来たるべき時 (5)
アモンが城門を開け放つと、ほぼ同時に使者団が城の前へと到着した。
開けた城門を抜け外に出ると、辺境の細道には不釣合いな四台の大型馬車のうち一台からすぐに城仕えの身分と分かる正装の男が降りてきた。
身なりこそ寝巻きに着古した上着を合わせただけの姿ではあったが、相手はすでにアモンの人相、風体については知っていたらしく、迷い無くアモンの前で片膝をつくといかにも中央の人間らしい、慇懃な敬語で話し始めた。
「かような早朝に騒がしく殿下の御居城に馳せ参じ、まことに申しわけのうございます。私は中央、ラーゲルレーフより参上いたしました、侍従長筆頭レイモン・ブレーズ。殿下にあらせられましては……」
「くどくどと思ってもいない佞言をたれるな。この早朝にわざわざ来たということは急ぎの用事ということだろう。さっさと用件を言え」
いらつきながらアモンが促すとレイモンは、かたちだけはかしこまって言葉を続けた。
「実は、ウェイディ国王陛下より、直々に殿下をラーゲルレーフへお招きするようにとの御下命を受け、本日このように罷り越しました次第にございます」
「……すまん。もう一度、誰からの命で来たのか、言ってくれるか?」
「は……恐れながら、ウェイディ国王陛下からの御下命にございます」
アモンは無表情な自分の顔が一瞬、引きつる感覚に襲われた。
万一の例外を望んだ自分の願いが脆く崩れ去る。
少なくとも、同じ公爵家からの招きに対しての断りの理由は考えていた。
それはつまり、対策が立てられる相手であったからだ。
しかし、
奴だけは違う。
自分を無条件に召し出せる唯一の人間。
ウェイディ・ベルディニオ・マーロウ国王陛下。
断ることは不可能である。
というより断ったところで後日それを不敬として罪に問われ、改めて召しだされるだけのことだ。
結果が数日延びるだけで、何一つ変わりはしない。
わずかに一人。
この国にわずかにたった一人。
確率とは関係の無い事柄とはいえ、この異常な偏りはなんだ?
アモンはまるで死神が自分に寄り添っている錯覚に見舞われた。
「……御召しの理由は?」
「聞き及んでおりません」
(お見事!)
心の中でアモンは自分自身に賛辞を送った。
さすがは私の悪い予感。
今回も寸分違わず大的中だ!
正解のごほうびは一体なんだ?
刺殺か?
絞殺か?
それとも毒殺?
あるいは撲殺?
心の中をあらゆる感情が入り乱れ、今、自分は喜怒哀楽の何に当たるのかも分からない。
それでも、理性だけは保ち続けた。
理性だけは。
今や、彼の心に拠り所として残されたものは公爵としての誇り以外に何も無かった。
だからこそ、それだけは手放すまいと、必死に理性をかき集める。
この期に及んで醜態をさらすことだけは出来ない。
特に、ウェイディの前に立つまでは。
ふいに、奇妙な笑いが込み上げてくる。
人は感情が制御できなくなると、どうも最後には笑ってしまうらしい。
しかし、今のアモンにとってそれは紛れも無く救いになった。
千々に乱れた心を不可解な笑いが覆い隠す。
一息つき、落ち着いたアモンからは、もう迷いは消えていた。
余裕を取り戻した心が口を滑らかにする。
「……予想はしていたが、ウェイディはどうやら私を殺したくて仕方無いらしいな」
「殿下、そのような不敬な物言いは許されませんぞ!」
「許されなければどうする? どうせ死ぬ身に変わりはなかろう?」
「またそのような……」
「違うとでも言うのか?」
「……私は何も存じません……」
「はっ!」
レイモンのわざとらしくとぼけた物言いを、最大級の嫌味を込めて鼻で笑う。
そして、さらに言い加えた。
「身支度を整えてくる。しばらくここで待っていてもらおうか」
「恐れながら、陛下は急ぎ殿下をお招きするようにと……」
「このような姿で陛下に会えと言うのか!!」
一喝し、レイモンを睨み付けた。
すでにアモンの全身からは公爵の威厳が噴出している。
アモンの激しい怒気に当てられ、レイモンはその場に身を細めるように縮こまった。
「……時間はとらせんよ。すぐに済ませるから大人しく待っていろ」
言い捨て、アモンは再び城の中へと戻っていった。




