影に踊る不穏 (4)
マンドレイクは特殊な薬草である。
その希少性もさることながら、その効能の高さから利用しようとする薬学者は後を絶たないが、いかんせんその採取法が問題だった。
マンドレイクは根を土から引き抜く際、毒性音波という不思議な音を発する特性がある。
毒性音波はその名の通り、いわば「音の毒」と言えるもので、その音を聞いた者は鼓膜、中耳、内耳を経て、果てには側頭葉から脳全体に毒素が浸透し、最終的には脳全体の機能不全によって死を迎える。
そしてこの「音の毒」のもっとも厄介な点は、普通に耳を塞いだり、もしくはなんらかの理由で耳が聞こえなかったりといった者にも関係なく作用する点である。
よって、過去に行われたいくつかの実験により実証されている説によれば、マンドレイクの発する毒性音波の可聴範囲となる半径約五十八ヤード以内に存在する生物は、その音の発生から二十秒以内で確実に死亡する。
ちなみに音の持続時間は平均して一分前後である。
ただしその毒性は人間などの高度な脳を持つ生物に限定されるため、一部では特殊な生物兵器としての研究も進んでいるという噂もある。
さて、
そうした理由から極めて危険な薬草であるマンドレイクがアモンの庭園を彩ったその日の夜、城の一階応接室では主人と従者と庭師による緊急対策会議が開かれていた。
「……いいか? 私は別に済んだことをくどくどと叱りつけたいわけではないんだ。大体そんなことをしてもあの厄介なものが私の庭から消えてくれるわけではないからな!」
テオドールの入れたお茶を飲みながら、テーブルに頬杖をついたアモンは、日のとっくに落ちた今となっても、なおしつこくアルセイデスに説教を続けている。
「……すみません」
すっかり意気消沈したアルセイデスは、ただアモンの言葉の切れ切れに、謝罪を挟み込むのがやっとであった。
「全く……いつものこととはいえ、お前はあまりに奇妙なものを庭へ植えすぎる。しかもよりによって今回は命に関わる代物だぞ。考えるのも嫌だが、もし今あれがどこぞのバカに間違って引き抜かれでもしたら……っておい、テオドール! なんでこんな時に茶なぞ出してるんだ! 普通は酒の一つも用意するだろうがっ!!」
アモンの怒りが完全な八つ当たりでテオドールへ飛び火したその瞬間、テオドールの手に持たれていた金属性の盆が風を切ってアモンの後頭部を直撃した。
「さっきからねちねちと何の解決にもならない文句をいつまでしゃべってるんですかバカ公爵! それ以前に大の男がくだらないことで取り乱してるんじゃありませんよっ!」
明らか一瞬意識が飛んだアモンは、星の飛び散る視界にかろうじてテオドールを捉える。
が、いまだ焦点の定まらぬその瞳は、見事に凹んだ金属製の盆までは確認できなかった。
「……で、バカ公爵は放っておいて、実際のところどうなの? アルセイデス、何か解決策があるんでしょ?」
ゆっくりと右回転で揺れるアモンを無視し、テオドールがアルセイデスに訊ねる。
「はい、それはもちろん、対策無しであんなものを植えるわけにはいきませんから」
「やっぱりね……」
思った通りという顔でテオドールがうなずく。
「どうせこのバカ公爵がしつこくまくし立てるもんだから、言い出すきっかけが掴めなかったんでしょ。ほんとにこの慌て者ときたら……」
「いえ、まず先に対策について話さなかった私が悪いんですから……」
「変に庇ったりするとこのバカ、また調子に乗るからやめなさい。それより、とりあえずその対策についてちゃんと話してくれる?」
「はい、それがですね……」
夜の緊急対策会議は主人不在で着々と進行していった。




