エピローグ (6)
レムレス側からの森の状況はベルディニオのそれと比べて大差は無かったが、当然ながら散策の範囲や状況などは一から構築し直す必要があり、それもまたアモンの楽しみを増加させた。
見慣れた森の風景も、少し場所が変わるだけで様相はまるで違って感じる。
元々、何かに飽きるということはそうそう無い彼の性質はさておき、やはり新鮮な刺激があると心は躍る。
新たにこちらで見つけた特等席の岩に腰を下ろし、煙草入れから忘れ草を一本、マッチ箱からマッチを一本、それぞれ取り出し、今日もいつものように森の景色と紫煙に酔う。
常緑高木の多いこの森は、季節的な寒暖の差を除けば、ほとんどその風景が変わることは無い。
それを毎日、飽きもせずに眺め続ける。
客観的にそれがどう映るのかは分からない。
が、少なくともアモンは幸せだった。
日がな一日、ただ森を見ながら紫煙をくゆらす。
屋敷にはテオドールとアルセイデス。
望むべきものは彼としては全て揃っていた。
人間、求めるものは上を見ればきりが無い。
もちろん、下もまた見ればきりは無いのだが……。
ともあれ、アモンの考える幸福の基準に照らせば、現在の状況はほぼ満点と言えた。
「……仕事さえ無ければ、なお言うこと無いんだけどなぁ……」
不満はこの一点のみである。
しかし今はそんな煩わしさも忘れ、森を眺めつ、忘れ草を肺に満たすことに専念する。
まだまだ高い日差しが生い茂った樹々をくぐり、アモンに優しく降り注ぐ。
その心地好さに、ふと視線を上へ向けたアモンは、不思議なものを目にした。
高く伸びた樹々の少し上辺り、ちょうど陽光の差し込む場所に、ひどく大きな蝶が舞っているように見える。
が、次の瞬間。
目を凝らした彼の視界にあるものが、間違い無く蝶ではないと分かった。
それは一年半ほど前、アルセイデスに見せられた奇妙な植物、ドリアードの姿に酷似している。
柔らかそうな若草色の髪を風になびかせ、少女のような姿をしたそれは、背中に備えた羽を優雅にはためかせながら、まるでアモンの頭上を巡るように飛び回っていた。
「なるほど……あれがハマドリアードね……」
一人で納得したようにアモンはつぶやく。
「にしても……私も人のことは言えんが、あれもずいぶんせっかちだな。まだ夜には時間があるだろうに……」
自分に負けず劣らずのせっかちを見つけ、煙草をくわえた頬が緩む。
吐き出す煙とともに、軽く口から笑いが漏れた。
「……まあいいさ。お互いせっかちもの同士、しばらくは森でも眺めてのんびり過ごすとしよう。な、羽の娘さん?」
アモンの言葉を知ってか知らずか、羽の少女は晴天の空を軽やかに飛び続ける。
冬の澄んだ空気が視界を鮮明にする。
日常の光景。
時に非日常の光景。
目を開いて見る夢。
白日夢。
森は今日も静かに彼らを包む。




