3話 梅子、web小説愛を語る
(いきなりの婚約話……一体、どのスライムなの?)
知識チートによると私は社交デビューしたばかりで、貴族の息子殿と交流がない。見初められたとなると、あのデビュタントのパーティーしかない。脳裏にうごめくイケメンスライムたちを思い出す。
(黒? 金色? 茶色? 水色は……いなかった気がする……)
もはやスライムにしか見えなくて困惑する。その時に、ふとあのワイルドイケメンを思い出した。
(まさかね……バルコニーから飛び降りるじゃじゃ馬なんてお断りするだろうし……あの手のイケメンなら、家柄も含めて落とせない女はいないはず)
それに私は思うのだ。婚約なんて面倒な手筈をとらなくても、あのワイルドイケメンならこういうだろう。
『――お前はもう腕の中だ。逃れられると思うなよ』
強引に腰に手を回して拒否さえ飲み込むような口封じをされて……おっと。想像するだけで、高熱が上がる。やめてほしい。私の平熱は35.9分だ。
じゃあ、違うスライムか……ジェシー様に手をつけようとは、なんと不届きなスライムだ。いくらイケメンでもジェシー様に手出しはさせない。
(ジェシー様の操は私が守る!!)
固く決意していると、お父様が空気を読んだかのように話し出した。
「婚約話を持ってきたのはラルフロード公爵家の次男、アルフレッド卿だ」
公爵家なら格上だ。これは、家柄を脅しにジェシー様を手込めにという算段か……と思っていたが、意外なことをお父様は言った。
「今時、婚約など古いしきたりをしなくてもいいとは思うが…アルフレッド卿が是非ともと言うのでね。ジェシーの意見を聞こうと思ったのだよ。アルフレッド卿とはこの前のパーティーで知り合ったのかな?」
「スラ……すみません、お父様。多くの殿方に囲まれてお名前を覚えていませんの」
「ははっ。そうか。私の黒曜は美しいからね。無理はない。……では、アルフレッド卿の方が黒曜の美しさに魅せられたのかな」
軽やかに笑うお父様を見つめながら、私も笑みを作る。すると、お父様が伯爵家とラルフロード家のことを話し出した。知識チートで事情は察しているが、お父様の美声を聞きたいので黙っておく。
「ジェシーも分かっていると思うが、代々我がセルベック家は魔法道具の開発に携わってきた。ラルフロード家は魔法そのものの原理や研究に携わってきた家だ。同じように見えて分野は違うからね。あまり交流はなかったのだが……」
そこまで言ってお父様が顎に手をついて思案するような顔をする。
「家を繋ぐという意図も見えるけどね。どうにも婚約条件が不可解なのだよ」
「不可解とは?」
「ふむ……もうすぐジェシーは、学園に行くだろう? 二年間の学園生活中だけの婚約でいいと言うんだ。しかも、心変わりすれば、卒業後には婚約をなかったことにしてもいいと言ってきたんだよ」
解せん。それでは相手にメリットがなさすぎる。これは……断罪の匂いしかしない。思案していると、お父様はため息混じりに言う。
「断ってもいいが、どうする? 一度、会ってみるかい?」
私は背筋を伸ばしてお父様を安心させるように言った。
「お顔も分からないのにお断りするのは失礼でしょう。一度、お会いいたしますわ。その上で、この話はよく考えます」
そう言うと、お父様は少しだけ寂しそうな顔をした。
「聞き分けがいいのも困ったものだね。できれば、私の黒曜にはずっと側にいて輝いていてほしいのだが……いや、それは父親の傲慢だな」
愛しそうに頭を撫でられくすぐったい。
(安心してください、お父様。フラグは叩き折るために存在するもの。へし折って、お父様エンドをものにしてみせるわ!)
こうして、私は婚約話を持ち込んだ謎のイケメンスライムと一度、会うこととなった。
◇◇◇
田中梅子。三十路。ただいま、大いに困っている。
その理由は、どうやったらフラグをへし折れるか考えてドン詰まりを起こしたからだ。
お父様エンドを狙う私はこの婚約をなかったものにしたい。婚約破棄を狙っている。悪役令嬢には定番のシチュエーションだが、どうやって婚約破棄を起こせばいいのかわからなくなってしまったのだ。
(定番は真実の愛に目覚めたというやつよね? 悪役令嬢とは真逆のタイプに心を奪われるというもの……ヒロインが必要だわ)
そうなのだ。ヒロイン様だ。イメージとしてはいかにも庇護欲をそそりそうなゆるふわ女子。電波が入っててもいい。感電しても私には関係ない。二人の世界でビリビリやっててくれと思う。
しかし、婚約者(仮)とヒロイン様がどうやって真実の愛に目覚めるのか、さっぱり分からない。
(くっ……最近、短編小説ばっか読んでいたから、真実の愛に目覚めた過程が分からない!)
そうなのだ。私は最近、長編小説に手を出していない。
これには熱く深い理由がある。語ってもいいだろうか。語りが嫌なら耳を塞いでいてほしい。小説なら読み飛ばしてオッケーというやつだ。
では、田中梅子、三十路、語ります。
私はweb小説が大好きだ。生きる糧とさせていただいている。夜な夜な執筆されている作者様には感謝しかない。菓子折持って馳せ参じたいくらい感謝している。そんなことはできるはずもないと分かっているが、そのぐらい気持ちが高ぶっている。
(でも……でも、でも! 私が捧げられる愛情はマックス12ポイントなのよ!)
そう。12。ブックマークポイントと、評価ポイントを合わせてたった12しか感謝の気持ちを伝えられない。選挙の一票並みに低い。その12に過ごした熱い時間への感謝がどれほど込められているか、作者様に伝える術がない。
コメントを残してもいいとおもうが、一人が毎話更新ごとに感想を書いて、え? やばい書かなくちゃ……と作者様のストレスになっても困る。困るのだ。エタってしまうのは困るのだ!!
失礼。取り乱した。話を戻そう。
しかも、感想コメントというものは敷居が高い。え? あなた様が小説を書かれては?と思えるような流暢なコメントの数々。そんな場所に「面白かったです! 続きを期待してます!」などと、端的なコメントを残せない。しかも毎話。
こう見えて私は豆腐メンタルでビビりである。不快にさせたらどうしようという気持ちが先立ち、この滾る気持ちを語れない。なので、コメントもあまり書けないのだ。
それにだ! 長編ものは作者様のモチベーションが命だ。それが全てだ。長編を執筆したことがないので、察するしかできないが、自分の時間を削り、文字を綴る労力は計り知れないだろう。エタっても仕方ない。それを残念とは思っても、責めるなんてできない。責められない!涙を飲んでも責められないのだ!! あのジェシーとフレッドはどうなったんだー!! もう3ヶ月も更新がないんだよー!!
はぁはぁ。すまない。興奮しすぎた。涙を拭かせてくれ。
続きが書かれない物語を何度も見てきた。それで、私は悟ったのだ。
――完結してから読もう……と。
無論、ブックマークはする。更新チェックも完璧だ。逆お気に入りユーザーにもする。逆お気に入りユーザーにすると活動報告の更新も自動だ。素晴らしい。活動報告はあなどれない。作者様の人柄にも触れられるし、更新が滞ってもお知らせがある時もある親切設計。忙しいなら仕方ない。現代の日本人は忙しいのだ。ユンケル片手に皆、戦ってる。それに、活動報告は作者様の人柄にと触れられるし、物語の背景とか、小話なんかも聞ける場合がある。最高だ。そういう裏話、大好きだ。
しかし、残りのポイントはやはり読んでからではないと失礼だと思い、残しておく。フライングが多々あるが、ええ、応援ポイントと称して全てのポイントを注いでしまうときも多々あるが!! 基本は残したいとは思っている。
だから、最近は短編ばかり読んでいた。短編ならば思う存分ポイントを捧げられるからだ。
しかし、それが仇となった。
悪役令嬢の婚約破棄ものは、「君とは婚約破棄をさせてもらう」からストーリーが始まることが多いと思う。
しかしだ! 今、重要なのは婚約破棄に至った経緯なのだ!!
真実の愛に目覚めた過程なんて胸くそすぎてどうでもいい、と私も思うので端折られても問題はなかった。だが、しかし……!
(ここにきて、その胸くそが必要とは……これは試練ですか、神様!)
私は落ち込んだ。自分の見込みの浅はかさを罵った。くっ。スマホがほしい。今ならどんな胸くそだろうと読み込むのに……っ。無念だ。
だが、顔を上げる。私は小説に夢を見つづけた女、田中梅子、三十路。こんなことではへこたれない。ヒロインがいないのなら、作るまでだ。幸いにも学園に入るのなら、ゆるふわ女子は狩り放題だ。
(ジェシー様の操は私が守る! 守りきるわよ!!)
私は拳を上げて誓う。
このフラグ、折ってみせると。
◇◇◇
そして、イケメン謎スライム婚約者(仮)と会う日がやってきた。服は殿方のムラムラを抑えた清潔感溢れるものにした。しかし、ジェシー様は何を着ても色気が駄々漏れだ。逆に男心を刺激しないか、不安だ。
そして、そんな不安は、目の前の婚約者(仮)を見て、吹き飛んだ。見間違えるはずもない。その目の奥にある獰猛さを。
「また、会えたな」
(なぜ、お主がここいる!!)
私はつっこんだ。そこにいたのは、バルコニーから逃げ去る醜態を晒したワイルドイケメンがいたからだ。
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