五、骸の山で
遅くなっちゃいました。
その分これから頑張ります。
レージは魔法の発動を止め、《感知》を発動した。
魔獣が、動きを止めたのだ。目に理性が戻っていく。魔獣に理性があるかは知らないが、少なくとも、さっきの暴走状態よりはマシだろう。
ふと、考えてしまう。魔獣にも感情はあるのだろうか。哀しみや、憎しみはあるのだろうか。
だとすれば、どうだろう。誰かに家族や仲間を喰われた者がいれば。
だとすれば、どうだろう。自分が家族や仲間を喰ってしまったら。
だとすれば、どうだろう。俺たちに家族や仲間を殺されたら。
俺だったら、誰も許せないし、絶望するだろうな。
「どうしたんだい?」
アリアが不安そうに聞いてくる。
感情が顔に出ていただろうか。
「大丈夫だ。ちょっと考え事してただけ」
魔獣が咆哮する。どこか悲しげに聞こえてしまった。
「ゼドアさんが、やったか?」
「多分そうだろうね。…うん。解析しても、【永久飢餓】は消えてるよ。」
「そうか…。なぁ、解析って便利だな。俺もそのスキル欲しい。」
「あげない。《感知》を持ってる君に『便利だ』なんて言われたくない。ボクは自分の力で知識を得たいから、ホントはこれ使いたくない」
「さっすが強欲。知識に貪欲だな。あと、君って言うな。…もしかして怒ってます?」
「怒ってるよ。ぷんぷん」
「ふっ」「なんだよふって!!!」
シリアス展開がぶち壊された。俺はよく感情を引きずりがちな上に、それを一人で抱えるから、よく苦しんでいたんだ。
仲間っていいな。大事にしよう。死なない身体を何回傷つけてでも、守りたい。
やっぱり、分からない。この感情がどこから来るのか。出会ったこともない仲間をここまで想うのは何故なのだろうか。
アリアの事を、自分よりも大事だと思うのは何故なのだろうか。まだ一週間程度しか一緒にいないのに。
俺は《怠惰》なはずなのに。どうして他人を気にしているのだろう。
分からないはいっぱいある。この世界のことも、自分の過去のことも、アリアの事も、俺達の罪も、仲間の事も。
後で、またアリアと論議しようかな。
さあ、思考を切り替えよう。今考えることじゃない。
「リア、魔獣はどう動くと思う?」
「すぐに行動を始めると思う。血の匂いが辺りには充満してるし、ボクらにも血の匂いが染み付いているからすぐに襲ってくるだろうし、戦わざるを得ない、だろうね」
見ると、アリアの純白の服に赤いものがこびり付いている。せっかく綺麗だったのに、もったいないな。
「気にすることはないよ。後で色は落とすさ」
「…悪い」
少し残念そうな彼女を見ると、心が痛む。大事な服だったかな。
同時に、こちらの顔色から考えていることを読んでくれるアリアに少しだけ愛しさを覚える。
「ゼドアさんと合流するか?」
「うん。そうするべきだと思う。この数の魔獣に襲われるのは、二人じゃどうしようもない」
「確かにそうだ。んじゃ、ちょっくらいきますか」
「はーい」
《感知》でゼドアの場所は分かっている。
あちらも合流するつもりらしい。
《感知》のスキルだか、範囲無限だなんてチートスキルではない。
・効力範囲は三百トルメ。広げるほど精度は落ちる。
・単体のみにかければ少しステータスを読める。
・特定の人物を探すことも可能。
・生命体を感知できる。
・相手の感情を表層のみ感知できる。
・地形、物体を感知できる。もちろん地中も可能。
と言ったところだ。穴が無いわけでもないし、隠蔽スキル、なんてものがあれば負け。《怠惰》の魔手も感知出来なかったし、魔法、魔力も感知できない。
俺自身の気配を読む力を強化しなくては。俺は不死でも、仲間は守れないからな。
ゼドアの姿が見えてきた。ここまで来る道に、死体が無数にあったことからも、この人がどれだけ強いかがわかる。一対一なら死なない俺の方が有利だけどね。
「おつかれさまです。どうでした?」
「特に問題はありません。しかし…」
ゼドアが視線を動かす。その先には、まだ幼さの残る少女がいた。胸に血がしみていて、心臓を一突きされたのだと分かる。
「この子が…?」
「どうやらそのようです。魔獣に侵された肉体は脆く、心臓を一突きすれば絶命します。心臓以外の部位も脆いですが、すぐに再生されてしまうことが多いです。原因は分かっていませんが」
ゼドアの声は沈んでいた。少女を救えなかった悲しみが伝わるが、それ以上の『哀しみ』に重ねているようだ。
深くは追求しない。隣を見れば、悲しそうな、それでいて慈愛に満ちた表情をアリアが浮かべていた。
手を重ね、祈る。この子が、次の命で幸せになれるように。縁があれば、幸せにできるように。
少女に向かって、三人の祈りが捧げられた。
骸の山、魂の溢れる場所で。
「メートル」「メトル」「トルメ」
捻りがない。