来たるべき時 (6)
庭園を回り、玄関へ戻ると、アモンは城の中へ入った。
本来なら、城内に戻った時点で頭の一つも抱えたいところだったが、目の前の状況はそれすら許してくれなかった。
「……テオドール、アルセイデス……一体、何の真似だ?」
二人の従者は、城に入るとすぐに待っていた。
二人してやたらと真剣な顔をし、揃ってカバンを抱え、真っ直ぐアモンを見つめている。
「何のって……いいから早く今のうちに逃げてください! お城に行ったら殺されるのが分かってるのに、わざわざ素直に出向く必要無いじゃないですか!」
「そうですよ、とりあえず当座はどうにかなる日用品や食料詰め込んで置きましたから、裏手の部屋の窓から外へ出て城壁の低いところを登れば、すぐに森へ逃げ込めます」
ほんの一瞬とはいえ、この二人の提案に乗りたいと思った自分がいた。
だが、次の瞬間には振り絞った理性が最後の誇りを守ってくれた。
冷静に考えれば今の状況での最善策は一つしかない。
そして少なくとも二人の提案は最善ではない。
アモンは朽ちかけた神経へ鞭打ち、努めて落ち着いた調子で二人を諭した。
「逃げるか……で、逃げてどうする? どこまで逃げる? それにだ、私が逃げたらお前たちに害が及ぶのは明らかだろう……」
自分が死ぬ可能性を回避するために二人を危険な立場に置いた場合、それは完全に本末が転倒している。
無論、助かれるなら助かりたいのは正直な気持ちだが、そのために二人を犠牲にしたのでは何の意味も無い。
「人の心配する余裕があるなら少しは自分の心配しなさいよ、このバカ公爵っ!!」
「してるさ、十分にな。私だって死にたくはない。とはいえ、避けられない道ってものは必ずあるものだろう?」
言葉の乱暴さとは裏腹に、テオドールの顔は不安と恐怖に包まれていた。
それだけに、アモンは出来る限り余裕のある顔を見せようと必死だったが、実際に自分の表情がどう映っているのか心配で仕方なかった。
アモン自身、すでにぎりぎりだったのである。
「理屈はいいから、早く逃げてよっ!!」
その時、突然テオドールが感情の限界を迎え、力いっぱいに持ったカバンをアモン目掛け投げつけると、悲鳴にも似た叫び声を上げる。
が、それを受けて瞬時、
「従者を守るのは主人の務めだっ!!」
投げつけられたカバンを受け取りざま、それを床に落としながらアモンもまた叫ぶように言い放つ。
するとその声にテオドールはつかの間の理性を取り戻した。
が、もう一瞬後には新たな感情でいっぱいになっていた。
テオドールは泣いていた。
人目もはばからず、ただその場に立ち尽くしながら、肩を震わせて泣いている。
見れば、アルセイデスもまた、静かに涙をこぼしている。
ここに至り、ようやくにアモンの決心は揺ぎ無いものに変わった。
守るべきものを守る。
まず優先すべきはそれであり、その他は間違い無く二の次だ。
意思の固まったアモンの表情は自然、柔らかなものに変わっていった。
「……頼むから私を無能な主人として死なせないでくれ。お前たちすら守れなかったら、私は自分の存在を許せなくなってしまう……」
言って、二人の頭を優しく撫でた。
まるで、親が子に対しするそれのように。
守るべきものを守る。
アモンの心は不思議なほど安らかになっていた。
「なあに、すぐ戻るさ。すぐに戻って、また三人で平凡な暮らし。何も変わりやしない」
二人の間を縫い、階段へと向かう。
すでにアモンの心に迷いは無い。
「……別れの言葉は言わんぞ。すぐに帰る、そう言ったものな……」
階段を上がるアモンに、二人はただ視線だけを送り続けた。
そして、その姿が見えなくなると、ただ静かに彼の足音に耳を澄ませた。




