影に踊る不穏 (7)
アルセイデスのマンドレイク対策とは以下のようなものだった。
まず土に埋まったマンドレイクに手ごろな太さの杭を差し込んで穴を開け、そこへ海綿を詰めて根の成分を吸わせ、それを抽出する。
そしてそれにマンドレイクの実から採取したエキスを混合し、アルセイデスいわく「絶妙の希釈加減」で水溶液を作り、それを両方の耳の中に流し込む。
あとは川や海から上がった時同様、耳の中の水を抜けば対策は完了であった。
「要は土から出さずにその成分を抽出すればいいだけのことなんですよ。そしてその成分は、言うなれば(毒をもって毒を制する)ための手段というわけです」
「……今となっては納得だが、実際結果が出るまでは肝が冷えっぱなしだったぞ……」
ベッドに半身を起こしたアモンが言うと、アルセイデスは軽く一礼した。
昨晩の賊は城内に侵入した四人以外に、どうやらもう一人いたらしい。
アルセイデスの報告によれば賊は二人が応接室から玄関へと向かう途中で。
二人はアモンも分かっている通り、玄関の前で。
そしてもう一人は城の外で息絶えていたという。
恐らくは城の外にいた賊は見張りか、もしくは賊のまとめ役だったのだろう。
「ひとまず賊はまとめて森に捨ててきました。少し経てば獣たちが片付けてくれますよ」
「お前、私の散歩道に何てものを捨てて……というか、どうやって賊の死体を……いや、まあいい……」
相変わらず、この華奢な青年がいかにしてそのような力仕事を行ったかという疑問が頭をよぎったが、今回もまた疑問は胸に仕舞うことに決め、アモンは静かに横になった。
「ところで傷の具合はいかがですか?」
「言ったろう、たかがかすり傷だ。それにマンドレイクの効果か知らんが、もうほとんど傷も塞がっているよ」
脇腹を軽くさすりながら、アモンは天井を見つめつつ答える。
「それにしても、あの賊は一体何者だったんでしょうか?」
「……」
「心当たりがおありなんですか?」
「無いさ……いや、今は無いことにしておくほうが楽と言うべきかな……」
「?」
「まあいい。それよりアルセイデス、今度もしあんなことがあったら私に構わずさっさとテオドールを連れて逃げろよ。あのバカは私の言うことをちっとも聞かんからな」
「あ……そういえば」
「なんだ?」
「テオドールさん、なんかしばらく殿下とは顔を合わせたくないって……」
「……なんだそりゃ?」
「殿下、またテオドールさん怒らせるようなことしました?」
「勘弁してくれ……全く身に覚えが無いぞ……」
アルセイデスの話にアモンが頭を抱えたのと同じ頃。
当のテオドールはといえば、台所で一人、食事の支度をしながら悶々とした気分にさいなまれていた。
(……バカ公爵に……あのバカ公爵に抱きつくなんて……)
日ごろ以上にいっそう乱暴な手つきで玉ねぎの皮むきをしながら、テオドールは無意識に床を何度も蹴りつけていた。
と、一瞬、昨夜の記憶が鮮明によみがえる。
アモンの首元で不覚にも声を漏らして泣いた際の情景……。
「あーーーーーーーーーーーっっ!!」
理性の限界に到達したテオドールは、奇声と共に今まさに剥いていた玉ねぎを台所の壁へ向け、力いっぱいに投げつけた。
汁を巻き上げ、玉ねぎが壁一面へと粉々に飛び散る。
二つの理由で頭に血の上ったテオドールが冷静さを取り戻すのは、まだ後のことである。




