第10話:猫耳に誘惑されました。
――謎の商店の店主たるシャルフェルに招かれた夕食。
海の恵みである赤カサゴ、エビ、ムール貝、イカと、オリーブ、ニンジン、セロリ、ニンニク、タマネギなどの香味野菜を白ワインでコトコト煮込んだ『ブイヤベース』とも言うべき料理は、しっかりと出汁の出て淡水魚とは違った濃厚さのあるスープが極上だ。
オリーブオイル搾油後の果実を食べて育った牛肉は『ローストビーフ』に仕立てられており、サシが強すぎず柔らかな上にサッパリとしたコクのある赤身の美味しさが、ガツンッと伝わり肉を食べてると言う実感を味わえる。
こちらの世界に来てはじめての肉料理がコレとは贅沢過ぎるかもしれない……
レティシア師匠はシャルの娘リリーナと魔法について熱くトークを繰り広げているようだ。
俺はと言うと、オリーブ牛の乳にレモン汁だろうか?
酸味があり、爽やかな味わいのカッテージチーズと、細かく切ったオリーブを和えた物を肴にワインを頂いている。
「あら、あなたお酒いける口なのね、あちらはあちらで盛り上がっているようだから、わたしに付き合って頂けると嬉しいのだけど」
「喜んで着き合せて頂きますよ。魚介のスープ仕立てもお肉も実に美味しいです。」
ザルと言うわけでは無いがそれなりに飲める方だろう。
俺はシャルさんとワインの入ったグラスを軽く当てた。
「料理喜んで貰えたようね」
「それはもうこれ以上ないほどに」
「むこうはむこうで話に花が咲いてるわね、こちらも少し突っ込んだ話をしてもしても大丈夫?」
「答えられる範囲でしたら……」
「『ギンヌンガガプ』を通って来たって言ってたわよね、ミズドガルドには行った事ある?」
「いきなりですね」
「回りくどいのは苦手なのよ、それでどうなのかしら」
「そうですね、美味しい食事も御馳走になってますね、ミズドガルドには行った事はないです。」
「そうなの……
わたしは、あなたがとても得難い知識を持っていると思っているのよ」
「それはまたどうして?」
「実はね、さっき食べてもらった料理は教えてもらったのよ」
「?」
「何年か前になるけど、ミズドガルドの商船に乗ってた人にね……」
「その後その人は?」
「分からないのよ、いつの間にか消えていたのよ、商船が嵐で被害を受けて困っていたところを助けたのだけど、そのお礼に何もないからと、牛の育て方としてオリーブをあげれば品質がとても良くなると言う事と、その肉を使った料理の作り方を教えて貰ったのよ」
「それでなぜ俺と関係があると?」
「その人は同じような境遇の人を旅してると言ってたからよ」
「(…………俺以外にもむこうの世界から……)」
「そう言う事だから何かあれば教えて欲しいわ」
「そうですね……今すぐには思い浮かばないです。ちなみに、シャルさんの商売って何をされてるんですか?」
「あら、レティから聞いてないの? わたしは牧場や表通りの食堂、雑貨店を何店舗か持っているわよ、食べてもらった牛肉も牧場で育てたものよ」
「昼間買い取ってもらった物は?」
「ええ、別のお店で品物として並べたり、食材として使ったりしてるわよ、レティの持ってきてくれる物は質が良くて助かってるわよ」
「なるほど……」
シャルさんはかなり行動的で顔が利く商売人のようだ。
「そこは二人で何を真剣に話しておるのじゃ」
噂をすれば師匠が顔をねじ込んできた。
「ええっと……」
「レティは知ってるから話しても大丈夫よ」
「ああ、そうなのですね、俺の他にも『ギンヌンガガプ』を通って来たかもしれない人がいる。と言う話を聞いていました」
「リリははじめて聞くけど何の話ニャ?」
「リリにはまだ少し早い話かもしれないわね」
「またそうやってリリだけ子供扱いするのニャァ」
「何、簡単な話じゃ、この世界と別の世界があると言うだけの話なのじゃ」
「何それ?別の世界なんてあるの?」
リリーナは頭を傾けて考えている。
「でも、リリにはまだレティ先生から魔法を教えて貰う方が先なのニャ」
リリーナは花より団子派か!?
「確約はできませんが、次に来る時までには何か思い出しせたらその時は」
「楽しみに待っているわよ
物によっては私をあげてもよいわよっ」
そう言って猫耳をピクピクさせながらウィンクされてしまった。
とても魅力的な誘いだが……
「わっちの弟子にへんな事をするでないシャル」
「あら、わたしは本気よ(クスッ 旦那が逝ってリリーナと二人になって随分になるし」
師匠がシャルにツッコミを入れている
「さぁ改めて飲み直すのじゃぁ」
「いいなぁ、リリも早く先生と飲みたいのニャ」
師匠はリリにスリスリされながらもテンションを上げて飲みだし、俺も少しだけそれに続き四人でグラスを鳴らした。
この世界には俺以外にも……俺はその人と会えるかな……