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Nympholic Amon  作者: 花街ナズナ
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エピローグ (4)

それはゆっくりであったのか、それとも速やかなものだったか。


淡い記憶とともに薄れる夢の残骸から覚醒へと向かう過程は、まさに夢と現実の境界線であり、ゆえにその時間感覚はおぼろげである。


気づけばすでに天井を見つめている。


すでにかなり見慣れてきた天井。


城とは違い、木の骨組みに漆喰を塗りつけた天井。


簡素だが、居住性はいい。


ベッドも極上。


まるで雲の上にでも寝転んでいる心持ちにさせる。


……出たくないな。


素直にそう思う。


心地の良い眠りは人間に与えられた三大欲求の中でもとびきり魅惑的だ。


だからこそ、すでに目覚めを迎えているというのに、なおその快楽への執着は続く。


人間の体は正直だ。


己の求めるものに対して、理屈抜きに反応する。


頭と体の支配権争いは熾烈を極める。


とはいえ、そこには個人差が当然ある。


では、例としてアモンはどうだろうか。


彼は必要と判断しない限り、肉体の欲求に誠実に従う。


ゆえに出ない。


ベッドから。


頭の支配権を放棄してでも、肉体の要求に応えようと奮闘する。


しかし、一度覚醒した意識はそう簡単には再びの眠りを受容しない。


となると自然、ただ漫然とした横臥の時が過ぎゆく。


半眼で見つめる天井。


覚醒した意識。


それを拒絶する欲求と肉体。


そして……、


そんな恐ろしいまでに非建設的な行為は唐突に終わりを告げる。


突然、腹の上に勢いよく重石のようなものが落下してきたことによって。


就寝……正確には意識は目覚めていたから適正でないが、それとほぼ同等の無防備状態で受けた一撃は、アモンが息苦しさに耐えかねて身を起こす理由としては十分だった。


「バカ総監、もう昼を回ってますよ。いつまでベッドに埋まってるつもりです?」


両手を目の前に突き出し、明らか今さっき自分に対して何かを投げ落とした姿勢で、テオドールが口調だけは柔らかく、視線はまるで寒波の如き冷たさという独特の態度でアモンに起床を促す。


慌てて起こした自分の腹の上には、山のような書類が落ちていた。


「……相変わらずバカの冠はそのままか……まあいい、さすがに慣れたよ」

「慣れるのは私の言葉よりお仕事にしてください。貴方が判を押さなきゃいけない書類はこれだけじゃあ無いんですよ?」

「……はいはい」


ベッド脇の小さなテーブルへと書類をどかし、ベッドから出ると、すかさず今度は上着を投げつけられた。


「いくら名ばかりの役職といっても責任はそれなりにあるんです。貴方が判を押してくれないせいで仕事が片付かない人のこうむる迷惑も少しは考えてもらいたいもんですね」


投げつけられた上着を羽織り、テオドールの小言に子供じみた不満を顔に浮かべながら、アモンは小さくあくびを漏らす。


「とにかく、その書類だけは今日中にちゃんと押印しといてくださいよ? 監督官の人に文句を言われるのはもう御免ですからね」

「はいはい……」

「(はい)は一回。何度も言わせないでください」

「はい……って、お前は私の母親か!」

「バカ総監の母親なんて、冗談でも願い下げです」


そう言って、テオドールは部屋を引き上げた。


閉まるドアを睨むように確認すると今度はテーブルの書類に目を向け、ため息が出る。


亜人保護庁厳正亜人保護区総監。


無駄に長いその役職名に反し、その立場は完全な閑職だった。


無論、それに不満は無い。


というより、絵に描いたような自堕落かつ無気力人間のアモンに、正常な業務をおこなうような役職が与えられていたら、逆に大問題である。


職場の効率的な業務運営を思った場合、アモンにはこの閑職でさえ少々危険ですらある。


仕事といえば、様々な職務上の案件に対する許可を求める書類への押印だけ。


だが、ことアモンという人間の性質を思うと、この程度の仕事すらも十分に危い。


日々、溜まる一方である承認の押印待ち書類に、彼の絶対的とも言える労働意欲の欠如が垣間見える。


さて、


この状況下においてアモンは何をするかというと、答えは決まっていた。


逃避である。


いつものように小物入れから鼻眼鏡と煙草入れ、そしてマッチ箱を取り出すと鼻歌交じりに上着のポケットへそれらを突っ込み、いそいそと部屋を出る。


総監の住居として与えられた屋敷は木造二階建てのしっかりとした造りだ。


木造建築という屋敷の性質上、寝室はテオドールやアルセイデスと同じく、アモンも一階に設けられた。


万一の火災に対する用心である。


おかげで二階に寝室があった城の時に比べ、階段を下りる音でテオドールに気取られるという心配が減ったことはアモンにとっては良いことたった。


ゆっくりと用心深く、努めて静かに部屋の戸を開け、廊下を進んで玄関へ向かう。


と、


床板の一部が空気も読まずに鳥の鳴き声のような軋みを上げた。


途端、台所にいたテオドールが廊下へ顔を出し、アモンに叫ぶ。


「おい、このバカっ!!」

「こらっ、いくらなんでもバカ単体で呼ぶな!」


慌てて玄関へ走りながら、アモンは文句だけは一丁前につく。


「また仕事放棄かバカ総監、いい加減まともに働けっ!!」

「はいはい、帰ったらすぐやるよ!」

「(はい)は一回っ!!」

「はーいっ!」


言い終え、アモンは玄関を飛び出した。


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