諍いの果て (6)
声は徐々にこちらへ近づいてきていた。
わずかずつ大きく、明瞭になってゆく声は、明らかに聞き慣れた声だった。
(殿下の声だ……)
そう気づいた時、アルセイデスはにわかに狼狽した。
何故アモンが森に来ているのか?
元々体力の無いアモンは、それに加えてここ数日間ろくに食事を取っていないせいでさらに弱っている。
もし森へテオドールを探しに来たとするならすでに正気ではない。
いくら慣れた森の中とはいえ、弱りきった今の状態で森を探索するなど無茶である。
すると、ふいに自分の背後に人の気配を感じ、素早く振り返った。
テオドールだった。
知らぬ間に彼女は外から聞こえてくるアモンのかすかな声に気づき、洞穴を出てきていたのである。
洞人の彼女は自分より数倍優れた聴覚を持っている。
少し考えれば自分が気づく声に彼女が気づかないほうが不思議だと分かったが、動揺した状態でそれを察する余裕はアルセイデスには無かった。
「ちょ、あんた……まさかバカ公爵に居場所を……」
「ち、違いますよ! 私はそんなに口は軽く……」
一瞬、誤解から口論へと発展しそうになった二人の空気を、はっきりと聞き取れるようになってきたアモンの声が吹き消した。
その声は明らかに泣いていた。
嗚咽をこらえるように搾り出すような力無い声で。
まるでしゃくり上げるような声が少しずつ近づく。
ただひたすら一人の名を呼びながら。
「……テオドール……」
かすれた声で呼び続ける。
「……テオドール……」
二人がアモンの姿を確認できた時、彼がもはや正気を失っていることは明白だった。
ただ、ふらふらと森を歩きながら、なお声を止めない。
「……テオドール……」
途端、アルセイデスは自分の横をテオドールが駆け抜けてゆくのを見た。
アモンに向かい真っ直ぐ。
まるで風のように素早く、樹々の間を縫ってアモンへ近づく。
そして、まるでテオドールが着くのと合わせたようにアモンは膝を折ってそこに倒れた。
「……ちょ、ちょっと!」
かろうじてテオドールはアモンの上半身を、両肩を掴む形で支え上げた。
力を失って倒れたアモンの体は異常に軽い。
頬はこけ、目は落ち窪み、唇は渇いて血色も無い。
だが、なおも声を止めない。
目の前に……泣き腫らし、赤く、充血したその目の前に、当人がいるにも関わらず、虚しくも悲しい呼び声を発し続ける。
「……テオドール……」
何故か、テオドールは呼吸が乱れた。
突然に胸がつかえたような感覚に襲われ、息が詰まる。
同時に、視界がぼやけた。
が、次の瞬間には視界はすぐに回復した。
頬を伝う涙の感触とともに。
「……テオドール……」
「……分かりました……もう、分かりましたから……」
気づかず、テオドールはアモンと同じく膝を折り、彼を包み込むように抱き締めた。
「……一緒に帰りましょう……そして、ゆっくりと休んでください。ほんとに……貴方ときたら、一人じゃなんにも出来ないんですから……ほんとに……」
アルセイデスは遠巻きに二人の様子を眺め、やたら久しぶりに安堵のため息をついた。
「……やっぱり、同じつくならこういうため息が一番ですね……」
独り言のように言いつつ、アルセイデスはこれから二人をどう城へ運ぶか思案していた。
常緑の樹の多いこの森へ、わずかに立つ紅葉した樹々から、奇妙な三人の客人をもてなすように枯葉が風に舞う。
凍てつく冬を前にして、暖かい日が訪れることもある。
それは決して季節外れという意味だけではない。




