大挙する暗殺者 (7)
「ご高配の数々、まことにかたじけのうございます」
相変わらずの堅苦しい口調で、アルバインが丁寧に頭を下げる。
台所の地下に潜んでいたテオドールとアルセイデスへと声をかけ、事態が終わったことを教えた時、二人の従者はまるで雪に水をかけたように狭い室内で崩れ落ちた。
彼らの双子のような安堵の表情に、アモン自身も安心したのは、彼のみの秘密である。
さて、それからの城内もそれなりに慌ただしかった。
まず、アモンの指示でテオドールは湯殿の支度のため、そのまま台所で鍋を沸かし始め、アルセイデスはアモンが普段一切袖を通さない外出着の中からアルバインに着せる服と、同じくサイズが合うであろうと思われる自分の靴の中から適当なものを見繕う。
そんな中、アモンは血の滴るアルバインに出来るだけ廊下を汚させないよう雑巾でブーツを拭わせると、準備の整った湯殿へと誘導していた。
アルバインが湯に浸かっている間、テオドールは絞れば滝のように血が流れ出しそうなアルバインの服をバケツに入れて外に放り出し、身震いしながら残った血みどろのブーツを洗った。
そして、用意したアモンの服とアルセイデスの靴に着替え、湯から上がったアルバインは今、荒らされ方の軽かった一階応接室でアモンとテーブルを挟んでいる。
「……ほんとに大した怪我は無いようだな」
返り血に染まっていた時は全く確認できなかったが、湯を浴びてさっぱりしたアルバインの体には、見たところ確かに目に付くような傷は存在しない。
ちなみに、一瞬とはいえアルバインの湯上り姿を観察しつつ、うっすらと濡れた髪と透き通るような白い肌、凛々しくも美しい顔立ち、不釣合いに大きな服に包まれたその姿に、妙な劣情を感じてしまったのは、これまたアモンだけの秘密である。
「おかげさまでこのように無事でございます」
「おかげさまって……私は何もしとらんぞ?」
「いえ、殿下が敵襲の際、廊下まで響く声で叫ばれたおかげで囮作戦は成功したといっても過言ではございません」
「……あー、あれか……」
自分の意図したものと違う形で自分の行動が結果として役に立ったという事実は、どうも素直に喜べなかったが、なんにせよ締めが整ったなら上等といえるだろう。
「しかし、事が済んだ今でも信じられんが、よくもまあ、あの数を相手に戦えたな」
「繰り言になり申し訳ありませんが、前にも説明いたしましたとおり、あの狭い部屋へは一度に侵入できる敵の数は知れています。それに現実には一つの目標へ多勢でかかるのは同士討ちの危険が大きく、なかなか上手くは攻めてこれないものなのです」
「まあ、白兵戦はそうかも知れんが、敵は銃を……」
「これも狭い部屋だからこその利点です。あのように手狭な空間では、銃の射線は容易に知れます。つまりは長槍で室内戦をする愚行とさほど変わらないのです。それに……」
「それに?」
「乱戦においては敵の放った弾は他の敵に弾除けになってもらうことも出来ます。これも多勢でかかった敵の軽率が招いたこちらの幸運でしょう」
「なるほど……」
理論、実践ともに恐ろしく戦慣れしたアルバインにただ感心しつつ、アモンはレムレスという国……と、それに加え、フューレイの底知れない何かにぞっとする感覚を覚えた。
「……それにしても、あいつら全員覆面もつけず、顔を出したまま攻めてきたな……正直あれが一番こたえたかも知れん……」
「?」
「気分が悪いってことさ」
「……申し訳ありませんが、もう少し詳しくご説明いただけませんか。殿下のお言葉の意味がどうも理解できません」
不思議そうな顔で問うアルバインに、アモンはさも気乗りしないといった顔で答える。
「……顔の見える死体……いや、顔を見た奴が死ぬのはどうにも苦手なんだよ」
「……?」
「顔を見れば、どうしてもそいつの人生を考えてしまうからな……」
アモンの答えはかなり漠然としていたが、それでもアルバインはその中にある真意をどうやら汲み取ったらしく、納得したようにうなずきながらアモンを見つめた。
「フューレイ様が殿下をお慕いしている理由が、分かった気がいたします……」
「……どういう意味だそりゃ?」
「言葉通りの意味です」
言われ、今度はアモンが当惑した顔を浮かべる。すると、アルバインは突然席を立った。
「さて、ひとまず主の命は果たせたと思われますので、申し訳ありませんが私はこれにて失礼をさせていただきます」
「失礼って……お前、今何時だと思ってるんだ?」
ガラスを割られた窓からは、すでに暁を知らせるように東の空から白いもやのような光が見え始めている。
「急に来て急に去るといったって、もうちょっと加減てものがあるんじゃないのか。それにあんな戦いの後だ。今日はここで休んでいっても構わんだろう」
「お気遣いはまことにありがたいのですが、今回はご遠慮させていただきます。それと、死体の後始末はお任せいたします。私は別の後始末を済まさなければいけませんので」
「おいおい、あんな死体の山、どうやってこっちで処理しろって……いや待て。なんだ、その別の後始末って……?」
「今回を含め、アモン殿下の暗殺計画を立案し遂行しようとしていた人間がベルディニオの中央にいることはもうお話した通り。ですから今度はそちらの始末をつけて参ります」
アモンは明らかに嫌な予感がした。
「ちょっと待て、始末って一体……」
「主のお言葉を拝借すれば、(仕事は丁寧に)ということです。私も手抜かりは嫌いですので、どうぞご心配無く」
「いや、だからそれが心配なんだ……って、おい!」
椅子から立ち上がり、部屋から出ようとするアルバインに空しい呼びかけをするアモンに一言、きっぱりとした辞去の言葉が返された。
「テオドールさんとアルセイデスさんにはよろしくお伝えください。それでは」
慌ただしい夜が慌ただしい客人とともに去る。
自分の服を着たアルバインの後姿を見送りながら、アモンは極度の緊張から開放されてなお、眠りにつく気が一向に起きない。
やがて玄関を抜け、城門を出るアルバインをガラスの無い窓から確認すると、再び力無く椅子に腰を落とした。
窓から肌寒い朝の風が吹き込んでくる。




