四、飢餓の根源
グロテスクな表現多めです。
苦手な方はご注意を。
吐き気がする。
目の前で魔獣や人が喰いあっているのだ。
アリアは恐怖と嫌悪で震えている。ゼドアですら顔をしかめているのだ。気絶しないだけマシだろう。
本当に気持ち悪い。一口齧る度に恍惚とした表情を浮かべ、飲み込む度に飢えを満たそうと次の獲物を探し出す。
それに人が混ざっているのだ。魔獣にも人型の魔獣がいて、そいつらの齧られた断面などが見えると、途端に吐き気が湧き上がる。
当然、喰いあっているのだから数は減っている。しかし、辺りから常に魔獣が集まってきているのだ。
きっと、血の匂いのせいだろう。
魔獣どもが俺たちに気付く。
目は濁り切っていて、口からは涎が滴っている。
「リア、戦えるか」
アリアを地面に降ろしながら問う。
「…うっ…気持ち……悪い。け、けど、大丈夫だよ。戦えるはずだ。ボクは原因を調べるね…」
「悪い、頼む。ゼドアさん。どうしますか」
俺はゼドアに問う。俺は戦闘経験も浅いし、どうするのが正解か分からない。
「ひとまず戦うしかありません。出来るだけ返り血を浴びぬよう注意を。血の匂いが付着すれば、奴らが集まってくるでしょう」
魔獣がこちらへ突進してくる。ゼドアが右を、俺とアリアが左を担当する。
逆にこうしないと、俺は魔手を存分に使用出来ない。
ゼドアはいい人ではあるが、どんな立場で、どうして動いているか分からない。油断はできない。《怠惰》の持ち主であることはバレたくない。
魔法を使いつつ、本命は魔手で切り刻んでいく。
アリアは氷を生み出しては放ち、効率よく倒してはいるが、やはりまだ恐怖を感じているのだろう。手が震えている。
敵を屠りつつ、思考する。
魔獣は理性が飛ぶほどの飢餓に襲われている。見ていると、自分すら貪る者がいるくらいだ。このままではジリ貧だろう。
『レージ。こいつらを解析してみたけど、どうやらスキルの効果で【永久飢餓】って状態になっているみたいなんだ。スキルの持ち主を《感知》で探してほしい』
『分かった。特徴とかはあるか?』
『分からないけど、きっと一人の可能性が高いと思うよ。自分の身は守りたいと思うから』
『了解』
全力で《感知》を行う。…だめだ、対象が多すぎるし、範囲も広い。
まてよ、一人ということは、端の方じゃないと魔獣に襲われてしまうはずだ?
《感知》が、違和感のある存在を捉える。
単独だが、全く活動していない。いや、何かに抵抗しているようにも見える。
『見つけた、と思う。ただ、妙な事に動きが鈍い。』
『分かった!そこまでの距離は?』
『ざっと五、六百メートルぐらい。魔獣が邪魔だ。進むのは危険かもしれない』
単位はメートルで通じる。アリアは地球の知識があるからな。
『ゼドアさんに行ってもらおう』
そうか、彼なら魔獣を一人で倒しながら辿り着ける。
「ゼドアさん!どうやらこいつらスキルの効果でこうなったらしいです!スキルの持ち主が、ここから前方五、六百トルメくらいにいます!」
この世界ではメートル、ではなくトルメ、というのが長さの基準だ。ほとんど同じなのはわかりやすくて助かる。
「分かりました。魔獣を屠りつつ、持ち主を討って参りましょう。そちらは魔獣をできるだけ討伐していてください」
ゼドアが走り出した。流石に早い。こちらも精一杯討伐しよう。
俺とアリアは魔法を起動させ始めた。
視点はゼドアに切り替わる。
目の前の魔獣を横に薙ぎ払い、そのまま右の魔獣の腕を切り落とす。首を切り落とし、後ろからくる攻撃に対応する。前から爪が襲って来るが、それよりも何倍も早い剣が魔獣から命を奪った。
このままでは埒が明かない。それにこの凶暴化した魔獣が周りの村や街を襲うかもしれない。それは何としても避けたい。
スキルの持ち主。何者かは知らないし、目的も分からない。だが、どんな事情があろうと、この状況ではどうしようもない。人々の為に死んでもらおう。
そろそろ、大丈夫だろうか。あの者達はなかなか鋭いし、力もある。命令に反するかもしれないが、この状況ならば力を使ってもいいかもしれない。
魔獣の視線から、ゼドアが消えた。次の瞬間、魔獣達は絶命した。首から大量の鮮血を撒き散らしながら。
「邪魔だ、道を開けろ」
ただ、真っすぐに不可視の存在が進んでゆく。後には死体が続くのみだ。それに魔獣が齧り付き、進行を妨げる者はいない。
ゼドアは唐突に姿を現した。魔獣が減り、ほとんど数を見せなくなった。それだけではない。なにか音が聞こえるのだ。
泣き声が聞こえた。まだ幼い女の子のものだ。
ゼドアが駆け出した。スキルの主がこの女の子とすれば、殺して終わりだが、もし襲われていたりするならば、助けなければならない。
女の子のもとへたどり着くと、彼女は顔をあげた。そして、
「ニクイ、コロシタイ、サビシイ」
「助けて、殺して、辛いよ…」
同じ声なのに、全く違う人物の声で、ゼドアにそう告げた。
ゼドアは経験から悟った。彼女は、憑依型、または侵食型の魔獣に乗っ取られている。否、乗っ取られかけている。
「分かりました。今、楽にして差し上げます」
ゼドアにはそれしか出来なかった。高位の魔法ならば、魔獣を彼女の中から出し、救うことも出来る。だが、ゼドアにそれは出来ない。今この子を殺さなければ、魔獣は飢え続け、喰らい続けるだろう。殺すしかない。楽にしてあげたい。
「…すいません」
一言、謝罪する。剣を構えた。彼女が、ほんの少し笑った気がした。
剣を振るう。命が一つ消えた。
途端に、魔獣の呻き声や、咀嚼音が消え去った。
ゼドアは一人、静寂の中で
「また、助けられませんでしたね」
そう、呟いた。