来たるべき時 (2)
押し黙り、身じろぎ一つしなくなってしまった二人にアモンは続ける。
「方法は単純と言ったが、つまりそれは私を城の外へ連れ出す口実ということだ。これはいくらでも名目はつく。例えば何らかの祝典。誰某の誕生日だとか、何かの殊勲を貰ったとか、そういった理由をつけて私を呼び出し、誰にも知られずに私を亡き者にする。安全かつ確実な暗殺方法だな」
淡々と語っていたアモンであったが、ふと見たテオドールとアルセイデスの、予想以上の落ち込み様に慌て、すぐさまこう付け加えた。
「しかし悪いことばかりじゃない。私の公爵という立場だ。はっきり言って、私を無理にでも引っ張り出せるほどの立場の者はこの国には一人しかいない。したがって、それ以外の者からの誘いは立場を利用して簡単に断れる。だからまず安心といっていい。その証拠に、今までだってやろうと思えば出来たはずのこの手段を誰も取らなかっただろう?」
没落貴族という立場こそ確かだが、彼の基本的な身分は決して変わっていない。
ベルディニオ、モルガン公爵家当主。
俗に「王侯貴族」という言葉があるように、公・侯・伯・子・男の五等爵の中にあって、公爵の位は別格である。
直系ではないという点を除けば基本的に扱いは王族と同じであり、ゆえに公爵とその他の爵位にある者たちには、絶対的な隔たりが存在する。
何故なら、公爵以外の爵位は場合によっては金銭やその他、特定の土地、時に美術品などによって得ることも出来るが、公爵の位だけはそうした方法で得ることは不可能である。
王族と同じく、血縁によってのみ得ることの出来る爵位。
それが公爵の位。
しかも、アモンはただの公爵ではない。
ベルディニオ四大公爵家、ヴォルテール、ダンセイニ、ルキアノス、そしてモルガン。
その四大公爵家の中でも最も歴史古く、王族との血縁も近しいモルガン家は、身分のみで言うなら国王を除けばベルディニオにおける最高位にある。
したがって、事実上は彼を何らかの名目で外へと引きずり出すのは不可能であり、基本的には杞憂に過ぎないと言っていい。
そう、基本的には。
「とはいえだ。用心に越したことは無いからな。最悪、私が死んだ後の身の振り方を二人には考えておいて欲しい」
ようやく少し安心したところにまたも不吉な話を持ち出したアモンに、ついにテオドールが切れた。
「安心なのか危ないのか、はっきりしろこのバカ公爵っ!!」
短い間に感情をあちらこちらへと揺さぶられたテオドールの剣幕は凄まじく、その怒号はテーブルに置かれた燭台すらびりびりと振動させるほどであったが、不思議とその様子はアルセイデスを安心させ、アモンに苦笑を漏らす余裕をも与えた。
「悪かった。別に変な心配をさせるために言ったわけじゃないんだが、何事もどうなるか分からんからな。ほら、まさかの時の用意って言葉もあるだろう?」
「そんな用意をする暇があるなら用心を優先してくださいっ!!」
「分かった、分かったよ。ではこの話はこれで終了。それでいいか?」
ひとまず、納得のいく説明を聞いたこともあり、二人はそれについては了解した。
テオドールは腹立たしそうにうなずく。
アルセイデスは微笑みを取り戻してうなずく。
アモンも二人のそんな様子を見てうなずいた。
「さあ、これにて解散だ。各自持ち場に戻って仕事に精を出せ。もうすぐ日が落ちるぞ」
「……あんたは仕事なんて無いでしょうに……ったく、えらそうに……」
ぶつぶつと文句を言いながら部屋を後にするテオドールをなだめながら、アルセイデスもまたドアをくぐる。
戸が閉まり、食卓の間に一人残ったアモンはしばらく同じ姿勢のまま椅子に座っていたが、二人の気配を完全に感じなくなると、途端に脱力するように椅子の背もたれに全体重を任せ、天井へ向けて大きなため息をついた。
そしてしばし瞑目し、心を落ち着ける。
二人への説明に嘘は無い。
自身のいった言葉を思い出しながら、己を納得させる。
つかの間の後、ゆっくりと目を開けると、天井をぼんやりと見つめながら、
「……しかし」
一人、自分に向かうようにつぶやく。
「私のやたらに当たる悪い予感が、今回ばかりは外れてくれると助かるんだがな……」
アモンの心に安らぎはまだ訪れない。




