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Nympholic Amon  作者: 花街ナズナ
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エピローグ (2)

霧に覆われた森から現れた人影は、すでにその表情を読み取れるまでに接近していた。


口に煙草をくわえ、折れたマッチをつまんだ指を忌々しそうに睨んでいる。


と、人影はテオドールたちの気配に気づいてか、ふと顔を上げた。


進めていた足を止め、少し驚いたような、呆け面を向けて二人を見つめて立っている。


ゆっくりと凝らした目に映った姿。


間違いは無い。


二人は確信した。


そこにはアモンが立っていた。


そしてそれが幻でないことは、テオドールとアルセイデスが同時に彼の姿を見ていることからも明らかだった。


実体。現実のアモン。


生きたアモンが、死んだはずのアモンが確かにそこに立っている。


「……お前たち、一体こんなとこで何してる?」


驚きのあまり声も出ない二人に向かってある意味、とてもアモンらしい素っ頓狂な質問が飛んでくる。


「……公爵……?」

「なんだ? その妙にはっきりとしないものの聞き方は。というより、人の質問に質問で返すな。私はここで何をしてるのかと聞いたんだぞ」

「……何って……公爵の……命日だから、と、弔いに……って……」

「はあ?」


テオドールの答えにさも不愉快そうな顔をしてアモンがうめいた。


「何で死んでもいないのに命日がある。いや、それ以前に弔うってなんだ? 縁起が悪いなんてものじゃないだろうが!」

「で、でも、国中に知らされたんですよ? 殿下が急病で死んだって……」

「急病ね……いかにも表向きの死因にしそうな話だな……というか、私がそう簡単に死ぬような男だと思ったか! 全く、見くびられたもんだな!」


アルセイデスの言葉を聞きつつ、アモンは少し早足に二人に近づきながら、不愉快そうな顔をさらにしかめて言う。


アモンが二人の目の前まで辿り着いた時、確信こそしたものの、心のどこかにまだ違和感を覚えていた二人の感覚がようやく噛み合った。


間違い無くそれはアモンだった。


よく見れば、アモンは一年前に城を出る際に着ていた服装とは異なり、まるでフューレイやアルバイン……レムレスの人間が着ているような制服に身を包んでいる。


「それにしても……まあ、すぐ帰ると言っておいて一年も音沙汰無しだったんだからお前たちの気持ちも分からなくも無いが……にしてもやはり気分は良くないぞ……」


アルセイデスが持参し、城門の下へ置かれた花束を見ながら、アモンはなんとも複雑そうな表情を浮かべていた。


「……だけど、どうやって生きて……だって、公爵のお墓だって城にあるって……」

「ああ、実際王家の墓にも入ったさ。完全に死体と思い込まれてな。いや、しかしなんといっても、もう生きたまま棺桶に入れられるってのは金輪際お断りだな」

「……?」

「なあに、ちょっとした仕掛けさ。私にかかれば雑作も無い」


言って、いまだ愕然とした表情をしているテオドールへ得意そうに笑いながら、アモンは説明を始めた。


簡単に言って、彼の行った仕掛けとはこうである。


まず、もし城内まで無事に辿り着けた場合、ウェイディの前へと召し出された自分には、身分を考えて間違い無く薬殺による死刑が宣告されると踏んでいた。


王の御前を血で汚す行為は常識的にあり得ないからである。


そこで、アモンは用意されるであろうとすでに予期していた毒薬の代わりに、さも持参の毒薬と思わせるように特別調合した薬を飲んだ。


これは実際には長時間の仮死状態をもたらす薬であったが、とはいえ心臓の鼓動を極限まで抑える極めて危険な薬品であることに変わりは無く、この点については紛れも無く命がけの賭けであった。


そして計算通り、というよりもむしろ運良くアモンの国葬は行われ、ラーゲルレーフ城の敷地内にある王家の墓に、石の棺へ入れられて納められた。


「あとは簡単だ。事前に話をつけていたフューレイに人手を回してもらってな、まんまと墓の中から掘り出してもらい、ほとぼりが冷めるのを待っていたと、そういうことさ」


この部分についても、アモンは極めて都合の良い物言いをしたが、実際には薬の効き目があと一日でも早く切れていたら土の中で覚醒し、代謝が正常化した体が石棺内の空気をすぐさま使い果たして簡単に窒息死していた。


事前にできる限りの計算はしていたとはいえ、あまりにも運任せの部分が大きかったのは事実である。


ともかく、そんな突拍子も無い話に依然として……どころか前にも増して驚いた顔のまま固まっている二人を無視するように、アモンは一方的に話し続ける。


「それから他にも報告がある。実はレムレスへの秘密亡命の許可もフューレイに頼んで話を通してもらってたんだが、そのついでに法王直々に私へ役職まで与えてくれたぞ」


そう言って、自慢げに自分の着ている制服の襟をアモンは指差す。


そこには意味は分からないまでも、なにやら金属製の勲章か階級章らしきものが三つほど取り付けられていた。


「肩書きは亜人保護庁厳正亜人保護区総監だ。呼び名が長ったらしいのが玉にキズだが、以前に訪ねてきたダナンとかいう奴の二つか三つ上の位だ。しかも法王直轄……つまりは直属の上司は法王だけだから、今までとほとんど変わらん」

「……」


次々に考えもしなかった事実を突きつけられ、テオドールもアルセイデスも、もはや困惑の極みにあった。


が、


ここに至って、突然テオドールがふと頭をよぎった疑問を口にした。


「……あの、公爵……?」

「ん?」

「私たちに何でこんなとこにいるかって言ってましたけど……公爵は何でここに……?」

「ああ……なんだ、その……ちょっとな……」


テオドールの質問返しにアモンは一瞬、答えに躊躇したが、すぐに少し照れくさそうな顔をしながら答える。


「……お前たちを……探しに、ちょっと、足を運んだんだ……」


アモンは言いつつ顔を横に逸らし、照れた様子を悟られまいとしたが、彼のそうした行動はテオドールの次の行動で無残に意味を失った。


凄まじい勢いで放たれたテオドールの右拳が、横向きになって剥き出しになったアモンのこめかみを打ち砕かんばかりに殴りつけたからである。


「あんた、ほんとに底無しのバカかっ!!」


回転する視界とふらつく足に、その場へ崩れそうになりながら、アモンはどうにか体勢を取り繕ったが、右斜めに傾いた体を補正する余力は残っていなかった。


「テ、テオドール……お前、一体何を……?」

「それはこっちのセリフだ、バカ公爵っ!!」


なおもふらついているアモンの胸倉をテオドールは乱暴に鷲づかむと、目を回すアモンの間抜け面を自分の目の前まで引き込み、罵声を浴びせ続ける。


「私たちを探しに? ああ、けっこうですね、もう、涙が出るほどうれしくって、とてもじゃないですが正気じゃいられそうにありませんよ! で、質問ですけどなんで私たちを探しに来るのに自分で足運んできてんです? しかもそんな恰好で! ほとぼり? そんなもの、あんたのバカさ加減を前提に考えたら、百年単位でも冷めないでしょうがっ!!」

「……いや、だって、レムレスの役人ってことだと入国が楽だし……」

「入るの簡単だったら、出る時のことまでは考えないのかこのバカ頭はっ!!」

「あ、いや……」

「大体、この辺りじゃ完全に面が割れてるっていうのに、自分で乗り込んでくるってどういう神経ですか! 百歩譲っても普通は部下や従者とかにやらせるでしょうにっ!!」

「……だって……」

「だって、何!?」

「……人手が……私一人だけだから……探しに来るのも自分でやらなくちゃと思って……」


情けない顔をいっそう情けなくし、つぶやくように言ったアモンに、テオドールは思わずめまいを起こしそうになった。


「……人手……確か、何か役職についたんですよね、レムレスで……」

「……うん」

「……で、人手……というか、部下とか、従者とかは?」

「……いない」

「……一人も?」

「……うん……」


そこまで聞いて、テオドールは大きく息を吸い込むと、


喉も割れんばかりの大声でわめき散らした。


「そんなとこまで今までと変わってないのか、あんたの立場はーーーーーっっ!!」


霧の晴れかかった森の中に、テオドールの怒声が木霊する。


見れば、空には雲間から太陽が覗き始めていた。


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