諍いの果て (2)
「……アルセイデス、テオドールは見つかったか……?」
食卓の間で力無く椅子にもたれたアモンが、ちょうど城へ戻ったアルセイデスに蚊の鳴くような声で問いかける。
「駄目です。方々探し回りましたけど、やっぱりどこにも見当たりませんでした」
答えを聞き、アモンはさらに力を失ったようで、脱力した全身を椅子に投げ出す。
「行き先があるとすれば森くらいしか考えられないんですけど……まさかテオドールさんは城下に行くとは思えないし……」
「……それについては同意見だが、いくらなんでも手がかりが無さ過ぎやしないか?」
「まあ怒って出て行ったわけですし、そう簡単に見つかるとこにはいないでしょうね」
「ああ……いい加減あいつが戻ってこないと、本当に餓死するかも知れん……」
テオドールが城から姿を消してからすでに一週間。
アモンはテオドールが日々こなしていた重労働を我が身で体験し、ひどく反省した。
掃除については、それほど神経質にならなければ問題は無かったものの、洗濯物の扱いは苦労などというものではなかった。
一日着替えずにいたり、ベッドシーツを替えなかったりすると、それだけで堪らなく不快なため、寝巻きとシーツの洗濯は欠かさなかったが、この季節、氷のように冷たい井戸水で洗濯するのは半ば拷問だった。
おかげで今、アモンの手はあかぎれだらけで痛々しい。
だが、テオドールはそれを毎日こなしていた。
いかな無精者のアモンといえども反省するには十分すぎる思いと体験である。
さらに日用品の注文。
これ自体は必要なものを町から顔を出す御用聞きに発注するだけの単純な作業であったが、ここでアモンは一昨日大きくしくじっていた。
食料品店の御用聞きが不用意に言った一言が原因である。
「おや、今日はご主人様自らご注文ですか? 残念だなぁ、あの黒エルフのでかいケツを見るのがこちらに顔出す唯一の楽しみだったのに……」
無論、町人らしい下品な冗談ととっても問題は無い。
問題は無いが……、
アモンのほうには大きく問題があった。
勝手口脇に置かれた樽を力いっぱい蹴りつけると、城下まで響き渡るほどの怒鳴り声で、
「二度と顔を見せるなーーーーーっっ!!」
こう言ったものである。
以来、食料品店からの御用聞きは訪れず、城の食料はほぼ底をついてしまった。
「餓死はきついな……この寒さの中、空腹で死ぬなんてあまりに切ないぞ……」
「弱気なこと言わないでくださいよ。とりあえずテオドールさんを探しがてら木の実やら野草やら採ってきますから」
「木の実はいいが、野草で腹を膨らますのはしんどいな……」
「この上、贅沢言わないでください」
ちなみに、アルセイデスはテオドールの探索で手一杯のため、家事の一切はアモンだけで行っている。
「……役割分担を間違えた気がしてならん……」
「……は?」
「お前が家事担当、私がテオドール探索担当のほうが良かったかと後悔してる……」
「お言葉ですが、殿下はこの寒空の下で一日、森の中を探し回る自信がおありですか?」
「……意地の悪い言い方をするな……私だって辛いんだ……」
暖炉で爆ぜる炎の音に混ざり、アモンの腹の虫が悲しい鳴き声を響かせる。




