大挙する暗殺者 (8)
今回の騒動における、ある意味での最大の被害者はテオドールだった。
荒らしに荒らされた城中の部屋を掃除して回り、時に血の染みた床を見つけては半分悲鳴を上げながら洗った。
もちろん、アモンもそれなりのことはした。
割れた各部屋のガラスを職人に注文し、届けられたガラス板をはめ込んで廻る。
修繕までを全て職人に任せることも出来たが、そこは城の惨状から色々と鑑み、最終的には体面を重視して自らの手で修理を行うことに決めた。
昼の休憩を取り、皮手袋を外して林檎酒をすすりながら、アモンは考えなければならないことの多さに頭を痛めていた。
「あの部屋は一体、どうしたものか……」
アルバインの手で百体からの死体が転がる二階隅の部屋。
すでに数日を経過していたが、いまだあの部屋には誰も近づいていない。
というより、二階へは誰も上ろうとしない。
アモンはすでに自分の寝室に戻れない日々に慣れ始めている。
とはいえこのまま放置するわけにもいかなかった。
いくら涼しくなってきたとはいえ、あまり長いこと大量の死体を城の中に留めておくのはどう考えても無理がある。
腐敗が進行すれば城の衛生環境は壊滅するのは明白だからである。
「……はー……全く、何からどうやって手をつけていいのやら……」
青息吐息のアモンが憂鬱そうにつぶやいたその時、急に今さっきはめたばかりの窓ガラスの先に、奇妙なものが見えた。
それはぱっと見には単なる樹だった。
庭に植えられた多くの樹のうちの一つと見ても問題は無いほどに、見た目は極めて平凡な樹。だが明らかにおかしい。
最初こそ風にざわめいているように見えたその姿は、よく見ると確かに動いている。
その証拠に、今現在その樹はちょうど城門を出、森へと向かって進んでいた。
一瞬、呆気にとられたアモンだったが、すぐさま手に持った杯をテーブルに置くと、急ぎ足で玄関へと向かう。
しかし早足は途中で止めた。
樹へ追いつくのに、さほど手間は取らなかったからである。
樹の動きは非常にゆっくりとしており、その移動速度はおよそ散歩中の自分と変わらないほどだった。
そして追いついて気づいた点が二つある。
一つは樹が手のように伸ばした枝へ、二階の死体を絡めてぶら下げていたこと。
もう一つはその樹の上にまるで当たり前のようにアルセイデスが腰掛けていたこと。
静かに、のそりのそりと森へ向かう樹を見ながら、アモンは樹の上に陣取るアルセイデスへ声をかけた。
「……あー、アルセイデス。取り込み中にすまんが……これはなんだ?」
「あ、殿下。上から失礼します。今ちょうど二階の死体を森へ片付けにいく途中でして」
「いや、そうじゃなくてだな……その……この樹はなんなんだ?」
「エントです」
まるで当たり前のことのように答える。
「エントは大陸全土に見られる特殊な常緑高木で、その特徴は……」
「……いや、説明はいい。忙しいところすまなかったな……」
これまで、過去にあった数々の疑問が解けた代わりに、アモンはさらにアルセイデスのことが理解できなくなったことに困惑しつつ、城へと引き上げてゆく。
翌日。
全ての死体が取り除かれた二階の部屋は、簡単な清掃の後、開かずの間として封印されることになった。




