森からの異邦人 (3)
「おいアルセイデス、テオドールに医療箱を持って急いで一階まで来るよう言ってくれ。それと剪定バサミをちょっと借りるぞ!」
今し方、出かけたばかりの主が間も開けずに見知らぬ少女を抱えて帰ってきたことにアルセイデスは最初こそ驚いたが、その少女の怪我を見て、事が緊急であるのを即座に察し、アモンの指示を忠実にこなしていった。
アモンはまずアルセイデスから剪定バサミを借り受けると、少女を抱いたまま器用に右肩に突き刺さった矢の矢じりを切り落とした。
これは後に矢を抜く際、返しのついた矢じりが邪魔になるのを見越しての処置である。
続いて、アルセイデスがテオドールを呼びに行く。
アモンのほうは、城の一階にあるベッド付きの空き部屋へ向かい、ドアの金具が壊れるのも構わず強引にドアを蹴り開けると、部屋の中央にある粗末なベッドに少女を乗せた。
「何事ですか公爵!!」
医療箱を持って部屋へと駆けつけると、普段は決してしないであろう口調でテオドールが問う。さすがの彼女も、場の空気は読むようであった。
「細かい話は落ち着いてから話す。それよりさっさと医療箱を開けてそこに置いていけ。あとは……そう、湯を沸かせ。煮え立ったらまた知らせろ!」
普段の態度からは一変、テオドールはアモンの指示に対して即座に、極めて従順に従う。
「それで、私は何をしたものでしょう?」
まずは言いつけを果たしたアルセイデスが、次の指示を聞いた。
「そうさな……下手をすると薬が足りなくなる可能性がある。その時には改めて指示するから指定した薬草を大急ぎで確保してきてくれ」
「大抵の薬草でしたら、庭ですぐ調達できます。いつでも言ってください」
「それまでは私の側にいろ。お前の薬草学の知識を借りることになるかも知れん」
言われて、うなずいたアルセイデスは部屋に待機する。
そうこうするうちにアモンは本格的な治療にかかり始めた。
まず傷に触れぬよう、左肩を下にして横向けに寝かせていた少女の傷を見るため、医療箱から取り出したハサミで傷口付近の服をすばやく切り開く。
患部が露出すると、どうやら出血はそれほどひどくない。刺さった矢がそのまま止血している形になっているためであろうが、問題はそれがどの程度なのかである。
もし矢が大きな血管を傷つけているならば、矢を抜いた際に大出血を起こす危険がある。
とはいえ矢をそのままにしておいたのでは当然ながら傷は治ることはないし、結果的には内出血で失血死という末路は変わらない。
「さて……あまり気乗りはせんが、一つ運試しといこうか……」
口にした台詞の軽さとは逆に、アモンの表情は極めて真剣だった。
「アルセイデス、すまんがこことここを両手でしっかりと圧迫していてくれ。この位置の傷なら、万が一血管が傷ついていても、これでほとんど止血できるはずだ」
アモンはアルセイデスが指示した位置を圧迫するのを確認すると医療箱から布を一枚取り出し、それに火酒をふりかけ、矢の切り口を拭うと躊躇無しにこれを一気に引き抜いた。
と、栓を抜かれたように傷口から一気に出血が始まる。少女の肩口は溢れるように、見る間に鮮血で染まってゆく。しかし、アモンの表情は落ち着いていた。
その出血の程度からして大きな血管に傷は無いと判断し、医療箱から取り出していたツルモドキのチンキを傷口とその周辺にかけまわすと、油紙と清潔な布で傷口を覆う。
ツルモドキはケシ科の多年草で、その葉が細く丸まり、まるで蔓のように見えることからその名がついている。
一般的に土のある場所ならどこにでも自生し、止血・消炎鎮痛作用のほか、チンキにすれば消毒や化膿止めといった効能も持つため、古くから外傷にはよく用いられてきた薬草の一つである。
「……ひとまず、これで応急処置は完了だな……あとはゆっくり寝かせて、様子を見るとしよう。アルセイデス、止血はもう大丈夫だ。お前も手を放しなさい」
アモンは緊張を解き、大きなため息と同時に肩を落とすとアルセイデスに微笑みかけた。
「公爵、湯が沸きました!」
けたたましい足音と共にテオドールが部屋を覗き込んだのはすぐその後だった。
「ああ、すまない……では、これを湯に落として十分ほど煮ておいてくれ。終わったら湯から上げて自然に乾くのを待って、医療箱に戻しておいてくれるか?」
部屋の出口まで進み、テオドールに先ほど使ったハサミを渡す。
今度もまた、テオドールは何も言わずに主人の指示に従い、台所へと駆けていった。
「すまないがアルセイデス、彼女の様子を見ていてくれ。もし苦しそうな様子だったらこれを小さじに一杯飲ませて眠らせてくれ」
アモンは医療箱からさらに薬瓶を取り出すと、アルセイデスに手渡した。
スナネグサのチンキである。
スナネグサはその名の通り、砂地に自生するアカザ科の二年草で、蒸留酒の原料としても有名だが、精神安定・緊張緩和など、神経症などの治療薬としても広く使われている。
「私は二階の書斎にいる。何かあったらすぐ呼びなさい」
緊張から一転、気だるそうな様子で立ち去る主人の背中を目で追いながら、アルセイデスもまた、軽いため息をついた。




