悲しき駒 (3)
「……リカントロープですね」
ベッドに横たわった男を見ながら、アルセイデスは納得したように言った。
一息つき、落ち着いたアモンも側で椅子から様子を見ている。
「リカントロープ……?」
「獣狼人と呼んだほうが通りはいいかもしれませんね。簡単に言うと、変身能力のある亜人の一種です」
「なるほど……それで私に襲い掛かってきた時は狼のような姿をしていたわけか」
「ほら、ここを見てください」
言って、アルセイデスが男の耳をつまみ上げる。
「リカントロープは人間の姿になっている際も、耳の先端に生えた筆のような毛によって判別が可能です。もちろん、剃ってしまえば全く見分けはつかなくなりますが……」
「ふむ」
「それにしても、よくリカントロープに襲われてご無事でしたね。普通ならあっという間に食い殺されますよ?」
「噛み付いてくると分かっている相手なら対処さえ間違えなければどうとでもなる。今回はそのために上着は犠牲になってもらったよ」
アモンの話としてはこうである。
相手が大型の雑食、もしくは肉食獣であった場合、しかもその牙の届く範囲の最短距離に急所……例えば喉などがある場合、彼らは必ずそこを目掛けて牙を剥く。
そうなったら、間髪を入れずに相手の口に棒でもくわえさせるように腕を横に押し込む。
その際、相手の首を抱え込み、出来るだけ口深くまで腕を押し込むのが大切である。
どんなにあごの力が強い動物も、関節の間近を塞がれるとほとんど力を発揮できない。
さらに、押し込めた腕によってのどを塞がれた相手は、それほど時を置かずに窒息する。
「で、ようやく気を失わせたと思ったら、先ほどまで狼だった相手が裸の男になってた。正直、何がなにやらさっぱりさ」
「私からしたら、そんな危険な男を城へ入れるほうがよほど理解できませんけどね!」
いつの間にか部屋に入ってきていたテオドールが嫌味っぽい言葉を口にする。
とはいえ、当然である。
実際、自分を襲った相手を我が家に連れ帰るなど正気では無い。
「お前の言いたいことはよく分かるさ。ただ、どうも気にかかることがあるんだよ。それをこいつから聞き出さんことには、どうにも寝つきが悪くなりそうでな」
「気にかかること……?」
「まあ、ちょっとしたことさ。お前たちが気にかけることではないよ。ところでアルセイデス、薬のほうは明日までは大丈夫なんだな?」
言われて、アルセイデスは男の額を軽く撫でながら答える。
「ええ、相当多めに飲ませておきましたから、恐らく朝までは持ちますよ」
「そうか、それなら安心だ。よし、お前たちはもう休め。後は私がやっておく」
その言葉にテオドールがはっきりと反抗した。
「何バカ言ってんですか! 相手は確かに今は寝てますけど、凶暴なリカントロープなんでしょ? それと二人きりなんて正気の沙汰じゃありませんよ!!」
「心配いらん。ちゃんと対策もしてるしな。気にせず休め、ここからは私の仕事だ」
アモンの口調は穏やかだったが、その響きには断固としたものがあった。
結果、アルセイデスの説得もあり、テオドールはしぶしぶ部屋を後にした。
部屋にはアモンと、それを襲った男。
当事者たちの長い夜はこれから始まる。




