悲しき駒 (6)
「また書簡ですよバカ公爵!」
昼をとっくに過ぎてもまだベッドに横たわっているアモンに、テオドールがいつもの調子で声をかけつつ、届いた書簡で寝ぼけ顔の主の頬を叩いた。
「……テオドール、お前は礼儀とか主従関係というものを一体、いつになったら学んでくれるんだ……?」
「貴方が朝、まともに起きられるようになったら考えます」
いつものやり取りを交わしつつ、アモンは半身を起こして届いた書簡を開いた。
「テオドール、眼鏡を」
「はいはい」
面倒そうに小物入れから取り出した鼻眼鏡を手渡され、アモンは内容に目を通す。
「ふむ……中央で事件ね……しかしわざわざ書簡を送ってくるとは、どんな……」
言いかけて、アモンは急に押し黙る。内容は極めて簡潔だった。
ベルディニオ中央議会において、白昼、執政官の一人が乱心した獣狼人の手にかかり殺害さる。
なお、凶行に及んだ獣狼人はその場にて警備兵たちにより速やかに殺処分。
この事件を教訓とし、ベルディニオは亜人へのよりいっそうの警戒と監視、管理の強化を徹底することとなるだろう。
犯行に及びし亜人の人相と名は以下の通り……。
全てを読み終えたアモンは書簡を手から滑り落とし、まるで空を掴むような姿勢で固まってしまった。
「……公爵?」
呆然として動かないアモンの様子にただならぬものを感じ、テオドールが声をかける。
「……すまないがテオドール、しばらく一人にしてもらえるか?」
目も合わせず、アモンは抑揚の無い声を発する。
「え……?」
「頼む……」
反論の出来る空気ではなかった。
押し黙り、足音すら殺してテオドールが部屋から静かに立ち去ると、それとほぼ同時にアモンは眼鏡を外し、そっと小物入れの上に置いた。
瞬間、
両の目から焼け付くような感覚と共に涙が溢れ出した。
「……畜生、なんで……こんな……」
止まることの無い涙にぼやけた視界と呼応するように声はかすれ、火のように熱い胸の中で、音の無い叫びが虚しく響いた。
言い知れぬ無力感に包まれながら、ありとあらゆる負の感情が身の内側を蝕んでゆく。
「……どうして、どいつもこいつも、殺すか……死ぬかしか……出来ないんだ……」
うずくまるように丸めた背中が激しく震え、雨だれのような涙は尽きる気配が無い。
その日、アモンが寝室を出ることはついに無かった。




