近づく終末 (3)
時も夕方に差しかかろうという午後三時過ぎ。
アモンは暖かい部屋とお茶のおかげですっかり眠気に見舞われ、椅子に深く沈みながら、うつらうつらと柔らかい睡魔の誘いに揺られていた。
と、雨脚の落ち着いてきた城の外から聞き覚えのある声が上がった。
「アモン公爵はおられますか!?」
雨の中でさえ、相変わらず高く、通りの良い澄んだ声。
その声に一瞬、意識を持っていかれそうになっていたアモンが反応した。
ほとんど全身を椅子に投げ出していた姿勢から一気に上半身を起こし上げると、半分以上寝ぼけた意識を集中させる。
そしてろれつの回らない口で怒気を込めて叫ぶ。
「アルバイン!!」
やっとのことでアモンがよく聞き取れない発音でアルバインの名を叫んだ時には、すでに玄関を抜けて城門を開けるテオドールの姿があった。
さらに寝起きのおぼつかない足取りで必死に廊下に出、玄関へ向かおうとした時にはすでにテオドールは玄関先で雨に濡れたローブをアルバインから預かっているところだった。
「度々、突然の訪問、まことに申し訳……」
「そこじゃない!!」
ようやく寝起きのかすれ声が直ってきたところで、アルバインの言葉をさえぎる。
「私が怒っているのはそこじゃない! お前の雑な仕事振りに腹を立ててるんだっ!!」
「……?」
ある意味で当然ではあるが、アルバインはアモンの激昂の理由が全く理解できなかった。
「バカ公爵、一人で勝手に分かってないで、きちんと筋道を立てて話しなさい。それじゃアルバインさんが困るだけじゃないですか」
「……ああ……まあ、確かにしっかりと話し合う必要はあるな……アルバイン、さっさと上がれ。この前は聞きたいことが山ほどあったが今回は私が言いたいことが山ほどある」
テオドールの言葉で少しく冷静さを取り戻したアモンは、アルバインをそのまま食卓の間へと通した。
まずは先方の用件から聞くほうが話に行き違いも無かろうと、アモンには珍しく思慮深いことを思ってのことだった。
そうして、
「で、今回はなんだ? またぞろ暗殺部隊のお出ましなんて話はもうさすがに御免だぞ」
先ほど寝入る以前に口へ運んでいた自分の紅茶のカップを、飲むでもなく手持無沙汰に下皿を中心にして回転させつつ、アモンは問う。
と、アルバインはテオドールに勧められて腰を下ろしたアモンのちょうど向かいに位置する席から、いつも通りの落ち着いた口調で答える。
「いえ、今回はそういった件ではありません。殿下のご無事を直接確認するためと、殿下を狙う不逞の輩が片付いたことを直接お伝えするために罷り越しました」
そこまで聞き、
アモンは、
先ほどから押し殺していた怒りを吐き出すように一喝を上げた。
「バカを抜かすのも大概にしろーーーーーっっ!!」
思わず椅子から立ち上がり、両手をテーブルに叩きつける。
中身のお茶が三分の一以下になっていたことが幸いしたカップが中身をこぼすこと無く、左右に激しく揺れ、松の実の蜂蜜和えはこれまた蜂蜜の粘度が幸いして周囲に散乱する事は無かったが、これらのちっぽけな幸運はアモンにいかほどの希望も与えてはくれない。
「何が(仕事は丁寧)だ! お前の考えなしで雑な仕事のおかげでこっちは完全に親王派から睨まれてしまったんだぞっ!!」
凄まじいその剣幕によってか、もしくはアモンの話に当惑してか、アルバインは目を白黒させながらも丁重に問うた。
「……恐れ入りますが少し落ち着いて、順序立ててご説明願えませんか? 考えが至らず申し訳なく存じますが、私にはお話の内容がどうも理解出来ません」
その話し振りから、アルバインに自覚が無いと見るや、アモンは一気に気が抜けた。
「あのな……お前が中央の執政官を暗殺してくれたのは、曲がりなりにも私のためだったのかも知れん。それはいい。その気持ちはありがたいとは思うさ。だがな、それが原因で暗殺の嫌疑が反王勢力にかかった。つまりは、反王勢力の旗印に担ぎ出されそうになった私が一番に疑われる事態に、現在なってるんだよ!」
「……?」
「おかげでこっちはいつまた命を狙われるかヒヤヒヤだ。大体、現場に反王勢力の仕業を思わせる痕跡を残すなんて、どういうしくじり方だお前は!」
「それは……おかしいですね。私は現場には何の痕跡も……」
言いかけて一瞬、はっとした表情を浮かべたアルバインは、また次の瞬間にはひどく苦々しい顔をして自分の膝を叩いた。
「そういうことか……全く、これだから人の政治というのは……」
「おいおい、一人で勝手に納得するな。ちゃんと説明しろ!」
いい加減、自分一人だけでいきり立っているのが馬鹿馬鹿しく感じられてきたのもあり、アモンはアルバインに細かな事情の説明を催促した。
「……失礼しました。では、簡単に説明をさせていただきます。今回の私による暗殺作戦そのものは成功だったのですが……どうやら、殿下を狙う人間は予想以上に多く、しかもその根は相当に深いようだと、そういうことです」
「……?」
「つまりこちらで把握していた親王派の危険分子は政治の中心近く……それも、相当深いところに存在し、しかも今回の事件を利用して殿下の抹殺を企てているということです」
今度はアモンが目を白黒させた。
アルバインの説明は一見、明瞭に見えて実際は驚くほど訳が分からなかったからである。
「うかつでした……まさかそこまで相手が計算高いとは……完全に私の失態です」
「あー……アルバイン。すまないがもう少し私にも理解できるように話してくれないか。今回ばかりは簡潔になどと贅沢は言わん。まずは分かるように説明してくれ」
言われて、アルバインはアモンへ向き直ると、かたちを改めて具体的な説明を始めた。
「順序立てて始めから全てお話します。まず、我が主……フューレイ様のお話によれば、ベルディニオにおける親王派の動きがにわかに活発化しているということでした。これはすなわち反王勢力への対抗措置が速やかに行われるであろう前兆と見るべき状況であり、その中心人物であった反王勢力の急先鋒、中央議会貴族院第一執政官ボルヘス・クイン・カポーティ侯爵、同じく、人民院第一執政官ルイス・クロフォード氏、及びジョルジュ・マリオン氏が予想通り、真っ先に暗殺されました」
「……は……?」
「この事態に、フューレイ様は密かにベルディニオの内情を洗い、すぐさま私を殿下への使者として差し向けられました。結果として目先の危機は回避に成功しましたが、状況は恐らくこれからさらに悪化するかと……」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ、ボルヘスが殺されたって……そりゃ一体いつの話だ?」
「ちょうど、殿下にご注意のお手紙を送る一ヶ月ほど前です」
まさに寝耳に水だった。
ボルヘス……カポーティ侯爵とは、自分がまだ中央へいた頃に、しつこく反王勢力の旗印となるよう勧誘してきた人物であった。
「ま、待ってくれ、そんな話は……届いた書簡には一切……」
そこまで言って、アモンは急に納得した。
それは、冷静になって少し考えればすぐに理解できることだったからである。
「……はははっ……」
自らのあまりのうかつさに、乾いた笑いすら漏れる。
「……まあ、当然と言えば当然だよな。わざわざ向こうから(もうすぐお前の番ですよ)なんて情報、流してくるわけがないか……」
「とにかく、武力に訴えた危険な実力行使を行う人物は当座、私の手で葬ることには成功しました。が、親王派の根が私どもの予想を超えて深いとすれば、次に行われるであろう反王勢力への暗殺工作はさらに厄介なものとなるであろうと推察できます」
「……つまりはどういうことだ?」
「ところで……申し訳ありませんが、その話をする前にまずお人払いを……」
このアルバインの申し出にはアモンも驚いたが、テオドールはそれ以上に驚いた。
「内容が内容ということもあります。この先は殿下にお聞きいただいた上で、ご自分の胸にお仕舞いになるか、それとも皆様で話し合われるかを決めていただきとう存じます」
「……分かった。おいテオドール、少し出ていてもらえるか?」
テオドールは当惑と不安の入り混じった表情をしながらも、無言で部屋を出る。
と、それを確認した合図のように、一つ大きなため息をついてから、アモンはアルバインに真剣な視線を向けた。
「で、その厄介な暗殺工作とはどんなものだ。人払いまでさせたということは、よっぽど面倒なやり口だということか?」
「手段自体は単純です。ので、結論から先に申し上げさせていただきます」
「……?」
無言で疑問を顔に映すアモンへ向け、アルバインはこれまでのトーンと変わらぬ声で言葉を継ぐ。
その、絶望的な内容とは不釣り合いなほどに。
「もし次に殿下への暗殺計画が実行された場合、もはや止める手立ては一切ありません」
降り続いていた雨はいつの間にか止んでいた。
だが雲の晴れゆく空とは対照に、アモンを包み込む暗雲はさらにその濃度を増してゆく。




