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白旗新聞社

 夜の街には求人広告もろとも、貼り紙は至る所に張ってある。大通りを曲がった細い路地陰にはなおさらたくさん貼ってあった。ピエロに教えてもらった通りに、何とか働けそうな食堂の下働きを探して、圭太は路地を巡った。この街は食堂が多い。というより、昼を家の中で食べる習慣がないのだと思う。ここは夜の街だから、昼というと真夜中の十二時あたりを指すらしいが、夜は街中に出ていて、家の中には誰もいないのが普通らしかった。開け放されたカーテンの奥で、がらんとした部屋の中一人で遊ぶ子供がいた。適当に見つけた食堂の求人広告の前で、圭太は往来のうちの一人を捕まえる。

「あの、すみません」

物陰から袖を引くと、相手はびくりと圭太を見た。目尻のきつい三白眼の気だるげな眼が、圭太の頭からつま先までを見下ろす。四十がらみの男だった。胡乱な目つきで圭太を眺め、

「……何?」

面倒臭げな声だった。圭太は瞬きながら広告を指さす。

「あの、ここで働きたいんですけど、お店がどこにあるか分かりますか?道が分かんなくて……」

男は広告と圭太を見比べ、もう一度圭太の足先から頭のてっぺんまでをなめるように見た。圭太は居心地悪く身を反らす。男の目がちょっと興味深そうに光った。

「じゃあ何か?ボウズ、働き口探してるのか」

「え、はい、そうです……」

消え入りそうな声で言うと、男がバンと圭太の両肩にてのひらを叩きつける。圭太の喉の奥からひきつった悲鳴が小さく漏れた。痛いというより、予想外の動きをされて驚いた。男は圭太の顔に見入る。

「ふーん、悪くない面構えだな」

呟くと、圭太の肩を掴んで引きずっていく。よろけながらも圭太がついていくと、男は肩越しに圭太を見た。

「来な。食堂の下働きなんかよりまともな仕事があるぜ。やりがいも金も倍くらい入ってくる」

ま、多少こき使われるけどな、と男は笑う。

「待って!変な仕事じゃないですよね?」

圭太が叫ぶと、男はあっけらかんと笑った。

「変な仕事っちゃ変な仕事だろうなぁ。人の好奇心に付け込んで金を巻き上げるんだから」

それを聞いて圭太は真っ青になる。手足をバタバタさせてみたが、男は一向に気にした様子がなかった。

「やだー!白い粉とか運びたくないー!」

圭太が情けない叫び声をあげると、往来の人々が圭太を笑った。いつの間にか人垣が割れて男に道を作っては、圭太を見世物にしている。男は豪快に笑った。

「馬鹿言え。そんな危ない仕事じゃねえよ。悪いようにはしないから黙ってついてきな」

そうして半ば引きずられるようにして連れられてきたのは、蔦の絡まったビルだった。この街はおおむねどこも綺麗だが、あまり流行っている風情でもなさそうなビルだ。壁がすすけて、ブルーグレーの壁がくすんでいる。もちろん蔦も装飾ではなく、かなり根深く絡んでいるようだ。葉先が黄色く枯れている。圭太は隣に立つ男を見上げた。ビルを見上げ、こちらは誇らしげににんまり笑っている。圭太はもう一度ビルを見上げ、そしてその場に蹲った。

「もうダメだ…このまま怖いおじさんたちに脅されて白い粉を運ぶんだ…嫌だ…普通の仕事がいい……」

圭太がぶつぶつと絶望していると、おじさんが笑いながら圭太の横腹をつま先でつついた。

「おーいやめろ、やめろ。白い粉は運ばないし、怖いおじさんはいねえよ」

男は圭太をひょいと抱き上げ、ビルの中に入っていく。黄色く塗装の施してあるエレベーターに乗って、四階のボタンを押す。よく見るとボタンにはお化けの形にレリーフが施してあったり、床には遊園地の模様が施してあったりと、どこかこの男に似合わない可愛らしい雰囲気があった。圭太も諦めてそれを眺めている。ガトン、と揺れて、安っぽい音と共にエレベーターが開いた。前に立っていた人がひょいと二人を避けてエレベーターに乗り込む。

「おう、お疲れ」

と男は手を上げ、相手もそれにちょっと笑って応じた。もう一度音が鳴って、エレベータの扉が閉まる。男が入っていく扉には『白旗新聞社』という古ぼけた札がかかっていた。圭太はきょとんとその札を見上げる。圭太の表情に気付いた男がちょっと笑った。

「新聞社、な。白い粉は運ばねえが、白い旗は毎日運んでもらうぜ。あなたには敵いませんなぁさてさて教えてください、ってのがオレらの信条よ」

に、と人の悪そうな笑顔を浮かべて、扉の内側に入っていく。慌てて圭太もそれを追った。

「俺、文なんて書けないですよ。新聞記事なんて書けないのに、大丈夫なんですか?」

圭太がデスクに着く男に駆け寄りながら言うと、男は圭太の首にプレートの付いた何かの紐をかける。摘み上げてみると「研修中」と刻まれたプレートだった。

「使い走りが欲しかったんだよ。写真撮ったり話集めたり記事を刷ったり配ったり」

指を折って挙げていく。その手をひらひら振って、男は圭太の目の前を遮って見せる。

「仕事は多いが食堂の下働きより出してくれるぜ、ここは」

圭太はその手を除けながら、ちょっと目を見開く。

「――俺、ここのことが分からないんです」

男はひょいと眉を上げる。圭太はその顔を見上げた。

「取材に行くときに、連れて行ってくれませんか?ついででいいから、この街を調べたいんです」

圭太が言うと、男はじっと圭太の顔を見る。沈黙が息苦しくなってきたころ、男はふいに笑った。

「うんとこき使ってやるから、せいぜい頑張って調べろよ」

圭太がぱあっと笑顔を浮かべる。男はデスク越しに声を上げた。

「おぅい。こいつ雇ってくれ」

あいよー、と軽い声を上げた老人を圭太はまじまじと見る。ひときわ大きいデスクに座っているから、偉い人なのだろうとは思うものの。柔和な笑顔に穏やかな物腰。丸眼鏡の奥の小さな目。

「うちの社長さんだ」

圭太は驚く。社長と言ったら、スーツを着て、いかめしい顔でいるような気がしていた。このセーターのおじいさんは、裏庭で新聞でも読んでそうな塩梅のおじいさんだった。おじいさんはデスクから紙を引っ張り出す。

「あい、こっちおいで」

デスクの前に行くと、ペンを手渡される。

「こことここ、名前書いて」

示された場所に名前を書いて見せると、おじいさんはふっくりと笑った。

「ケイタね。ジーンは人使いが荒いから、嫌になったらすぐに私のところにおいでね。私にも手伝ってほしい仕事があるもんだから」

丸眼鏡の上から悪戯っぽく男を見る。ジーンと言うらしいその男は自分のデスクから声を上げた。

「おいおい、社長。人聞きの悪いこと吹きこまないでくれよ。オレがいつそんなに人を使ったって?」

社長はそれには答えず肩を揺らして笑う。ジーンはため息をついて手招きで圭太を呼ぶ。

「今日から仕事就けるか?早速で悪いけど、昨日取材した内容の整理をまだしてなくってだな……整理したらオレが原稿書くから、そこにあるタイプライターで打ち込んでくれ。そうだな、七十部もあれば十分かな」

「……同じものを、七十回打つ、ってことですか……?」

恐れをなして顔をこわばらせる圭太をジーンは苦笑する。

「今日のうちじゃなくていいし、そのうち慣れるよ」


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