森からの異邦人 (1)
その日もテオドールはいつも通り、やたらと乱暴に主の寝室のドアを開け、森まで轟く大声を張り上げようとしていた。
が、
ドアを開け、アモンのベッドへと歩を進めたその瞬間、テオドールはたった今、出そうとした声を飲み込んだ。
「ああ、おはようテオドール。今日はまた一段と爽やかな朝だな」
アモンは起きていた。
寝巻きのまま、日の当たる窓辺で伸びなどしながら、ひどく快活に声をかけてくる。
テオドールは飲み込んだ声もろともに絶句しながら、しばらくその場に棒立ちとなった。
(ありえない!!)
愕然としつつ、心の中でそう叫ぶ。
それは事情を知らないそこいらの第三者には到底理解できない驚愕だった。
あのバカ公爵が朝、いや、正確にはもう昼というほうが近い時間ではあるが、自分が起こしに来るよりも先にベッドを抜け出している。
自分の知る限り、他を完全に圧倒した大差で一位を取れる自堕落かつ怠惰な無気力人間の鑑。名を呼ぶ気も失せるほどのあのバカ公爵が、自力でベッドから這い出している。
毎朝、まるで呼吸をするように当たり前のこととして主の強制起床へと勤しんでいたテオドールだけが、この状況の異常さを感じ、ともすれば恐怖すら覚えていた。
しかし、本気で天変地異の前触れを心配し始めているテオドールをよそに、アモンはさも清々しそうに窓の外を見つめている。
と、突然開け放たれたドアをノックする音が聞こえてきた。
「失礼いたします。アルセイデスです」
これまた珍しいことに、庭師のアルセイデスがアモンの寝室を訪ねてきた。
「おお、おお、アルセイデス。待っていたぞ!」
庭師の声を聞いた途端、窓辺からまさしく飛ぶようにドアの前まで駆け寄ったアモンは、目を宝石のように輝かせながらアルセイデスに歓喜を含んだ声をかけた。
「で、どうだ? 作業は終わったのか?」
はしゃぐように身を揺らしながら尋ねる。
するとアルセイデスはなんとも言えない表情をして、伏し目がちに主人の問いに答える。
「それが……ちょっと乾燥に失敗しまして……その……煙草の葉は全滅しました……」
テオドールに続き、今度はアモンが硬直した。
「いや、ちゃんと注意して作業はしていたんですが……どうもここのところ空気が異常に乾燥していたせいだと思うんですけど、乾燥が進みすぎて、なんというかこう、粉微塵という感じになってしまってですね……」
アモンは先ほどまでが嘘のように、一切の表情を失った顔でアルセイデスを見つめた。
次第に背は猫のように丸まり、肩は重い荷物でも持たされたように落ち込んでいく。
つかの間の沈黙の後、アモンはゆっくりベッドへ戻ると静かに体を滑り込ませ、言った。
「……寝る」
再びの沈黙が訪れてすぐ、棒立ちしていたテオドールはつかつかとベッドへ歩み寄ると、全身全霊を込めた蹴りを主人の背中に叩き込んだ。
今日もまた、アモンの体は宙を舞う。