来たるべき時 (8)
支度を整え、二階から下りてきたアモンは、玄関脇で自分を待つ二人に対し、あえて言葉をかけなかった。
この上、言葉をどれほど連ねても、ただ別れが辛くなるだけ。
アモンはそれを誰よりもよく理解しているつもりだった。
ゆっくりと廊下を進み、玄関に立つ。
テオドールがいる。
アルセイデスがいる。
二人に対して今かけるべき言葉などありはしない。
ただ微笑みだけを静かに浮かべる。
二人は泣いていた。
だからこそ、自分は笑わなければならない。
彼らの目に映る……これが最後となるかもしれない姿を、決して無様なものにするわけにはいかない。
二人の横を抜ける時、今自分の出来る最高の笑顔を作った。
テオドールの泣き腫らした目を見つめ、努めて優しく微笑みかける。
アルセイデスのなお涙をこぼし続ける瞳を見つめ、同じく微笑む。
そして視線を逸らす。
一気に玄関を抜け、見慣れた庭園を横目にしながら、城門をくぐり、指定された馬車へと乗り込む。
振り返ってはいけない。
もし自分が死んでも、彼らの味わう苦しみを最低限にする義務が自分にはある。
だから、未練や感傷に繋がる記憶は少ないほどいい。
別れ際が質素であればあるほど、彼らは私を忘れることが容易になる。
心に残すような去り方は手前勝手な自己満足だ。
馬車の戸が静かに閉められる。
刹那、閉まりかけた戸の向こうに城門まで駆けつけていたテオドールとアルセイデスが見え、心が揺らぐ。
視界のほんの端に映ったかすかな影が、この期に及んで覚悟を決めた心を乱す。
だがそれももう終わる。
戸は閉まり、やかましい音と、不快な振動を伴って、馬車は道を進み始めた。




