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2話 フラグ、立つ?

 今日も朝から鏡の前に立つ。


 鏡よ鏡よ、鏡さん。世界で一番美しいのは誰?


「もちろん、ジェシー様よ! 今日も尊い!」


 自分の姿に身悶える。おっと、朝から失礼。でも、許してほしい。鏡の中にいるのは悪役令嬢ジェシカ様なのだ。興奮して血圧が上がってしまうのは仕方ない。私は低血圧だから、むしろ上げてほしい。


(――はっ。鼻の下が伸びっぱなしだわ! ジェシー様はこんな表情しないわよね。もう少しキリッとした表情して、目は細めて鼻で笑うような笑みを作って……)


「これで、満足かしら?」


(満足ですとも!!)


 鏡の前で顔を覆ってうずくまる。幸せすぎる。ジェシー様が私に向かって妖艶な笑みを向けてらっしゃる。拝みたい。拝もう。ナンマンダブ。


 はぁ、この世界でジェシー様に会えて毎日が輝いている。パーティーがあった晩、寝て起きたら、ドクロがこんにちはをしているかと思ったら、違った。夢はまだ覚めていない。またお屋敷に戻ってきた、私はまた夢の世界を満喫していた。


(三食付きで、美形中年と麗しの悪役令嬢がいるのよ? しかもタダで!)


 プライスレス最高。これはきっと頑張ってきた私へのご褒美に違いない。


 鏡の前でにやけていると、はたと気づく。


 おっと、いけない。ジェシー様にお召しものを。いつまでも、ネグリジェのままでは、目に毒だ。


 パチン。


 指を鳴らしてお着替えの魔法を使う。そう、知識チートのおかげで、私は魔法が使えるようになった。お笑い芸人を目指してはいない。私が目指しているのは魔法少女だ。


 朝のコーディーネートは私の大切な時間である。ジェシー様にクローゼットの中のありとあらゆるお召し物を着せ替えさせられる。リアル着せ替え人形!ジェシー様状態。販売されたら予約して買う。


 豊満なお胸を最大限に強調してもいい、隠して禁欲的にしてもいい。おみ足を生かせるようにスリットが深いものもいい。深紅のドレスも、深いグリーンドレスも、ギャップを狙って花柄模様でもいい。何を着てもジェシー様は似合う。


 だが、困ったことが一つだけあった。髪型だ。ジェシー様は腰まである黒髪でウェーブがかかっている。そのままにしてもよいのだが、アップにしてうなじを見たくなる。だが、私がイメージしてアップにするとキャバ嬢みたいなのだ。

 モリモリヘアーもお似合いだが、何かが違う気がする……


(はぁ……こんなことなら無料乙女ゲームアプリをアンインストールしなければよかった……)


 無料で乙女ゲームができるというワードに釣られてインストールした時もあった。令嬢ものとかあるのだ。食い付く。文字しか読めなかった世界が絵になって視覚的にパワーアップして、私はのめり込んだ。先読み課金までしまくった。おかげで給料日前、最終週は豆腐と納豆で過ごしたが。


(シナリオチケットって罠よね……極上の罠。食べずにはいられないのよ……)


 食生活が崩壊したので、私は涙を飲んで無料乙女ゲームアプリをアンインストールした。そのせいで、中世貴族風の髪型がよく分からない。スマホが欲しい。今なら無課金でいけるのだが……


(この世界にもヘアカタログとかあるのかな。でも、自分で変えるなら、美容室とかなさそうよね……)


 最先端の髪型を求めて、侍女のポーラの元へ行った。そして、ついでに朝食も頂く。



 目の前のテーブルにあるのは、野菜が入ったミネストローネみたいなトマトのスープ。鴨肉と思われる肉に、サラダが添えられている。パンは焼きたてだ。


 なんて、ありがたいのだろう。起きて着替えたら出来立ての朝ごはんがあるなんて。出勤15分前に起きて、スティックパンかじりながら支度をしていた頃とは大違い。本当にありがたい。


「いただきます」


 私は思わず両手を合わせて出てきた料理に感謝した。


「ジェシカ様? それはなんのお祈りですか?」


 ポーラに声をかけられ、はっとした。つい日本人の習慣を出してしまった。中世なら、アーメンとかにすればよかったかも。いや、宗教が違ったら、それはそれで問題だ。


 考えた挙げ句、私は誤魔化した。


「ふふっ。とある文献で読んだのよ。料理を作ってくれた人や、食材を育ててくれた人、そして、食材に感謝した言葉が”いただきます”なのよ」


 精神論でいってみた。うまく誤魔化せただろうか……中世に「いただきます」はおかしいが、そこは無視して欲しい。


(うまくいくなんて都合がいいけど、お願い! 変に思わないで!)


 念じたのがよかったのか、ポーラは明るい笑顔をみせた。


「まぁ! それは素晴らしいお考えですわ!」


 よかった。うまくいってくれた。心優しいポーラに感謝する。

 ポーラは優しい眼差しでしみじみと私を見て、目を伏せた。


「ジェシカ様がそのようなお考えをお持ちになられて、私は嬉しいですわ……」


 なんだろう。ポーラの言葉から、「あの小生意気なジェシカ様が心変わりされて!」という思いが透けて見える。


(ジェシー様は私の想像通りのツンデレ令嬢だったのかな……それなら、なおよし!)


 ツンデレは私がこよなく愛する属性だ。ツンデレのツンは、甘えだ。愛情表現の裏返し。素直じゃない心のあらわれ! 照れ隠しの極み! おっと、興奮しすぎた。冷静に。ジェシー様に鼻息は似合わない。


 私はポーラを見て、少しだけ茶目っ気を出す。


「ふふっ。私も大人になったのよ。いただきますわ。せっかくのお料理が冷めてしまうもの」


 そう言ってフォークとナイフを手に持つ。優雅な手つきはまるで鍵盤を弾いているようだ。最小限の音楽を奏でながら私は静かに朝食を満喫した。



 その日の夕方、お帰りになられた美形お父様のお出迎えをした。


「お帰りなさいませ、お父様」

「わざわざ、出迎えてくれたのかい? 嬉しいよ、ありがとう」


 ふふっと、微笑むが、私の心はよだれを垂らしている。


(はぁ……今日も素敵だわ。お父様。帽子を脱ぐのも、コートを脱ぐ姿もどうしてそんなに色っぽいの?……なにより、そのジェシー様を見つめる愛情の眼差しが堪らない……)


 ごめんなさい。私のお出迎えはそんな下心がありありです。

 お父様が素敵すぎるのが罪なのだ。この乙女ゲーム、絶対お父様エンドがあるはず。


 ……あ、でも、それだとヒロインとお父様がくっつくのだろうか。 それは大問題だ。娘溺愛設定は崩してほしくない。なので、ぜひともジェシー様のその後で、末永くお屋敷で暮らしました、としてほしい。

 と、いうか私はそれを狙っている。


「ジェシー」

「はい、お父様」


 少し憂いのある表情をお父様がされた。どうしたのだろう。そんな表情にもくらっとくるが、できるならそんな顔はしてほしくない。


「夕食が終わったら話がある。私の部屋に来てくれるかい?」

「えぇ、わかりましたわ」


 お父様がそう言って、やはりどこか悲しそうな顔をする。そんな顔をさせたくなくて、私は微笑んでみせる。


「お父様。今日はお父様の好きなミートパイですって。わたくし、すっかりお腹が減ってしまいましたわ」

「おやおや。先に食べてくれてよかったのに」

「ふふっ。お父様と一緒に食べたかったの。いけませんか?」

「いや、嬉しいよ」


 そう言ってお父様は私のおでこにキスをする。美形中年の色気に鼻血が出そうだ。鼻に力を込めて、なんとか血を堪える。ふんっ!おっといけない。鼻息が出てしまった。



 その日の夕食はともかくお父様の甘い視線に晒されてポーッとしてしまった。幸せだ……家族であたたかい食事を囲むなど、これ以上の幸運はない。そばに居るのが美形中年なら尚よし。


 お母様はどうしてるのかだが、残念だが亡くなられていた。肖像画も見たが、実に麗しい方だった。お会いしたかった。目付きのキツサと、固く閉ざされた唇から想像するにきっと、お母様もツンデレだろう。叱られたかった。むしろ、罵られたかった。むしろ、踏まれて、蹴られても……ここら辺で自重しよう。


 そんなお母様へと哀愁を胸に静かに食事を頂いた。



 ――コンコンコン


 食事を終えて一息つくと、私はお父様の書斎へ向かった。


「お父様、失礼します」


 レバー式の取っ手に手をかける前にドアが開いた。目の前には立ち上がって、こちらに近づく美形中年。部屋に入ると静かにドアが閉まる。


「来てくれてありがとう。こっちに座りなさい」


 手を取られ、黒い革の重厚なソファーに座らされた。

 完璧なエスコート。私、一生お父様に付いていきます!


 ボーッと(ほう)けていたら、お父様はその端正なお顔の眉間にシワを作る。


「ジェシー……君に、婚約話がきたよ」


 その言葉に私は思った。


(ガーン。フラグが立ってしまった!!)


指パッチンといえば、ポール牧師匠か、ダークファンタジーの雨に弱い無能大佐を思い出します。

残り2話を夜19時、20時に更新します。

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