近づく終末 (1)
「それにしてもよく降るな。秋の長雨とはよく言ったもんだ」
書斎の寒さに耐えかね、暖かな食卓の間でテオドールの入れたお茶をすすりつつ、アモンは窓の外をぼんやりと眺めていた。
「しかし……やはり雨は好きになれんな。どうしても古傷が痛む」
「古傷?」
お茶請けに松の実の蜂蜜和えを持ってきたテオドールが、聞いたことの無い話題へ興味を持って、暗に問うてくる。
「ああ、もう十年以上前だがな。ウェイディと喧嘩したときに折られた左の手首が、雨が降ると今でもしくしくと痛むのさ」
「ウェイディって……国王陛下の?」
「ん、そうか、いかんな……さすがに今や国王たる陛下を呼び捨てするなぞ……」
「いえ、気になったのはそっちじゃなくて……陛下って、喧嘩になったら相手の腕を折るほど気性が荒いんですか?」
「……いや、折ったのは陛下じゃない。近衛官に折られた……」
そこまで話すと、アモンは急に不快そうな……というより、どこか悲しそうな顔をした。
「私と陛下の喧嘩を止めようとして近衛官の一人が少々力加減を間違えたんだよ。そいつは任務を全うしただけだ。陛下を守った。立派なもんさ。だけどな……」
「……?」
「そいつは翌日、刑場で首を落とされたよ。一国の公爵、しかも国王陛下の従兄弟の手首を折ったとあって、即座に斬首確定だ……ほんとに、あの時の自分に会えるなら、あんな下らないことで喧嘩するなと言って、横っ面の一つも殴り飛ばしたい気分だ」
無造作にテーブルへ置いた自分の左手を眺め、己の過去の過ちに慙愧の念が強まる。
若気の至り、といえば簡単だ。
しかし、あまりにも若すぎた。
公爵という自分の立場がいかに周囲へ影響するかを思慮する力が絶望的に不足していた。
「あいつを……近衛官を殺したのは私さ。悔やんでも取り返しがつくことじゃあないが、少なくともあいつを殺した事実を背負って生きるのは最低限、公爵としての私の責任だ」
そう言い、口に寄せたカップをテーブルへ置き、また雨の降りしきる窓の外を見つめる。
テオドールは無言でその場に立ち続けていた。




