諍いの果て (3)
テオドールが姿を消してすでに八日。
今日もアルセイデスは森を探索していた。
いや、正確には探索はしていない。
真っ直ぐにテオドールが身を潜める洞穴へ向かう。
「……テオドールさん、調子はいかがですか?」
洞穴に首を突っ込みながら、アルセイデスが声をかける。
「……別に、何にも変わり無いわよ」
膝を抱えて座るテオドールが答える。
実際には、アルセイデスはテオドール探索に森へ向かった初日に彼女を発見していた。
が、頑なに城へ帰ることを拒否する彼女の意思を尊重し、森へ探索に出かける振りをして毎日彼女の様子を見にこの洞穴へ顔を出している。
それはアルセイデスなりの気遣いであり、アモンには悪いと思いつつも、テオドール自身が城へ戻る気になるのを辛抱強く待とうと考えていた。
しかし、すでに八日間。
アルセイデスの思いとは裏腹に、テオドールが城へ戻る気になる様子はいつまで経っても見られない。
現実問題として、もはやこれ以上は彼女無しで城の生活が成り立たないのは明白であり、アルセイデスも少なからず焦り始めていた。
「テオドールさん、毎日のように聞いてうるさく感じられてるとは分かっていますけど、まだ城に戻る気にはなりませんか?」
「……」
洞穴の奥を見つめながら、アルセイデスの質問に無言の回答をする。
つまりまだ帰る気は無いということである。
「困ったな……」
冗談抜きに心からの言葉だった。
自体がここまでこじれてしまうと、第三者による喧嘩の仲裁というのは極めて難しい。
だからといって当人同士ではなおさら無理なのも分かり切っている。
洞穴の奥を見たまま顔も見せないテオドールに、アルセイデスは当惑のため息を大きくつく。
「……ところで、テオドールさんは具体的に殿下の何に腹を立ててるんです? 仕事の件についてはもう十分に殿下も反省してることぐらいお分かりになってるでしょう?」
「……」
「殿下は他にどんなことをしたって……」
「……分からないのよ……」
アルセイデスの言葉をさえぎるようにテオドールがつぶやく。
「もう分からないのよ、何がどうして許せないのか……原因は仕事のことだって分かってても、何でまだ許せないのかが、自分でも分からないの……」
言い終え、テオドールは自分の膝に顔をうずめてしまった。
人が二人以上いれば喧嘩も時に起こる。それは仕方無い。
だが難しいのはその後である。
特に身近な者同士の喧嘩に言えることだが、引き金となる大きな事柄が発端となって喧嘩は始まるが、大体は喧嘩の真の原因はあいまいである。
日々の中で蓄積した小さな不満が何かしらの大きな要因によって爆発し、喧嘩となる。
親しい者同士のいさかいはほとんどがそんなものだ。
だから、真の原因が日々の中で蓄積された些細な不満の数々であるがゆえに、逆に理由が分からなくなってしまう。
ほこりが集まっていれば見ることが出来ても、その一粒一粒を確認するのが容易でないのと同じ理屈である。
そして最後には漠然とした怒りと長く置きすぎた時間によってますます相手との和解は困難になってゆく。
理屈だけで動けるなら人はなんとも楽な生き物だ。
しかしそこに自分でも自由にならない感情というものが関わるせいで、人と人との関係は常に危い綱渡りを余儀なくされる。
言うなれば、アモンもテオドールも加害者であり、被害者なのだ。
無論のこと二人はそれを認めないだろうし、認められないだろうが、結局の真実などそんなものである。
「……お気持ちは……分かるなんて、軽率なことは言いません。でも、どうしても分からないのなら、もうしばらくこうしていてもいいと思います……」
言って、アルセイデスは洞穴の出口へ向かう。
「また来ます。無理せず、ゆっくりと休んでください。今は落ち着いて考える時間が必要なんだと思いますから……」
アルセイデスが洞穴を去ってからも、しばらくテオドールは顔を上げられなかった。
自分で自分の気持ちを理解できない不快感に再び漠然とした怒りが湧く。
しかし怒りの矛先はどこにも無い。
それだけが今、自分の理解できる唯一のことだった。




