一、人か不死者か
森の中というのは、とても癒される。
はずだが、そんなことは無い。薄暗く、ザワザワいう音が聞こえるたび、驚いてしまう。
何故だろうか。何故こんな所にいなければならないのだろうか。
それには、こんな理由があるのだ。
光に包まれ、転送された。
途端、違和感を覚える。足場がない。下から強風が吹いている…?
なんと、転生直後に大気圏から落下している。
いつか神を殴ろうと決意しつつ、状況を把握する。
下は見えないほど高い。そしてかなりの速度が出ている。自由落下しているため、毎秒大きく加速していく。物理法則はやはり異世界でも同じらしい。
一つ思いつく。停滞を使ってみよう。
自らの落下エネルギーを停滞させる。
すると、さっきまでの勢いが嘘のように遅くなった。まぁ、それでもなかなかの速さではあるが。
停滞、流石に汎用性が高い。
ここでもう一つ思いついた。
おおよそ地上では魔法の実験が出来ない。
特に《炎魔法》のような周りに大きく被害を及ぼしそうなものは、実験など出来たものではないだろう。
まず、せっかく空中なのだし、魔法による浮遊、飛行がしてみたい。これには目星を付けてある。
《陰魔法》の中に、《グラビティ》というものがあった。おおよそ、先ほどの《テラグラビティ》によって学んだのだろう。
とりあえず、自分に《アンチグラビティ》をかける。
おっと、停滞させている今では効果がわからないな。すぐに停滞を切る。
すると、停滞程ではないが、落下は遅れた。だが、これだけでは落下死は防げない。
魔手を三本ほど生やし、その魔手で自らに反重力をかける。
次に、魔手を七本生やし、足の裏と合わせて九箇所から、《風魔法》の能力、《ウィンド》を使う。これによって、落下速度はほぼゼロに近くなった。
さて、これだけでは終われない。次は飛行の実験だ。
風魔法の魔手を一本後ろへもってくる。
これには訳がある。スキル《怠惰》では、十本が限界なのだ。無理をすれば出せなくはないが、無理をすればである。魔手のリスクはとても大きいらしく、あまりやりたくない。
背中に回した魔手の《ウィンド》は、俺の体に推進力を与えた。
結果、浮遊しながら意思のとおりに進むこと成功した。
《風魔混合魔法》、《フライ》の完成である。
将来的には、魔手のサポートなくこれを行うのが目標だ。
さて、次は推進力が必要だ。進まなければ、飛行とは言えない。
まず、《ファイア》を発生させる。そこへ、《ウィンド》で方向を持たせた。ロケットエンジンのようなものだ。
しかし、威力が拡散してしまい、無駄が多い。
《水魔法》は実に汎用性が高い。性質を変えられるのだ。
《ウォーター》で生み出した水を、氷へ性質を変える。その氷で、筒を創り出す。
その中で、《炎風混合魔法》、《ブースト》を発動する。
ブーストは威力は高いが、そこにまとまりが無い。ただの爆発に等しい。
それを、氷の筒で補うのだ。
ブーストによって氷が溶けても、すぐさま氷結させれば問題ない。
爆発的な威力をもった体は、落下どころか上昇していた。
「いやっっほぉぉぉぉおいいい!!!!」
大はしゃぎである。楽しすぎた。
ついつい夢中になってしまったのだ。
それ故に、空中でバカみたいに飛んでいて、大事な事を忘れていたのだ。
魔力切れである。
流石に同時に三つも魔法を展開すれば、当然そうなる。
フライ、ブースト、ウォーターが一気に切れ、降下のモーションをとっていた俺の体は超高速落下という派手なことをした。
アンデット固有スキルの不死も、体が一瞬で生命活動をやめれば流石に復活出来ないはずだ。
ちょっと気になるし、どこまで大丈夫なのか、後で検証してみよう。
「停滞」
俺には停滞があるのだ。だかしかし。問題ない、わけが無い。
今の瞬間で、地上は500メートルほど先にまで近づいていた。
「しかし…最初は森からなんだな」
街に落ちて「キャー、アンデット!」って殺されるなんてことは避けたいから、森で良かったのだろうが、だったら最初から地上の街にしてほしい。
ちなみに、《感知》スキルでも街の存在を感知できていない。遠ければ流石に感知できない。当たり前だが。
さて、とりあえず着陸したい。このままだと、未熟な停滞では防ぎきれず、間違いなく少し痛い目にあう。
だが、残念なことに、この状況を打破する方法は思いつかず、
結局森に突っ込み、ほんの一瞬瀕死になり、それから新品つやつやの体を手に入れたのである。
そして、現在に至る。落ちた瞬間激痛を一瞬感じ、すぐに動きの良い体に元通りだ。と言うか、先程までより動かしやすい。
とりあえずは瀕死でも大丈夫らしい。
死ぬ前よりも動きやすいのは、疲労などがリセットされているからだろうか。
これは便利だ。使い所は分からないが、しっかりと覚えておきたい。
周りの情報を調べようと、魔手を周辺に伸ばす。その時に、ふと思いついたのがこの魔手による移動方法である。
ちなみに、魔手を使って着地すれば無傷だったということに気付き、悲しくなったのは余談である。
当たりが薄暗く、遠くが見えない。
《感知》スキルを発動する。同時に、生物の存在を知覚する。
これが、魔獣か。
瘴気のようなものを感じ取り、即座に断定する。
予想通り、黒い体毛の、狼のような魔獣が現れる。
目は黄色く、体長は二メートルほど。牙は鋭く、美しさを兼ね備えていた。足の爪には赤黒く固まった『何か』が付いている。
《感知》スキルによって、相手の情報が頭に浮かぶ。
どうやら、少しならば相手の情報を得られるようだ。なかなか、高性能な能力だ。
ブラッダーウルフ。森の中の獰猛な捕食者。
だが、レージの敵ではない。死角は《感知》によって存在せず、魔手があれば防御も攻撃も問題ない。さらにはアンデットなので、死なない。つまり負けない。
この魔獣を実験台とすることにした。
魔手について、神はこう言っていた
「望みさえすれば、力に応じて魔手は形を変えられる。
例として、不可視化がある。使い時があれば、試してみなさい」
魔手を出現させる。そして、それが透明になるイメージ。集中力がいる。魔獣は何かを感じたようだが、見えないものは見えない。
魔手を、警戒している魔獣の首に近づけると、魔手で手刀を形作る。そのままイメージを研ぎ澄まし、刃物へと変化させた。そして、振り下ろす。
魔手には感覚があり、刃物になってもそれは同じだった。
肉を切る感覚がして、すぐにドサッと音がした。
魔獣は首と胴体を切られ、絶命していた。
レージは笑っていた。高らかに。
楽しかった。まさか自分がこういうことを楽しく思うような人格者だとは思わなかったが。
だが、同時にそれを悲しく思った。この感情に溺れてはいけないと、人間として思った。
けれど、アンデットとしての、魔獣としての部分は、殺すこと、傷つけることを好ましく思うらしい。
不可視化した10本の魔手を全て刃物へ変化させ、自分の体を中心に振り回す。
冷静に、冷徹に。声や物音、何より血の匂いに集まってきた周りの魔獣は《感知》スキルで全て把握済み。
逃さず、一撃で殺していく。
レージの感情は揺れていた。アンデットとしての本能と、人間としての理性。それらがせめぎあって、ぐちゃぐちゃだった。
レージは空を見上げ、ただ、目を閉じていた。