ラーゲルレーフ (5)
「ところで……」
アモンはゆっくりと顔を上げた。
「やるべきこともすっきりと決まったことだし、どうかね、少々私の話にお付き合い願えませんか陛下?」
「話……?」
「そう、お話。お互いせっかく十数年ぶりに再会したってのに、なんの話もせずにお別れじゃあ、いくらなんでもつまらないだろう」
「それが、お前の最期の望みか?」
「お好きに取っていただいて結構ですよ」
「……」
死刑宣告を受けた直後のアモンの奇妙な希望にウェイディは少し戸惑ったが、そこから特に何らかの底意があるとも感じられず、ゆっくりとうなずいた。
「よかろう……しばし余の時間を割いてやる。この世の名残によくよく話してみせよ」
「……言い方がどうにもとげとげしいね。ま、お前さんらしいか。ともかくお許し願えて感謝するよ」
そう言うとアモンは改めていた姿勢を崩し、足を楽に伸ばし一つ深呼吸すると、おもむろに話し始めた。
「ウェイディ……お前さんとはほとんど面識は無いが、私はどうにも他人の気がしないんだよ。無論、従兄弟同士だからというのもあるが、それ以上に境遇が似通って感じてね」
「……」
「私もお前さんも、お互い家族を全て失ってる。私は不運から、お前さんは……まあ謀殺の可能性が高いという違いこそあるが、それでも、天涯孤独の悲しみは共有できてるとは思わないか?」
「……何が言いたい?」
「まずは私からの謝罪だ。十数年前……この城でお前さんを殴ったよな……あの時は自分ばかりが不幸だと勘違いしたバカな若造だったが、今なら分かる……お前の立場も気持ちも、何も知らずにくだらん八つ当たりをして本当に悪かった……このことだけはしっかりお前に詫びておきたかったんだ」
言って、アモンは先ほど以上に深く頭を下げた。
「……」
「それと」
「まだ何かあるのか」
ウェイディは明らかに苛立たしげだったが、そんな様子に構いもせず、アモンは続ける。
「率直な質問なんだが、お前さん一体、何がしたいんだ?」
「……?」
質問の意味が理解できず、ウェイディが冷静な表情を湛えつつも、心に困惑を抱いた。
「いろいろと話に聞いてね。どうも反王勢力とやらの連中を次々と殺して回ってるみたいだが、どうした、何が怖い?」
「……怖いだと?」
アモンの問いにウェイディはにわかに怒りをあらわにした。
「私はこのベルディニオの国王たる、ウェイディ・ベルディニオ・マーロウだ! 貴様らのような賢しらぶった反逆者どもに恐れを抱いたりなどしない!!」
「……はいはい、またいつもの十把一絡げか……否定をしても信じる気が無いだろうから別に構わんが……それでも一応、言っておくぞ。私は連中とは関係ない!!」
二人の間の空気はもはや険悪そのものだったが、それでもアモンは口を閉じない。
「これは私を殺しに来たある亜人の言った言葉なんだが、いわく(殺される前に殺す)だそうだ。で、お前だよウェイディ。今、お前がしてるのはまさにそれなんじゃないのか?」
「……」
「気持ちは分からんでもないさ。私もここしばらくの間に、何度も命を狙われた。正直、生きた心地がしなかったよ……それにお前は家族の件がある。私以上に敵対する者に神経を尖らすのは無理からんことだろうよ。でもな……」
ふいにアモンは表情を厳しくする。
「それでお前は一体、何を得た? 何を守った? 自分の命か? 立場か? 国か? 悪いが私にはお前の求めているものがさっぱり分からん!!」
まるで自分自身にでも言うようにアモンは怒鳴った。
自分自身。
そう、ウェイディは以前の自分だ。
ただ己の不幸を呪うことしか知らず、真に求めるべきものを見失った愚か者。
アモンは自分の思いをウェイディに投影している己を感じながら、言葉を彼にぶつけた。
しかし、
「……それで?」
ウェイディにアモンの思いは届かない。
そんなウェイディの反応によるものだろうか、急にアモンは気抜けしたように表情を崩し、苦笑いを浮かべた。
「それで、か……つまりさ、今のそのお前さんの態度が問題だと言ってるんだ。私はどうにもお前さんが自分から孤独へ孤独へと自分を追い込んでいるようにしか見えなくてね」
「アモン……暗に命乞いでもしているつもりか……?」
見下すように放たれたウェイディの言葉に、アモンの表情が凍る。
「……これはまた……ずいぶんと私も安く見られたものだな……」
一旦、消えかかったはずの怒りが、アモンの中で再び激しく燃えた。
恐らく、逆鱗に触れられるというのはこういう気持ちなのだろう。
「腐ってもこのアモン・ハイラッド・モルガン、ベルディニオ四大公爵家の第一に数えられるモルガン公爵家が当主だ! 間違っても陛下の前言を撤回させるような恥ずべき行為をするほど……そこまで落ちぶれ果ててはおらんっ!!」
今度は謁見の間を揺るがすほどの大音声がアモンの喉から溢れた。
見れば、近衛官や近衛兵たち、レイモンまでが顔に汗を滲ませてうろたえている。
それほどに、今回のアモンの言葉から発した迫力は凄まじかった。
そして驚くことに、それはウェイディすら例外では無かった。
態度こそ崩してはいなかったが、表情は明らかに冷静さを無理に取り繕っている。
絶句。
その様子を見て、再びアモンは脱力した。
これほどまでに馬鹿馬鹿しく、下らない口論はテオドールとですらしたことが無い。
意味の無い言葉。
届くことの無い言葉。
空しさに、もはや考える気力も失せた。
(ここにいる連中はウェイディを筆頭に、揃いも揃って救いようの無い石頭どもだ!!)
思いはすれども、とうに口にそれを上らす気も起きない。
とはいえ、思えばはなからこんなことだろうと諦めていた自分もいる。
考えてみれば思っていた通りの結果が出ただけのこと。
アモンの心を怒りに変わって諦念が満たす。
「……もういい、言うべきことはほぼ尽きた。あとは好きにしろ……」
まさに火が消えたようになったアモンの様子を見、レイモンは安堵の吐息を漏らしたが、すぐに姿勢を正し、近衛官から執行文を受け取り、仰々しくも堅苦しい口を開いた。
「では執行文を……」
と、
「……よい。余が直接言おう」
突然、ウェイディがレイモンの言葉をさえぎる。
どういった心境の変化によるものか、そこまでは推し量ることは出来ないが、少なくともウェイディの中で何らか変化が起きたことだけは分かる。
その事実に、アモンは何気ない期待を持ちそうになったが、すぐにいらざる希望を頭から押しのけた。
ウェイディは玉座から見下ろすアモンに対して、謁見の間を震わすような声を発して刑の執行文を暗唱する。
「モルガン公爵家当主、アモン・ハイラッド・モルガン。そなたは我がベルディニオ並びに王家に対する反逆の意図と意思、明らかにして多大と認め、もって死罪と断じ、薬殺刑による死を命じる!」
「身に余る栄誉、光栄至極ですな……」
冷笑交じり、ウェイディの言葉へ答える。
「……毒薬は特別に調合されたものだ。苦しみ無く安らかに死を迎えられる。安心して刑を受けるがいい」
そう言って、ウェイディが手で何らか指図をしてみせると、近衛官の一人が盆に小さな杯を載せてアモンに歩み寄ってきた。
瞬間、
「おっと!」
アモンは瞬時に後ろへ飛び退ると、素早く左手で右袖のカフスボタンを引きちぎった。
「……陛下のお手を煩わせる必要はありませんよ」
急なアモンの態度に色めき立つ周囲に対し、まるで見せ付けるようにむしりとったばかりの大振りなボタンを差し出して見せる。
一見、何の変哲も無い……少し大きめの正方形のボタン。
しかしアモンがその四つ角の一つを摘まみ、軽くねじり上げると、それはまるで栓のように小さな音を立てて抜けた。
そう、正確にはそれは栓だった。
アモンが事前に、アルバインへ託した書簡に記した注文に沿い、レムレスの細工職人が作った極小の瓶。
内部は細緻に空間が掘り込まれ、ごく少量の液体や粉末を詰め込めるように出来ていた。
「これは私が自分で調合し、持参した薬でしてね。狂血草を主剤にしたとっておきの猛毒です。陛下には私が苦しみもがきながら死んでいくさまを、しっかりとその目で見ていただきたくってね」
その言葉に、ウェイディは始めて顔から冷静さを失った。
驚愕の表情で一瞬、呆然とアモンを見つめ、無意識に足は玉座から立ち上がっている。
「……お前には、お前にだけは……私の、楽な死に様は見せられないんだよウェイディ……」
「よせ!!」
制するよう伸ばされたウェイディの手と言葉を無視し、アモンは瓶を一息に呷った。
口の中へ表現しがたい不快な味が広がり、喉を通って胃へ向かう薬剤の刺激が胸を焼く。
(良薬は口に苦しなんて言うが、どっちにしても薬は不味いんじゃないか……)
空になった瓶をゆっくりと手から床へ滑り落とし、アモンはそんなことを考えていた。




