表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Nympholic Amon  作者: 花街ナズナ
4/91

プロローグ (4)

恐らく、百人が百人見て全員一致で不機嫌と分かる表情を携えて、アモンは城の外へ出ると真っ直ぐ中央庭園に向かって歩を進めていた。


前の居城とは比較にならぬほど狭小なこの古城の利点の一つは、目的地への移動が極めて短時間、かつ少ない運動量で済むこと。これについてアモンは非常に満足していた。


実際、無駄に広かった以前の城は、庭園に向かうだけでも軽く息切れするほどだったことを思うと、この城は日常生活を送る上では格段に快適であった。


しかし、不満は当然ある。例えば従者についてである。


長年、以前の城で務めていた従者は、ある者は一歩間違えれば主人ともども反乱分子扱いされかねない自分の境遇に恐れをなし、またある者は領地没収の上に雀の涙ほどに減ったアモンの懐を考えて己が給金の心配をし、まさに蜘蛛の子を散らすように去っていった。


挙句があの従者。テオドールである。


主を主とも思わない亜人の従者。思えば彼女を雇った経緯は極めて短絡的だった。


領地、財産を奪われ、辺境の古城へ捨てられるように放置されたアモンは、一人の従者もいない寂しい身を引きずりながら、古城の中をふらふらと彷徨った。その際、無断で古城の中に居座っていたのが彼女であった。始めこそ追い出そうかとも考えたが、洞人でありながら城をまさに根城にしていた彼女の種族的価値観としては奇妙な行動に興味を持ったアモンは、何の気の迷いか彼女を従者として雇うことに決めた。


建前上は慢性的人手不足。本音は単なる好奇心。だが雇ったあとで後悔した。


まさかここまで従者に向かない性質だとは……。


とはいえ、人手不足は建前とはいえ事実。結局は今日も粗暴な従者に甘んじている。


アモンは起床からの経緯を思い返すと、より不機嫌さを増し、庭園へ向かう足を速めた。


「あ、殿下。本日もご機嫌麗しゅう……は無いみたいですね……」


庭園まで差し掛かったところで、庭師と思しき人物が主人に向かって複雑な挨拶をする。


いらぬ早足のせいでアモンは息を上げていたが、表情は苦しさよりなお不機嫌さが強い。


「いつものことだ、アルセイデス。お前は気にしなくて構わんよ」


呼吸を整えながら庭師……アルセイデスと呼んだ人物に気をかける。


(人は悲しみが多いほど、人に優しくできるのだな)と、アモンは勝手に自分を持ち上げつつ、手入れされた見事な庭園の様子を見て、ゆっくり癒されてゆく感情に頬を緩めた。


「それにしても、いつもながらお前は若いのに大したもの……」


言いかけて、アモンは少し考え込んだ。


思えば、彼は一体いくつなのだろう? 彼を雇った経緯もこれまた短絡的だった。


古城の荒れ果てた庭に心まで荒みそうになったある日、ここよりはいくらかましだろうと城外の森を散歩ていた際、野草を摘みながら樹々を眺め歩く彼をアモンは見つけた。


美しい白金色の短い髪に大きく愛らしい瞳。小さく華奢な体躯とその少女のような顔立ちから、最初は普通に野草を摘みに来た少女だと思ったが、実のところいまだに彼の正確な性別すら分かっていない。だが話してみると気さくにしゃべる彼の様子が気に入り、即、庭師として雇い入れると決めた。


ちなみに、テオドールと同じく彼もまた亜人である。


姿かたちこそ人間とまるで変わらないが、この世に銀色の目をした人間はいないだろう。


性別についてはもちろん、種族についても何度か尋ねたが、毎度はぐらかされてしまい、いまだ正確なところは分かっていない。


アモン自身も色々と調べたが、結局は謎のまま。ゆえに彼の年齢すらまだ分からない。


「まあなんだ、お前は本当に良くやってくれている。嬉しく思っているぞ」


しっくりとこない感覚を押し殺し、ねぎらいの言葉をかけると、アルセイデスはかたちを改め、静かに頭を垂れた。


「……テオドールにも、お前の爪の垢でも煎じて飲ませたいところだな」


素性明らかでない点を含めても、礼儀正しく丁寧なこの従者をアモンは心信頼していた。


「ところで、今日は一つ殿下にお見せしたいものがあるんですよ」


先ほどまでの機嫌の悪さはどこへやら、すっかり笑顔を湛えたアモンは細かくうなずくとアルセイデスに促されるまま、庭の一角に向かった。暖かい日差しの中、整えられた庭園を眺めつつ、のんびりした表情で目的地に向かっていたアモンは、この時点でまさかその一角を目にした途端、ひどく驚くことになるとは想像すらせずに。


それは一見したときには、単に樹の立ち並ぶ風景に思えた。が、明らかに違和感がある。さらに近づいて目を凝らす。と、違和感の正体を見たアモンは文字通り、言葉を失った。


樹々の間に一本、中央辺りから人と思しき上半身が飛び出ている樹があったためである。


それは正確に言えば人間の少女のそれに、より近かった。


若草色の柔らかそうな巻き毛をした愛くるしい少女の顔は、眠るように目を閉じ、頭から肩口、へその辺りまでのみを樹から露出したその様子は、見ようによっては裸の少女が樹に飲み込まれているようにさえ見え、その異様さをより強めていた。


「……これは何の樹だね? アルセイデス……」

「ドリアードです」


平然と答える。


「ベルディニオでは、この辺りの森にしか自生しない珍しい常緑高木の一種です。俗称を(人食いの樹)なんて呼ばれて気味悪がられてますが、とても貴重な樹ですので一度殿下のお目にかけたいと思い、ご用意した次第です」


アモンは(うん、ほんとに気味悪い)という心の声を打ち消すと、主人の威厳を損ねないよう、強いて平静を装った。


「またいつにも増して妙な樹を植えたものだな……」

「あと一週間もすればいよいよ幹から出てきますよ。楽しみにしていてください」

「……幹から出てくる?」

「ええ、ドリアードは成長すると樹から独立した固体としての生物に変化するんです」

「……それは……とても楽しみな話を聞かせてもらったな……」

「俗に(巣立ち)と呼ばれています。そうは見れないものですから、殿下も是非に」


内心ではありがたくない提案に、本心をぐっと隠してうなずく。


「……では、私は少しばかり外の森を散歩してこよう。あとはよろしく頼んだぞ」


そう言うと、アモンは城門へ向かって足を運ぼうとした。

すると、


「ああ、それと殿下」


アルセイデスが呼び止める。振り返ると、何やら肩から提げた小さなカバンの中を探り、おもむろに小さな箱らしきものを差し出してきた。


忘れ草だ!! アモンは心の中で歓喜の雄叫びを上げた。


いつもは見慣れていた愛用の煙草入れがこれほど愛しく見えたのは恐らく初めてだった。


「ゴミ捨て場に捨てられていたんですが、もしやと思って拾っておきました」


笑顔でそう話す彼を、アモンは思わず抱きしめたいと思った。

無論、変な意味ではない。


「煙草の葉もずいぶん捨ててあったんですが、そちらはもう湿気ってしまっていたので、とりあえずは煙草入れとその中身だけでしばらく我慢してください。葉のほうは向こうで育てている分を少し早めに収穫しますから」


寝起きの不機嫌さはどこへやら、アモンは辛くも救出された煙草入れを開けると、中身の無事を確認してご満悦であった。


「アルセイデス。お前のような有能な従者を持てて、私はほんとに幸せ者だよ」


言いながら、やおら取り出した一本を口へくわえると、上着から取り出したマッチを慣れた手つきで靴にこすりつける。勢い良く燃え出した火を素早く煙草へ点火し、深く紫煙を吸い込み、恍惚とした表情でゆっくりと口角の上がった口から煙を吐き出す。


(ああ、この時のために生きている!!)


生の喜びを存分に満喫しながら、アモンは一人城門をくぐり、森の散策へと向かった。


「日の暮れる前にはお帰りくださいね」


アルセイデスの言葉に振り返ることもなく、ただ煙草を持った右手を高く上げ、アモンはゆらゆらと振ってみせる。

日はまだ高い。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ