エピローグ (1)
アモンの死の報から一年。
彼を弔おうとかつての居城に足を運んだテオドールとアルセイデスは、堅く閉ざされた城門の前でお互いに何気ない思い出話を続けていた。
気づくと、先ほどまでの霧雨はいつのまにか薄い霧を残して止んでいる。
「それにしても、テオドールさん……」
「ん?」
「……その言葉遣い」
「あー……」
「完全に昔に逆戻りしてますね」
アルセイデスの指摘を受け、テオドールは苦笑した。
長く従者としての生活から遠ざかっていた間に、その口調はすっかりアモンに会う以前の粗暴な言葉遣いに戻っていた。
「当たり前だろ? もう一年だぞ。お里が知れるようになるには十分な時間だよ」
城門にもたれていた体を起こしつつ、テオドールが答える。
「ところでテオドールさんはこの一年、どうしてらしたんですか?」
「私は洞人だよ。その気になればどこでだって生きてけるさ」
実際、洞人の洞人たる所以は、洞穴などの簡素な居住空間さえ確保できれば比較的容易に生活してゆける高度な生活能力による部分が大きい。
特に、亜人差別の激しいベルディニオにあってはこの能力は必須とも言え、テオドールが無事に今まで生きながらえることが出来たのも、洞人という種族特有の突出したこの技能ゆえと言ってよい。
「そんなお前だって、森さえあれば生きてけるんだろ……ね、森の精霊さん?」
突然、予想だにしていなかったことを言われ、アルセイデスは一瞬、驚いてぬかるむ地面へ足を取られそうになった。
テオドールはといえば、当然といった表情でこちらを見ている。
「……テオドールさん、それ……いつから気づいてたんですか……?」
「いつからって、最初っからさ。大体その名前、そのまんまじゃんか」
「ああ……」
妙に納得した顔をするアルセイデスを見ながら、テオドールがクスクスと笑う。
アルセイデス。
一般の人間には知られていない、精霊の名。
森を司る者。森を統べる者。
もしくは単に森の化身として語られる。
亜人……特に森人や洞人にとっては常識的な知識だが、それは生活する空間を同一とするために自然と身についた知識であり、これを知る人間はごく少数である。
だからこそ、アモンもそれを知りえずにいた。
「アルセイデスって聞いて気づかないのは、あのバカ公爵くらいのもんだよ……」
話の流れのままにそう言って、テオドールはすぐ後悔の念に襲われた。
もうすでに一年も経つというのに、いまだ心の傷は癒えない。
塞がること無く、生乾きの傷からはまだ血が染み出している。
アモンの話題に直接触れることはすなわち、その傷へ直接触れるのも同じだ。
「……思えば、変な比率の生活でしたよね……」
「……確かにね」
人間一人に亜人が二人の生活。
不可能とまでは言わないまでも、本来ならば正立するはずの無い生活。
しかし、確かに正立していた。
それは、アモンという特異な存在の人間があってこそ成りえたと言っても過言ではない。
そして、二人もそのことをよくよく自覚していた。
それだけに彼の存在を思うのは辛い。
失ったものの大きさは大抵、失って始めて理解できる。
この一年、二人はその大きな喪失感を背負いながら生きてきた。
重い空気が立ち込める。
自然、二人は口を閉じ、しばしの時を経て……、
「……では、テオドールさん。私はそろそろ……」
思い出の重みに限界を感じ、切り出したのはアルセイデスだった。
「……うん」
「お元気で……」
互いに口数も少なく別れを告げると、二人は逆方向を向いて城を立ち去ろうとした。
と、
森のほうへと向かっていたアルセイデスが声を上げる。
「……あれ?」
妙な疑問の言葉にテオドールが振り返ると、アルセイデスは森の先……霧に覆われた先の部分を見つめている。
よく見ると、そこには人影が見える。
薄いとはいえ、霧の立ち込めた視界のためにその姿ははっきりとしない。
人影は徐々に近づいてくる。
するとふと、
人影から聞き覚えのある声が響いてきた。
「……くそっ、湿気って火がつかん!」
それは懐かしくすらある悪態であり、そんな言葉を吐く人間を、
少なくとも二人は、ただ一人しか知らなかった。




