二、雨音とお茶と轟音
ノックの音が響いた。
アリアがドアに向かう。俺は立ったまま、感知を発動させる。
…武器は持っている。強さは中の上と言ったところか。
この強さの基準が、俺はまだ曖昧だ。
この世界でどれくらいの強さを中とするのか、自分がどこに位置しているのか分からないからだ。これには困っているため、やはり街に行って情報が欲しい。
「どちら様かな?」
アリアがドアを開け、相手に聞く。…アリアは警戒心がない。一回死んで、絶望までしたのに、何故そうなのだろうか。
いや、俺もそうだったのかもしれない。
俺には、神と話す前の記憶が無い。正しくは、『~~ということをした・~〜というものがある・~〜とはこういうものだ』という記憶に変換されている。視覚的情報はなく、全て知識になっているのだ。それは俺が望んだことだし、忘れたいことがあったなら、無理に思い出そうとは思わない。
ドアの先には、感知したとおりの男がいた。
妙だ。一見するとわからないが、傷が多い。さらに、強者風格のようなものを感じる。
違和感がある。《感知》で得た情報とは、強さのイメージに差がありすぎる。
これは警戒しておかなくては。こいつにはなにかある。
「すみません。雨が降ってきたから、雨宿りをさせて欲しいのです。
この【ユグドラシル大森林】に人が住んでいることに驚いていますがね」
少しばかり枯れた声。年齢的には四五十代と言ったところか。
…かっこいい声してやがる。男として憧れるよ。羨ましい。
って言うか、この森ユグドラシルって言うのか。
後でアリアに色々聞こう。
「どうぞどうぞ!!雨が強くなっているからね、そういうことなら、雨が止むまで、お茶でもしていくといい。」
「ありがたい。そうさせていただきます」
『少しは警戒しろよ…』
『え、ダメかな?』
『いや、いいけどさ…うん』
思念は便利だ。このような会話は隠密にしたい。
と言うか、やっぱり警戒心がないな…
『もしもの時は、君がなんとかしてくれると思ったからね。
実際そうだろう?ボクは君を信じているよ』
『……あっそ…』
恥ずかしいのだが。照れる。過度な信頼はやめて欲しい。
「こんにちは。同居人ですか?もしや夫婦?」
「違います。ただの居候です。雨、やっぱり強いですか?」
「夫婦!?そう見えるのかい!?」
「はい。なかなか強いですよ。なかなか止みそうにありません。
しばらくの間、雨宿りさせていただきますね」
アリアが赤くなっているが、無視しよう。
彼は、中に入ると俺に話しかけてきた。白髪混じりの、ほとんど灰色になった髪をしている。顔には皺があり、そして鼻から頬にかけて白くなった傷跡が一筋ある。
ちなみに、俺は目上の人には反射的に敬語になる。
「自己紹介でもしましょうか。私はゼドア・グランシュルツと言います。普段は傭兵をしております」
「俺はレージ。レージ・ネシアといいます」
「ボクはアリア。アリア・アクィナスと言うんだ。」
アリアがお茶を持ってくる。丸いテーブルを囲むように並び、お茶会が始まった。
「ゼドアさん。あなたは何しにここにきたんですか?」
「適当に魔物でも狩ろうかと。傭兵ギルドに所属しておりますので、金も入りますし、ここらの魔物はそこまで強くないですから、楽に倒せます。日々の鍛錬がわりに、魔物狩りをしているのです」
「武器はどこに?」
「武器を持ったままいきなり現れたらとても警戒されるでしょう?外においてあります」
「良いんですか?取ってきてもいいですよ?」
「助かります。手入れが面倒なので。しかし宜しいのですか?剣が近くにあれば、もしかすればあなたに切りかかるかもしれない」
「その時はその時です。自分からそれを指摘するあたり、あなたはいい人ですよ」
「なかなか腕に自信があるようで。しかし、まだまだですよ。この老人でも、もしかしたら勝てるかもしれない。」
やはり、只者じゃない。今、《感知》が敵意を、殺意を強く感じた。それが無くても、本能が警戒した。
そのコントロールが出来ているあたり、本当に強い人だと思う。
しかし、《感知》ってホント便利だな。普通の俺なら、殺意も敵意も感じれないだろう。
「やはり、あなたは強いですね。殺意をしっかり捉えている。」
スキルの効果です!!すいません!!
「あなたこそ。身体の奥底から震えましたよ。どうやって殺気をコントロールするんですか」
「意識するんですよ。相手を敵だ、殺さなきゃ、殺す、って感じで。イメージが大切です。相手への殺意をしっかりイメージしてください」
「こう、ですか?」
殺意がてているか分からないが、とりあえずはイメージした。
「…はい。少し出ています。歪んでいますが。もっと、命を大切にしながら、丁寧に刈り取るイメージを。もっと研ぎ澄まして」
「こわいこと言いますねゼドアさん。…こう、ですか?」
「難しいでしょう。命を屠る感覚のない人には難しい」
俺はまだ、手を汚していない。でも、仲間を守るためには、例え何であろうとするつもりだ。
例え、目の前の老人が敵に回ろうとも。
「そう。その殺意だ!殺すことよりも大事なことを意識するんです。もっと磨けば、あなたはきっと強くなります」
今のイメージが良かったらしい。やはりまだ分からないな…
「はいっ!物騒なお話はそこまでにしようか。せっかくのお茶を飲んでほしいな。冷めないうちにどうぞ」
「「分かりました」」
アリアが拗ねている。可愛いが、怒ってそうなので。お茶をいただく。
美味しい。日本では飲めない、独特な味がした。強いて言うならハーブティーが近いかもしれない。ハーブティーより爽やかで、渋みが全くない透き通った味だ。何より甘い。
「グラスハービーの茶葉ですね?美味しいです。煎れるのが上手なようで。」
「正解!よく分かったね。そして褒めてくれてありがとう」
グラスハービーというのか。どんな葉なのか気になる。美味しいので、アリアにはストックを増やしてもらうよう頼もう。ハービー、というのはたぶんハーブと同じようなものだろうか。
お茶を飲みながら、雨音に耳を傾ける。
雨は好きだ。落ち着くし、何より家の中にいる口実になる。
そんな雨音に混じり、なにか音が聞こえる。
気になる。窓を開け、外の様子を伺う。
「どうしました?」「どうしたんだい?」
二人が問いかける。なにか破壊音のようなものが聞こえる。
瞬間、轟音が響き渡る。
ゼドアは剣をとり、アリアは魔力を手に溜める。
俺は《感知》を発動させ、魔手を二本生み出す。
「胸騒ぎがする。行こう」
「同感です。何事かは分かりませんが、あの轟音は危険だ」
「ボクも同感。雨で濡れるのは嫌だけど、これは行くべきだ」
雨の中、三人は轟音の聞こえた方向へと、進み出した。
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かも知れません。(大事なこと。)
あと、この森の名前はユグドラシル大森林です。これ、重要です。