影に踊る不穏 (2)
「どうしたんです? 珍しく真面目くさった顔して」
昼食の支度を終えたテオドールが、テーブルについたアモンに訊ねる。
珍しいという点においては今朝……もとい昼の出来事もまた十分すぎるほど珍しかった。
まず、普段なら夕餉の一食しか一日に取らないはずのアモンが、今日に限って何故か昼食を要求したこと。
そしてもう一つ、
この辺境に追いやられて以来、初めてどこぞからの書簡がアモン宛に届いたことである。
アモンはテオドールの質問を完全に無視し、届いた書簡にくまなく目を通していた。
「……お忙しいところ申し訳ありませんがね、その書簡がどうしても今すぐに見なければいけないような内容だというなら仕方ありませんが、そうでないならさっさと食事を済ませていただけませんか?」
テオドールの物言いが明らかに怒気を帯びたのに気づき、アモンは慌てて書簡をテーブルの隅に置くと、並べられた食事に手をつけ始めた。
今日の昼食は切り分けられたパンに野草と玉ねぎのサラダ、川魚の塩焼き、チーズのポタージュと至って質素だったが、昼食としては十分な品数である。
サラダを口にすると野草の爽やかな風味へ加え、水に晒した玉ねぎの食感がシャリシャリと心地好い。
「それにしても、そろそろ過ごしやすいのを通り越して肌寒くなってきましたね……」
独り言のように話すテオドールに相槌を打ちながら、チーズのポタージュにパンを浸して口に入れる。やはりパンとチーズの相性は格別だ。
続いて熱いポタージュを直接一口すすると、なるほど体の芯が温まる感覚が染み入るようで、ほっとした気分にさせる。
「ところで」
「ん?」
ちょうど川魚の塩焼きにかぶりついたところでテオドールの質問が来た。
「その書簡、一体なんの知らせです?」
「ああ、まあ大したことじゃないんだが……ん、この川魚、塩のほかに何かかけたか?」
「余った玉ねぎを搾って汁をかけました」
「これはいい、うん、魚も脂が乗っていて実にうまい!」
「ではなく、書簡の話です。それと口にものを入れたまましゃべるのはお止めください」
人が食べている最中に自分で話しかけておいてその言い草はなんだと思ったアモンだったが、ここは腹を立てても仕方が無いと観念し、口の端についた魚の脂を手拭で拭い取ると書簡の内容を説明し始めた。
「ガストン伯爵家が爵位と領地、財産を剥奪されたとさ」
「ガストン……?」
「あー……前にうちに来たオストゥムって男は覚えてるか?」
はっとするようにテオドールがうなずく。
「オストゥム・ヴィリエル・ガストン伯爵が正式な名だ。どうやら品行宜しからずというのが理由らしいが、まあ、あれだけバカをやってれば当然か……」
言いながら、テーブルの隅に置いた書簡をテオドールに渡した。
「……こんなもの渡されても私、字なんて読めませんよ……?」
「違うよ。そんなものはさっさと処分しろということだ。ほれ、暖炉にくべてしまえ」
アモンに促され、テオドールは多少の躊躇の後、暖炉に書簡を投げ入れた。
「……ふむ、これでさっぱりしたな」
「はあ……」
「うん?」
「虚しいものですね……いくら身分が高くても、結局のところ、明日にはどうなるかなんて分からないんですから……」
「ほお、お前にしてはずいぶんと感傷的な意見だな。珍しいこともあるもんだ」
にやつきながら言うアモンに気分を害したのか、テオドールは意識的に目を合わせないようにして食器を片付け始めた。
「おい、ところで林檎酒はどうした。食事が胸の辺りでつっかえてるぞ」
「今お茶の用意をいたしますので、しばらくお待ちを」
「いや、そうじゃなくて林檎酒……」
「昼間からお酒を召すのは感心しません」
そっぽを向きながらそう言い残すと、テオドールは盆に載せた食器を持って早足に部屋を後にする。
ドアの閉まるのを見届けながら、アモンは不満げな表情を浮かべると、ふと、暖炉のほうへと目をやり、まだ燃え続けている先ほどの書簡をうつろに見つめた。
一変して、表情はどこか憂いを帯びている。
「……私もそろそろ、首くらいは洗っておいたほうがいいかもしれないか……」
それはこうしたことに限って、異常なほど思慮深く、勘の鋭いアモン特有の考えから出た言葉だった。
暖炉の炎に瞳を染めながら、無意識にアモンは眉をひそめる。




