悲しき駒 (1)
「そろそろこの辺りも季節感というか、風情が出てきたな……」
そんな独り言をしゃべりながら、肌寒くも澄んだ空気でたしなむ忘れ草は格別だった。
アモンの日課……森の散策は最近、秋模様になった景色のおかげでより心地好さを増し、時に日が落ちてから帰ることも多くなっていた。
そして今日もまた、早くも五本目の煙草に手をかける。吸いかけの火を移して新たに煙を上げる煙草が、薄暗くなってきた森に蛍のようにきらめく。
と、何気なく目を向けた木陰の先に夕暮れの薄明かりを受け光る二つの球体が見えた。
(……鹿かな?)
まだ距離があったのもあり呑気に構えていたが、それが徐々に接近するにつれ、アモンは呆けた顔をしかめ、それの正体を見極めようと目を凝らした。
目の位置からして草食獣ではない。
仮に草食獣の場合、瞳が反射する光はわずかに縦長の円を作る。
これは草食獣の目が顔に対し横向きであるため。
比べ雑食、肉食獣の目は正面に位置するため、綺麗な円を描く。
アモンは明らかに満月のような双眸でこちらを見ているそれから目を逸らさなかった。
すでにかなりの距離へ接近されていたせいもあり、アモンは慎重に行動した。
まず、視線を合わせた状態で外側の視界を利用し、相手の全体像を確認しようと努める。
どうやら相手はかなり大きな狼のようであった。
距離が狭まるにつれてその正体はさらに鮮明になっていく。
が、
ある程度の距離へ近づかれた時、アモンは相手の姿に動揺した。
姿かたちの大半は大柄の狼そのものであった。
しかし残りの部分。
アモンにさらなる不安と違和感をもたらした部分。そこが問題。
目前の狼は、
明らかに二本足で歩いていたのだ。
すでに口元まで火が迫った煙草に唇を火傷しそうになりながら、それでもアモンは視線を逸らさず、ゆっくりと上着を脱ぐ。
額から頬へ流れる汗が脱ぎかけの上着を濡らす。
アモンがもはやくわえ続けることを諦めた煙草の火を指でもみ消したその時、二足歩行の狼は恐るべき速さでアモンに襲い掛かった。
日の落ちかけた森の中、二つの影が激しく重なり合う。




