしい。実に優雅だ。
自然と口角が上がってしまい、お父様と話をしていたワイルドイケメンと目が合う。
すっと、ダークネイビーの目が細まる。口元はゆるりと弧を描いていた。
(不敵な顔をしてもダメよ! ジェシー様は渡さない!)
私は同じように口元に弧を描いた。今の私は悪役令嬢ジェシー様。不敵な笑みでは負けない。
すると、ワイルドイケメンはお父様と話を終えたようで、立ち上がる。そして、白い手袋が嵌められた大きな手を差し伸べてきた。
「少し、庭を歩きませんか? 二人で、ゆっくりと」
違和感しかない敬語だ。お父様の前だからだろうか。それに、”ゆっくり”の言い方が含みがありすぎて、警笛鳴りまくりだ。しかし、ここで断ってはワイルドイケメンの魂胆が見えない。この挑戦、受けて立つ!
私は白い手袋に爪の先まで磨かれた指先をそっと置く。
「えぇ、ぜひ……」
こうして、戦いの火蓋は切られた。
◇◇◇
脳内が混乱していて話せなかったが、今私がいるところは公爵家だ。そして、ワイルドイケメンと歩いているのは中庭。素晴らしい庭園だ。
特に薔薇の大アーチは圧巻だった。上を見上げると色とりどりの薔薇が星空のように美しく咲いている。白・ピンク・黄色・マゼンタ。散りばめられた色の薔薇に囲まれてゆっくり歩くと、不思議な世界に迷いこんだワクワク感があった。
「素敵ですね……星空のようだわ……」
足を止め、薔薇の星空を見上げる。木漏れ日がキラキラして本当に星のようだ。うっとりと、眺めていると視界にシルバーの髪が入る。
「気に入ったのなら、よかった。君を誘う口実になる」
砕けた口調になり、距離感を詰めてくる魂胆が丸わかりだ。私は警戒しつつ微笑む。
「ふふっ。わたくしの庭にもアーチを作れば口実にはならないのでは?」
「そうかな?」
ダークネイビーの瞳が近づく。
「ここでは二人きりだ。外からは何も見えない。そんな場所が二つもあったら、俺は嬉しいね」
甘い低音ボイスにくらりときそうになる。足を踏ん張り、逆に距離を詰める。
「二人きりになって何をなさるつもり?」
「なんでも……今したいのは、そうだな……この前できなかったものを」
腰に片手を回され、距離が近づく。
「――噛みついてもいいか?」
吐息が唇にかかった。
私は心で毒を吐く。
さぁ、皆さん一緒にいいましょう。
(これだから、イケメンってやつは……!)
一緒に言ってくれた皆様ありがとう。
本当にイケメンというやつは困ったものである。おいたが過ぎる。ジェシー様の唇に触れるなど、100年……いや100万年早い!
私は腕を上げて、長い指を一本彼の唇に触れさせた。
「痛いのは好きではないと言ったでしょう?」
「それは残念。――だが」
空いている手で差し出した指を捕らえられた。彼の口が開く。白い歯が見え、前歯が私の指を甘く噛む。
(こやつ、噛みやがった……!)
さっと手を引くと、腰の拘束も解かれた。ドキドキ。いや、ドンドコドンと心臓が太鼓を鳴らす。
噛みやがったイケメンは愉快そうに喉を鳴らしている。キッと睨むと、彼は飄々といった。
「噛まれると分かって、餌を出す君が悪い」
(キィィ! よくもジェシー様の指を!)
私はプイッと視線を逸らし、噛まれた指を見つめ、赤い舌を出した。悪戯っ子のようにペロリと舐めて、視線の端でイケメンを見る。
「もう消毒しましたわ。それに、痕が残らないようなら、噛んだうちには入りませんよ?」
そう微笑むとイケメンはますます愉快そうに笑う。
「君は……本当に煽るのが上手い」
また、距離が詰められた。今度は拘束はされない。しかし、覗き込まれるような体勢になり、まるで彼の纏う空気が私を拘束しているようだ。
「……本気で噛みたくなる」
「遠慮しますわ。痛いのは好きではないの」
私は余裕の笑みを浮かべた。
「それに……二回しか会ったことのない殿方に唇を許せるほど、わたくしは安くありませんのよ?」
イケメンはくつくつ喉を鳴らし笑みを崩さない。
「唇もいいが……今、噛みたいのは、その白い滑らかな首だな」
(――こやつ、吸血鬼か!)
私はスカートを持ってふわりと揺らしながら逃げた。
「ふふっ。余計、お断りいたしますわ」
そして、優雅にお辞儀をした。顔をあげるとやはりイケメンは楽しそうに笑い「残念だ」と言った。
そんな薔薇アーチでのデスマッチを終え、私たちは屋敷に戻るために並んで歩いていた。
(しまった……イケメンの魂胆を聞きそびれたわ。罠にかかった。不覚!)
しかし、私は諦めなかった。吐かぬなら吐かせてみせよう、イケメンを、だ。字余りか……まぁ、いい。
「お聞きしてもいいですか?」
「なんでも」
「どうして、わたくしなのですか? 他にも美しいご令嬢がたくさんいらっしゃいますのに」
「愚問だな。目の前の黒曜ほど美しいものを俺は見たことがない」
(くっ。あぁ言えばこういう……しかし、私は騙されない!)
「まぁ、ふふっ。ありがとうございます。でも、黒曜を愛でたいのなら、わざわざ婚約者という遠回りなことをしなくても宜しいのでは?」
イケメンはまたふっと笑って立ち止まった。つられて私も足を止める。
「奪い去るのはたやすいが、それでは足りない」
一歩、近づかれ、その覇気に後退りそうになる。ぐっと堪えて見据えると、嬉々と輝いたダークネイビーの瞳が見えた。
ごく自然に左手を掬い上げられ、息が詰まった。
「君の心も俺のものにしたい。だから――早く、堕ちてきてくれ」
そして、左手の指に唇を寄せられた。
ここまで、見てくださった皆様なら、私の言いたいことは分かりますよね? さぁ、ご一緒に!
(これだから、イケメンというやつは!!)
かくして、ジェシー様に厄介な婚約者ができてしまった。
ここまでがプロローグです。
次からは(梅子の心情が)ドタバタ魔法学園生活が始まります。
一話ずつの投稿で、朝の6時に更新になります。
お楽しみに!




