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セイギノミカタ ~赤城夏希~  作者: 桜
一話 正義の味方、初出動
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一話  初出動編 #1

 どちらかというと容姿は中の中、身長も日本人平均より若干高い一七二センチ。癖毛の明るい髪は毎朝起きる度、寝癖が付いて直すのが面倒だ。赤城夏希、二十二歳。つい最近までの夢は刑事、出来れば第二になる事。残念ながらその夢は叶わなかったけれど、今年四月に新卒採用を受けた立派な社会人である。休みはシフト制で、手当を含め二十二万、保険、年金、その他諸々の保証を引かれれば手取りはもっと少なくなるが、それが夏希の給料である。それでも就職氷河期と呼ばれるこの時代、職を得られた事も有り難いし、同い年の友人達よりはずっといい給料である。

 朝は決まって六時に起きて、顔を洗って歯磨きをする。そしてスポーツ・ウェアに着替えて、五年前に拾ってきてから日課となっている、一見芝風のずんぐりとした飼い犬の散歩に三〇分ばかり行く。帰ってきてざっとシャワーを浴びて身支度をし、母親の用意した食事を食べて、また歯磨きをして八時過ぎに家を出る。社会人のルーチン・ワークと言えばそうなのだが、夏希の日常も漏れなく同じ事の繰り返しである。

 乗り換えを含めて電車でおおよそ四〇分。時間があれば新聞もそこそこ読んでくるし、朝食を鳥ながら居間のテレビでニュースや天気予報をチェックするのだけれど、押している場合は、通勤時間を利用して携帯でニュースをチェックする。満員すぎて、腕も上げられません! と言う状況でなければそれも日課である。

 悲しいかな今の日本、一日一回どころか大小様々な事件が起きていて、毎日どころか下手すればニュースのトップページの見出しは三〇分ごとに変わる。今日は以前起きた博士殺害事件の謎や理由の推測、五歳児に対する肉親からの虐待問題、宮城県内で落雷か、老朽か、根元から折れていたなんて話が飾っていた。どれ一つとして自分では何も出来ないものばかりで、歯がゆさを噛み潰しながら、電車を降りた。

 勤務先は比較的通勤のしやすい山手線沿線にあり、徒歩三分程度の五〇階建てのビルの一角である。最初は黒光りするビルを凄い高さだな、と見上げてテンションを上げていたけれど、勤めてから一ヶ月もすぎたとなると、そんな事はしなくなっていた。例え乗る時にぎゅうぎゅう詰めのエレベーターでも、四五階ともなると途中から人がまばらになる。まれに三〇階をすぎると一人になるなんて事もある。ホールに降り立つと、客用のソファが二つある、重厚な扉が目の前に現れる。

 夏希の職場は少し特殊で、カードキーや身分証になるようなもので承認をするのではなく、良く失せ物をしてしまう夏希の様なタイプには非常に有り難い、身一つで入れてしまう、指紋、網膜承認をするタイプのものだ。最初の頃は凄く格好良い! と息巻いたものだけれど、慣れてしまうと少し面倒くさい。何しろ片方を承認したら、十五秒以内にもう片方を承認させなければいけないのだ。

 入った直ぐ左手には広いフローリング張りのトレーニング・ルームがあり、覗き込むと栗色の長い髪がふんわりと宙に舞い、長い足が振り切られるのが見えた。ああ、これは今日もダメかな。長い髪の持ち主と、対峙している背の高い男性の姿を認めて、今度は右手の部屋へと通り抜けざま視線を向ける。射撃上には人の姿がなく、そういえばこの部屋が使われているところを殆ど見た事がないな、と思いつつ一番奥の部屋へと向かった。経費削減の一環らしく、入口は非常に高機能だというのに他の部屋は実はアナログ式のドアノブで、人がいれば常時鍵が開いている、ある種ちぐはぐな作りだ。そして八時四五分、恐らくほぼきっかりに足を踏み入れた。


「おっはようございます!」


 いくらお前が馬鹿でも挨拶ははっきり大きな声でしなさい。それは、父からいつも言われていた言葉だ。今日も大きな声でそうすると、一番奥の窓際を背にしたデスクの男が肩で息を吐いて、眼鏡を正した。


「おはよう赤城、いつも言うが、もっと静かに入りなさい。聞こえている」

「あ、へへ、すみません、癖で」


 頭を掻きながらそう言うと、男は彼の中のルーチン・ワークと言えるだろう、毎朝購入してくる、カップに入ったコーヒーに口をつけながら、パソコンに向き直る。

 柳敏晴。彼はこのオフィスの室長で、夏希の上司にあたり、四四歳と尤も年配の人間だ。明日、五月五日には四五になると聞いていたけれど、本人としたら、「有り難くも何ともない。飲み会もお祝いも不要だ」との事である。

 そしてオフィス右にある棚に自分の荷物を収めていると、室内で尤も大きなデスクに腰掛けてモニターを眺めていた人物がこちらへと視線を向ける。明るいふわふわの髪に少女の面差しを残した可愛らしい女性は、口をもごもごと動かしながら、「ナッちゃんおあよう」とひらひらと片手を振った。


「おー麗花、おはよ。今日もいいモン食ってるじゃねぇか。何味? ていうか何、それ」


 すると彼女は口の中にあるものを飲み込んで、じゃじゃーんと言いたげに、ペーパーにくるまれたそれを掲げた。


「んとね、今日はパストラミ・ビーフのパニーニにしてみましたー!」

「お、珍しいな、甘くない奴だなんて!」


 普段なら大体が甘いもの、たとえばドーナツやら、だというのに、今日に限っては珍しい。桂木麗花、夏希と同じ今年二十二歳。同期とも言える彼女は、たまには気分転換も必要だよぅ。と笑った。

 麗花は細身で、小柄なタイプだ。しかしとにかく食べる事が好きで、朝も欠かさず食べるし昼もがっつりと食べるし、夜は夜でもう一人の女性メンバーと良く外食をする。それで良く太らないなとは思うものの、彼女曰く女性がうらやましい事この上ない、太りにくい体質なのだそうだ。どちらかというと外に出る事は少ないメンバーだが、脳に全て栄養を摂られているのかもしれない。


「で、今日は?」


 やる事ある? 問いかけてみると、麗花はううん、と唸りながら、モニターへと視線をやった。


「そうですねぇ、ええと、宮城県でネズミかイタチ、はたまた狸が入り込んだのか、複数棟で天井から物音がするって話と、後落雷で樹が折れたかもとか、そういうのと、まぁ、そんなものですかねぇ。どうします? 中東の内紛の話します?」

「……中東……かぁ……いいって言われれば行くけど、言葉も解んないしなぁ。それに、何とか法で難しいだろ……手出し出来ねぇなぁ」


 流石に海外に行く手続きが手間な事も、抑も法律自体が違う。流石にこのオフィスが暇だろうとなんだろうと、簡単にじゃあいきます、と手を上げる訳にもいかないし、その上お許しは貰えないだろう。


「うーんと、じゃあ……」


 それに麗花はかたかたとキーボードに何かを入力する。その間にモニターの一つの画面がぱっと変わり、彼女はちらりと視線を向けて、問題なし、と正面のニュース画面へと戻した。因みに麗花の、というかこのオフィスで尤も大きなデスクに当たるのだが、その上には三台の液晶型パソコンモニター、二台の国の管轄する監視カメラの映像を定期的に流す小型テレビ、その上脇にはラジオが二台置いてあり、その上彼女の後ろ頭上にはでかでかとしたテレビがセッティングされている。夏希としたら、良くその画面ばかりに見つめられている席にずっと座っていられるな、とむしろ関心するのだけれど、最低限情報を得るには、これだけでは少ない量です。もう一台欲しいくらいです。と言う事らしい。その真ん中に座っていた女性は、うん、と頷いてこちらに視線を向けた。


「今日も待機、自主トレでお願いします」

「……へぇい。まぁ、平和はいい事って奴だな」


 何も起きていないのはいい事なのだけれど、こうも何もないと少し張り合いがないものである。

 夏希の仕事は、というか、このオフィスは少し特殊な業務を行っていて、ある一定、“自分達が動く時”と判断した時以外、動けないのだ。そしてその条件は、夏希が配属が決まって以来、一度しか起こっていない。その上そのたった一度を、ある理由があって逃してしまい、結局のところ室内の“正しい仕事”に夏希は一度も取り組めていない。 友人にも簡単に内容を伝えられない、その上高給取りの給料泥棒だ、と言われかねない職業である。

 何も起こらない限りは基本暇で定時までの暇潰しを探さなければならない。因みに、その自主トレーニングの内容も、情報収集、という名のネットサーフィン、もしくは殆ど変わり映えのしないニュースを一日中眺めている、もしくは誰かを捕まえてトレーニング・ルームに籠もったり、近隣のパトロールついでの走り込みに行く程度である。消防士が火事のない時に何をしているかと言うと、おおよそ予測訓練や消耗品の手入れ、講習や休息になる。この室内も同様なのだが、こうも何もないと張り合いが起きないものだ。

 前回の会議では、人数も増えた事だから、範囲を決めてパトロールを行おう。と意見も出たのだが、この広い東京で闇雲にうろうろして体力を消耗するより、一定時間監視カメラの映像をパソコンに連動させて見た方が早いです。と返されてしまい、その話は平行線のまま放置されてしまっている。因みにその意見を口に出したのが未だパニーニに齧り付いている麗花なのだが。夏希は、というか他のメンバーがどちらかというとパソコンやデータに関しては非常にアナログで、インターネットで検索をするとか、ある程度アプリケーション・ソフトをダウンロードして用法に乗っ取って使用するとか、データを入力する程度しか出来ないのである。そしてデータ上の情報戦線、その上軽度の心理知識であればであれば専門的に学んだ麗花は群を抜いていたし、そう言われてしまうと、そんなものか、と黙らざるを得なくなってしまうのだ。

 しょうがない、やる事ないもんなぁ。取り敢えずやる事を探そう、と棚に立てかけてあった、夏希のノート・パソコン入りのケースへと手をかけた、その時。数度ノックされてドアが開き、一人の人物が颯爽と中に足を踏み入れた。


「おー真麻、はよっ」


 夏希が軽く手を上げて挨拶すると、栗色の長い髪の女はこちらを見て、「あらナツ、おはよ」とタオルで額を拭いながら返してきた。

 一見すると美人系。あくまでも枕詞が付くけれど、一条真麻を形容するならまさしくそれだ。目は麗花の丸いものと異なり猫の様にきりっとしているし、唇も厚くもなく薄くもなく、しかしふっくらとしている。背は高く、夏希とは七センチしか違わない。その上ふっくらとした胸元は、最初の飲み会で麗花と意気投合した様で、あくまでもそれは勝手に耳に入ってきた程度だけれど、“可愛らしい下着を探すのに非常に手間取る”くらいには大きい。ついでに言うなら彼女は夏希よりも三つ上の二十五歳だが、最初の頃に「先輩とか、さん、とかお嬢さん、とか呼ばれんの面倒くさいし、堅苦しいから呼び捨てでいいわ。敬語もナシで」と言われたから、人生としても先輩としてもタメ口で、その上下の名前も呼び捨てにしている。そして同時に、夏希の世話役兼、相棒でもある。


「あ、そだ真麻、藤堂さんは? やっぱいつもの?」


 それは、先程まで彼女と共にトレーニング・ルームを占拠していた男性の名前である。真麻はそう、また籠もってるの。とさっぱりと返してくる。


「あーもう、何だよー。やっぱり先に声かけときゃ良かったなー。俺もトレーニングしたかったのに!」

「だったら三〇分前に来なさいよ。そしたら確実に空いてたのに」


 夏希は口を尖らせたものの、直ぐさまそう返されてしまって、ぐうの音も出ない。真麻は癖なのか通常三〇分前にはオフィスに入るし、藤堂に至っては更に五分前に到着している。夏希も十五分前には入る様にしているけれど、流石に早すぎだ。だから朝は常に藤堂を真麻に取られてしまって、彼女の固定休みである金曜か、それ以外の一日くらいしか朝は付き合って貰えない事が多いのだ。


「こっちも色々あるから、鈍らせたくないの。それとも何、今から私とやる? いいわよ、空いてるし」


 にこりと笑顔を作られたのに、夏希は少し考えて、いいや。と首を横に振って返した。

 真麻は元々空手道場の流派総本山の娘で、師範代の免許を持っていて、たった一度だけ出た国内大会では優勝した腕前もあるのだそうだ。それ以後は家の問題で一度も大会出場はしていないらしいが、最近まで警察や自衛隊の女性相手に指導も行っていた経歴を持っている。

 そんな彼女と手合わせをすると、夏希が好んで手にする武器は木刀なのだけれど、時々折られてしまう。因みに配属になり一ヶ月余りの間で、既に五本はその手足にダメにされてしまっている。そして経費で購入している事もあって、司令の柳にそろそろ五本ごとに始末書を書かせるか、と思案されている始末なのだ。因みに夏希は書類ごとはなんにせよ苦手で、警察試験時の小論文も、抑も大学の卒業論文もやっとの思いで書き上げたくらいなのだ。社会人となると書類ごとはつきものだけれど、必要ない文章は出来るだけ考えたくない。そして札付きというか帯持ちの相手だと、素手で手合わせは出来ないし、武器を用いるしかないのだ。だから出来たら彼女とは訓練を行いたくない。真麻はそれに、そ。と小さく頷いて、ふむ。と考え込んだ。


「じゃあどうしようかしら。私走り込みでも行こうかな。あんたはそのまま情報収集?」

「あ、そっちなら俺も付き合う。パソコン見てるよりそっちの方がすっきりしそうだ」


 パソコンを取りだそうと迷っていた手を引っ込めて、頷いた。昨日か一昨日、同じような会話をした気がする。それだけ日常的に何もないのだから、仕方がない。

 その時。麗花の頭上にある大型テレビの画面が切り替わった途端、真麻が小さく声を上げた。


「え、嘘! 今日そんなのあったの!」


 何が、と夏希もそちらに目を向けると、昨日も一昨日も同じ席で発言していた女性アナウンサーが、下に流れるテロップを読み上げ始めた。

『続きまして、本日九時から先日亡くなった箱守和久氏の授賞式が執り行われました。代理として義父である元教授、箱守氏と子息の和也君が共に訪れ、恭しく賞を受け取ると共に、故人への思いを語りました』

 それと同時に、フラッシュのたかれた目映い輝きを帯びた海上へと画像が切り替わる。金屏風を背にした八十くらいのしわだらけの老人が、画面越しでも解る様なぱりっとしたスーツを身につけ、恭しく賞状を受け取る姿が映し出された。くだりとしては、医療機器メーカーでの画期的な介護機器を製作した功績を認められ、称えるものだと言う事だ。夏希はそんな事には詳しくはなかったけれど、聞いた名前だな、誰だったっけ。と頭の片隅でぼんやりと思い出そうとしていた。次に、無理やり引っ張ってこられたのだろう、小学生くらいの少年がマイクを向けられて、『父さんが開発した機械の事は、俺……いや、僕には難しくて解らないですけど、父さんは凄い人で、ここに来てみて、やっぱり凄い人だったんだなって思います』俯きがちに答えていた。


「やだ、和也君無事だったのね……良かった……」

「何、知り合い?」


 安堵した様に溜息を漏らした真麻に問いかけると、長い髪がばさりと揺れるくらいものすごい勢いでこちらに視線を向けられた。


「あんたが! 一番最初に! インフルエンザで休んでた時に護衛してた子! お兄ちゃんの方! 箱守和也君!」

「あ、あー! あの!? ていうかあん時はホント悪かったって! 俺だってびっくりしたんだぞ! すげー熱出るし身体中痛ぇし、頭ぼーっとするし! あんな時にかかるなんて思わなかったんだよ!」

「……もう、その事はいいわよ。すぎちゃった事だもの。そんな事より、良くあんな季節外れの時期にインフルエンザなんて貰ってこれるのかって関心してんのよ。しかも生まれて初めてって……」


 頭が痛い、と言う風に溜息を吐いた真麻に、ホントに悪かったよ。ともごもごと口の中で呟いた。

 夏希はどちらかというと健康な方で、風邪も滅多に引かないし、大きな病気は一度もかかった事がない。そして運がいいのか悪いのか、インフルエンザ自体もこれまでかかった事がなかった。まさか夏希が生まれて初めて診断を受けたその時に、事件が起こるとは思わなかったのだ。

 現在では『箱守和久博士殺害事件』と解りやすくまとめられているのだが、四月八日午午後五時すぎ、オフィスに一本の電話が入った。


『命を奪われるかもしれない。頼む、子供達だけでもなんとか守ってくれ。システムに関わる事だから、安易に警察に要請出来ない』


 彼の子供である兄妹二人を仙台にある祖父母宅まで護送して欲しい。それが、箱守和久氏が残した最後の言葉である。犯人は同日、箱守邸にて和久氏の反撃を受け死亡したとされている、同研究の技術職員、川澄氏とされている。犯人死亡の上未だいくつかの不明点は残るものの、事件はおおよそ収束を迎えつつあった。本来であれば夏希はその事件に同行し、子供達を護送する立場の予定だった。しかしまさかその数日前にインフルエンザB型と診断されるとは思わなかったのだ。

 因みにオフィスには夏希を含めて五人メンバーがいるが、麗花、ここにはいないが藤堂は同時期に起こった別の事件を対応しており、室長である柳は待機をしなくてはならなかった。だから和久氏の子供達を護送したのは真麻のみになるのだが、彼女はその事件に関して多くを語りたがらない。必要な事は報告書にまとめてあるから、と言われたし、夏希も目を通した。けれど流石に関われなかった事件の、字面だけの名前まで覚えていられなかったのが現状である。

 ただ、箱守博士の名前だけようやっと思い出した。何しろこのオフィスの核を構成した人物であり、元々は医療機器メーカーの開発部の人間で、博士号を取得していた、とにかく偉くて頭の良い人である。本人に会ったこともないし、もう二度と機会が訪れる事もなく、夏希の認識としてはそれであり、塗り替えられる機会もなさそうだった。


「一応何かあったら連絡頂戴って、携帯の番号は教えておいたんだけど、良かったわ、無事で……」


 先程淡々と、少し冷めた目で父に対する祝辞を述べていた子供の事だろう。報告書には事件当時十一歳と記してあった気がする。入学式とでも言わんばかりの装いで、妙に落ち着いた風にも見えた。アナウンサーは少年の事を『父を失って尚気丈に振る舞う和也君は―』なんてコメントしていたけれど、本人にしてみたら余計なお世話にも見えたし、たった一ヶ月前に親を失った子供に対して矢継ぎ早の様にコメントを求めようとしている姿勢に少しだけ憤りを感じた。とは言っても、それだって夏希が何一つ出来る訳ではないのだが。

 暫くの間テレビに釘づけになっていたのだけれど、再びドアが二度ノックされ、静かに扉が開いた。入ってくるのは、残りの、ただ一人だと言う事が解っていたからだ。


「あ、藤堂さん! おはようござますっ!」


 ぱっと夏希が目を輝かせると、背の高い男性が「ああ夏希君、おはよう御座います」と小さく頷いて夏希に視線を向けた。とは言っても、藤堂は元々細目で、開いているのか閉じているのか解らない程で、思い切り目を見開いているところなんて殆ど見た事がない。因みに彼はまた髪型が特徴的で、何故か眉上で髪を切りそろえているのだが、どうにもそれが一番落ち着くスタイルらしい。そして夏希が尊敬する先輩でもあった。


「藤堂さん、この後予定あります? 午後から演習付き合って貰いたいです!」


 先に言っておかないと、誰かに予定を埋められてしまうかもしれない。慌ただしく挙手して言うと、藤堂はにこりと笑ってみせた。


「構いませんよ。ただちょっと夏希君、待っていて下さいね。すみません司令、少しご報告が……」


 藤堂が静かに挙手してみせた、その時。窓際のデスク端に置かれている電話がけたたましく室内の空気を裂いた。柳は掌を翳して『待て』の姿勢を見せた後、受話器を上げた。


「はい、合同テロ対策組織レッドアロウズです」


 そうして彼が何度か頷いた、その時。今度は突如、麗花と「あ」テレビのアナウンサーが、同時に声を上げた。


『速報です。たった今、新宿クラウンホテル二五階、大宴会場にて人質事件が発生致しました。現在現場では国会議員の山際修蔵氏の交歓パーティが行われており、犯人グループは議員を含む出席者を人質に取り、立てこもっているとの事です。犯人グループは今年二月に声明文を発表した、D―クラウンと名乗り、正式な犯行声明は正午十二時に発表するとしております。繰り返しますーー』


 それに、電話を取っていた一名を除いた全員が画面に釘付けになっていた。アナウンサーが一通りの文言を言い終えた辺りで、狙った様に受話器がゆっくりと置かれた音が鳴る。


「という事で、諸君ら、事件だ」


 溜息交じりに吐いた柳に視線を向けると、彼は細身の眼鏡を正しながら、ゆっくりと立ち上がった。普段座りっぱなしで眉間にしわを寄せてパソコンと向き合っている男だは、開けた窓を背後に、背筋をぴんと張った。夏希は、というかその場にいた全員が、心なしか背を正した。


「犯人グループはD―クラウン。人数は不明だが複数名、拳銃、ナイフを所持している模様、防護ジャケット、防弾チョッキの使用許可を出す。必要なものは着用せよ。現時刻十時を持ち、任務に当たる。担当は藤堂、一条、赤城三名。桂木は支援、ナビゲートに当たれ。私も各所と連絡の後、現場に向かう。準備、移動含め声明文が発表される二時間以内に完遂を目指せ」


 ずっしりと肩にのしかかる重厚な声に、その場の全員がはい、と力強く頷いた。そしてこれが、新米である赤城夏希の最初の事件となるのだ。

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