七、そして《強欲》は一度目を終える
十話目です。
少し長め。
まず、術式の構成。
もし、《反転》というこの世に存在しない魔法を行使できれば、死のエネルギーを生のエネルギーに反転させられる。
しかし、それは神の魔法。
《蘇生》を使うのが一番だ。
『蘇生』も神の魔法であるが、不可能ではないはずだ。
『生命錬金』
それはこの世の禁忌であり、知恵ある生物の触れては行けない領域である。
ーーそんなことは、どうでも良かった。
優しくしてくれた家族。親しくしてくれた隣人。仲良く議論をかわす友人。
いくらアリアが恐れられる存在でも、村人は優しくしてくれた。
それがいなくなれば、アリアは一人だ。
寂しいのは嫌だ
だから、いま、呼び戻す。
《錬金術》は二つのものから一つ別の性質を持つものを創造する力。
生物には、魂と、器となる肉体が必要だ。
ただの器は器でしかなく、魂は定着できなければ消えるだろう。
例えばゴーレムには、擬似的に魂の役割を果たす『魔石』を埋め込む。魂に命令を与え、ゴーレムを動かすのだ。
だが、今からするのは『蘇生』だ。
死ぬ前までの全ての情報を持つ魂を創り、それを肉体に与える。
村人の身体を修復する。いくら治したところで、魂のないただの抜け殻だ。それで十分だが。
さぁ、魂を生み出そう。
村人達の記憶を《知識》で解析する。《知識》は知識を得るための力。解析と、完全記憶が能力だ。
解析した記憶を全て保存する。
そして、魂の基礎となる、エネルギーの塊を生み出す。
そこに、記憶を流し込む。アリアのほとんどの魔力を喰らい、塊は出来ていく。
精密かつ高度。極限とも言える集中力で、加速した思考の中で、アリアは超高速で作業をする。
魂が、出来た。
気は抜けない。すぐさま魂を村人に定着させていく。全員に、同時に。
それすらすぐさま終わらせる。
あとは、魂と肉体を繋ぐだけ。
残り少ない魔力を動かし、魂と肉体を接続していく。
記憶を脳に、エネルギーを隅々まで浸透させる。
…彼女は気づかない。魔力が黒く染まっていくことに。美しく白い髪の一部が、黒く染まることに。銀色の瞳の中心が、黒く染まることに。
ーーー村人が起き上がる。
「「「「グォォォォォオン!!!!!」」」」
村人は吠える。この世のものとは思えない、歪で、耳障りで、不快な声で。
村人達の、声のはずなのに、不快で不快で仕方が無い。
アリアは呆然とする。何が起きたのか、分からなかった。理解出来なかった。したくなかった。
だが、無慈悲にも起動していた《知識》は解析結果を告げる。
「…死者冒涜」
震える声で口にする。ステータスを見ても、ネクロマンスはそこにある。
泣いた。泣いて、泣いて、泣いた。
スキル《死者冒涜》は、死んだ者の魂を贄として、偽物の生者を生み出すスキル。
村人は、こいつらは、死者だ。
禁忌の代償は、蘇らせたい魂の冒涜だった。
「…ボクは。…皆を。…みんなの魂を………!!!!」
泣いた。自分の欲求のために、それだけのために魂を冒涜することになった。それが許せなかった。
自らの、『強欲』さを嘆いた。
泣いた、泣いて、泣いた。
その間も、罪の代償たちは呻き続ける。その声は、アリアを責めるように聞こえた。
そしてアリアは泣き止んだ。
死にたかった。ほんの少し回復した魔力で氷を生む。尖らせて、喉にむける。
目を瞑った。高速で氷が動き、それが喉に突き刺さる。
はずだった。痛みは来ない。目を、恐る恐る開ける。
目の前に手の甲があった。氷が貫通し、それでも血が歪に流れる手が。
ゴーストの一体が、氷を止めていた。
「…ィ、キテ」
それは彼女の父だった。冒涜された魂の、その残りがそうさせた。
「…分かった。生きる。死なない。
…ごめんね」
そこで、ゴーストは微笑んだように見えた。
同時に、全員が崩れ落ちる。ネクロマンスを解除したのだ。
もう一度、泣いた。ほんの少し笑いながら、大声で泣いた。父が、皆が、生きてと、そう言ってくれたようだった。嬉しくて、悲しくて、辛くて、幸せで。
どんなに悲しくても、生きようと。
許してくれたかは分からない。分からないが、生きてと言われた。
それだけでしかないけれど、それがアリアにできる償いだった。それしか出来なかった。
生きるという意思に従って、スキルが進化する。
まとめられ、集められ、混じり合う。
スキル《叡智》
《知識》がベースに、知っている技法を全て能力として表し、自由に扱えるように。
アリアは気づく。これが、生きるための力だと。この兵士達を殺したのだ。きっと、狙われる。
死んではいけない。努力しなければ。
覚悟を決めた彼女は、もう一度気づく。
自分がエルフから、ダークエルフに変化していることに。
容姿がほんの少し変わっている事に。
魔力がおぞましい色をしていることに。
それでも、彼女は気づけない。
自分に、《強欲》が芽吹いたことなど。
アリアは動き出す。まずは、逃げなければ。
見知った街はダメだ。顔がしれている。村が潰れたのはすぐに広まるだろう。一人生きていては、確実に怪しまれる。
町の無い方角へ。体力も、魔力も限界だが、知ったことではない。
歩く。邪魔する魔獣は極小の攻撃力で排除する。
背中に火をつけたり、地形を少し変えて転ばせて行動不能にしたり、小さな氷で貫いたり、風の刃で首を浅く撫でたりした。
だが、限界は来た。
歩けなくなった。魔力も、回復していない。そのまま、近くの木の幹に寄りかかり、意識を失った。
それから数分後のことだ。略奪に向かった兵の帰還を遅く思った指揮官は、村の偵察に兵を向かわせた。そして、惨殺された兵と、謎の塵のみが広がる村を見つけた。村人は見つからなかった。
すぐさま、兵を捜索に向かわせる。
村の周辺、森の中を捜索する。そして、
そして、アリアは目を覚ます。足音が聞こえたのだ。ほんの少し寝てしまっていたようだが、体力は少し残っている。
逃げなければ。
行こう。歩ける。力はないが、『死んではいけない』のだから。
「見つけたぞー!!!女一人!!!」
立ち上がったところを兵に見つかった。
走り出す。後ろを兵が追ってくる。妨害を加えつつ、走る。
だが、兵士達には数があった。
先回りをし、追い込み、アリアを捕らえたのだ。
そのまま、指揮官の下まで連れていく。指揮官は一瞬悩むが、すぐに結論を出す。兵士に帰還を命ずる。
ここで判断することではないと考え、彼女を国へ連れ帰ることにした。
国から、とある命令が出されていたのだ。
それから一日たった。
アリアは牢の中で目を覚ます。
「…ここは」
すぐさま《解析》する。知識と照らし合わせ、ここがゼリアス帝国であると判断する。
ゼリアス帝国は、略奪行為の絶えない、好戦的な武力国家だった。
今代の皇帝、ファルセル・ゼリアスは、国を広げ、力を伸ばすことを考えていた。帝国はゼリアス家の最も優秀ものを皇帝とし、皇帝の判断で全てが動かせる国であった。
結果、帝国は武力行使を厭わない国家となったのだ。
足音が聞こえる。こちらに向かってきている。
「魔術師、何者だ」
男は問う。
問われて答えるのは愚か者のすることだ。
「さぁ。ボクは一体誰だろうか?」
相手の眉間に皺がよる。なるほど。わかりやすい性格のようだ。すぐに表情が切り替わり、嘲笑を浮かべる。
「まぁ、そんなことはどうでも良い。お前は処刑される。泣きわめきながら、命乞いでもするがいい」
それは困る。考えよう。脱走は問題ない。魔力も体力も回復している。何より、ダークエルフは魔力が濃い。少しの力で強大な力が出せるはずだ。
ダークエルフ。闇に飲まれた種族は『ダーク』が種族名に追加される。この世界の、解明されていない謎の一つ。
男が口元を歪めながら去るのをみとどけ、魔法を起こす。
「《ウィンドブレイド》」
少しづつ。壁を切る。ゆっくりと、着実に。
人ひとり通れる幅を広げ、すぐさま脱走する。
ここが地下牢でなくて良かったと思う。皇帝や上部のきままで、たくさんの罪人を捕まえることになるため、丸ごと牢獄の大きな施設があるのだろう。
当然、警備も厳しく、すぐにバレてしまう。もともと高い隠密性など持ち合わせていないのだ。
だから、アリアは正面突破を選ぶ。それが最善策だ。
同刻、『監獄』上層部に話は伝わる。
「相手はなかなかの手練だ。兵士を差し向けても、射程の長い魔法で殺されてしまう」
「ならばどうする?魔術師でも差し向けるか?」
「今国内にいるものをか?ありえん。相手の方が強い。無駄だろう」
そんな堂々巡りな会話を繰り返す会議室の扉が、勢いよく開く。
「その案件、私が引き受けましょう」
その言葉の主は、醜悪に顔を歪めた。
時は進み、アリアは人混みに紛れている。町の中へ入り、隠れたのだ。
独裁国家のはずだが、人々は予想よりはるかに明るい。前を見て、軽い足取りをしている。
何故だろうか。そんな情報は無かった。
そんな思考は終わる。
「みなさーん!今日も元気ですか!申し訳ありませんが、ほんの少しお手伝いをお願いします。白い髪に、黒の混ざった髪の、エルフを見つけていただきたいのです」
そこで言葉を切ると、軽く辺りを見渡す。
聴衆は、
「なんだよー」
「いいぜー?」
「おう、勇者様のたのみだ!」などと、威勢良くかえしている。
「ありがとう、ありがとう。見つかったら、もしかしたら戦闘になるかもしれないから。その人から離れてくださいね?お願いします!」
すぐさま、アリアは見つかる。周囲の人々が距離を開ける。それも、相当な距離だ。
「見つけていただき、ありがとうございます!!それでは、身の安全に気をつけてください!!」
そして、数十mの距離を瞬時に詰める。
「こんにちは、罪人さん。抹殺命令があったから、殺しに来たよ?大人しくしてね?周りが被害を受けてしまうからね?」
ひどく芝居がかっていて、苛立つ。
魔法を発動させようと、魔力を集め…
気づく。
「そう、僕の領域では、スキルは使えないんだ!!これは、勇者にのみ与えられるスキル、《英雄》の力さ!
魔法もスキルでしかないなら、僕の力でおしまいなんだ。」
アリアは判断した。勝てないと。
もう終わってしまったのだ。
「バイバイ。さよなら!」
一閃、それで終わる。
こんなあっさり終われない
次が欲しい。命が欲しい。欲しい、欲しい、欲しい!!
声が聞こえる。
『強欲だな。素晴らしい。求め、禁忌に触れ、それでも求めることを止めない姿勢は素晴らしい。
だが、知識を得たいだろう?欲しいだろう?ならば、力を与えよう。
次の命に、《強欲》をさずけようではないか!』
それを最後に、アリアの意識は消滅したのだ。
ゴーストとは、この世界では意思のない死体のことを指します。霊体も含みます。
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